第24話
太一君の文章は、キーワードの前後に半角のスペースを打ち込んでくる。
今回の暗号でいうと、『南雲中将が晴れって言った山』『クラス』『千代田の堀の中』『住む』『キラキラ』『白無垢』『お兄さん』『トトトト』。
その内削除して欲しいワードの前に付ける三角という言葉が付いていたのは『住む』。
最初のワードに出て来る南雲中将という言葉に、私はドキリとした。
終戦記念日の特集番組で真珠湾攻撃の話が放映された時、私は太一君と一緒に番組を見ていて、彼が理解できない部分を補足説明していたのだ。
興味をもった彼に、真珠湾攻撃をわかりやすく解説した本をインターネットで注文してプレゼントもした。
南雲忠一中将は、第1航空艦隊司令長官として真珠湾攻撃などを指揮した人物だ。
暗号ゲームを始めた頃、その本を持って来た太一君が、いつか自分の暗号でも使いたいと言っていた。
『日本時間12月8日午前零時を期して戦闘行動を開始せよ』の意の符丁である有名な『ニイタカヤマノボレ一二〇八』に対し、『戦争回避、攻撃中止』の場合の電文は『ツクバヤマハレ』…つまり、『南雲中将が晴れって言った山』とは筑波山の事だ。
そうやって暗号を解いて行くと…。
『南雲中将が晴れって言った山』…『筑波』
『クラス』…『組』
『千代田の堀の中』…『皇居』
『住む』…『居る』
『キラキラ』…『輝く』
『白無垢』…『結婚、若しくは花嫁』
『お兄さん』…『棗さん』
そして最後の『トトトト』…。
これも真珠湾攻撃の時、真珠湾上空に到達した戦闘機に向かって、攻撃隊総指揮官の淵田美津雄海軍中佐が打電した暗号…『全軍突撃』を意味する。
『筑波 組 皇輝 結婚 棗さん 全軍突撃』…私は直ぐに棗さんに電話を掛けた。
「何だ?今取り込んでんだが…」
「ちょっと聞きたい事があって…ねぇ、筑波組って実在する?筑波山の筑波組」
「はぁ!?…何で知ってんだ?」
「どこにあるの?」
「どこって…」
「敵?味方?」
「ちょっと待て、何言ってる…筑波組は、ウチと同じ堂本傘下の組だが…」
「じゃあ味方?」
「…って訳でもねぇよ…」
「太一君、行方不明って本当?」
「何か知ってんのか!?」
「メール来てたの…昨日の夕方。私、気付かなくて…」
「何て書いてあった!?」
「暗号ゲームなんだけど…」
「お嬢ちゃんとメールでクイズしてるって…あれか!?」
「そう…解いてたら、ちょっと嫌な文章になったの」
「答えだけ、教えろ!」
「筑波、組、皇輝、結婚、棗さん、全軍突撃」
「はぁ!?」
「太一君から来たメールと答え、棗さんに転送するから。…多分、棗さんへメッセージを伝えて欲しいって暗号なんだと思う」
「わかった。直ぐに送ってくれ!!」
私は直ぐに、太一君のメールと解読した回答を棗さんに送信した。
心臓がバクバクする…あの内容だと、聖さんの弟が筑波組と手を結ぶ…若しくは、筑波組の誰かと結婚するって事だ。
私を狙ったのも、その弟の皇輝って人らしいし…それにしても、『全軍突撃』って…まるで戦争する様な…。
あんな文章打った後に行方不明って…太一君無事なんだろうか?
ジリジリとしながら携帯を握り締めていた私の手の中で、突然振動と共に着信音が鳴り響いた。
『太一君』と書かれた着信画面に、慌てて通話ボタンを押す。
「もしもしっ!?太一君!?今、どこに居るの!!」
「…」
「太一君!?返事してっ!!」
「…」
何も答えない相手に、何となく薄ら寒い物を感じる。
「太一君……じゃないのね?誰っ!?」
電話の向こう側で、クククと笑う声がする。
「…桜井萌奈美か?」
「…」
「そうだな?」
「名乗らない相手に、答える義理はないわ!!」
又、クククと笑われて確信した…この人は、敵だ!!
然も、太一君を人質に取っている!?
「貴方、誰!?」
「俺の名前は、聖皇輝だ」
「…聖さんの弟ね?太一君は!?無事なの!?」
「今の所はな…だが、これから先はわからねぇぜ?」
「…どういう事?」
「アンタ次第って事だよ…桜井萌奈美」
「貴方なんかに、呼び捨てにされる謂れはないわ!!」
「おぉ怖っ…兄貴も、何でお前みてぇな気の強ぇ女がいいんだか…」
「大きなお世話よっ!!」
「だが、コッチには人質が居る事…忘れてねぇか?」
嫌な奴…あくまでも、主導権を握るつもりだ…しかし、太一君の命には変えられない…。
「…貴方の望みは、何なの?」
「話が早いじゃねぇか…先ずは、アンタに…そのビルを出て貰う」
「…それから?」
「迎えの車を差し向ける…それに乗って貰う」
「…それから?」
「後は、着いてからのお楽しみだ」
そう言って、又クククと笑った。
成る程…私を囮に、聖さんを脅すか…私を亡き者にする気だろう。
「…拒否したら?」
「人質の命がどうなってもいいってか?」
突然、ギャアという叫び声がして、背筋が凍る。
「…太一君、そこに居るの?」
頭からこめかみを伝い、汗が滴り落ちる。
「代わって!!」
ガタゴトと電話の向こう側で音がして、続いてズルズルと何かを引き摺る様な音の後、聞き慣れた声が聞こえた。
「…もし…もし…」
「太一君!?無事なの!?」
「…桜井さん…済みませんっ!俺…ドジ踏んじまって……あの…読んでくれたッスか?」
「メールね?読んだわ!!『お兄さん』にも言ったから…」
「良かった…絶対に奴等の言う事に従わないで下さい!!」
「何言ってるの!!どこに居るの!?」
「はっ…早口言葉で事件起こしたイナバのウサギが、部屋を…グフッ…」
「太一君!?太一君!!」
叫ぶ私の耳には、ガスガスと何かを殴る様な音と、太一君のくぐもった唸り声が届く。
「お喋りが過ぎた様だな…」
「貴方が欲しいのは、私の身柄でしょう!?」
「そうだな」
「なら、太一君を解放して…それが、貴方の所に行く条件よ!」
「…いいだろう。お前がこっちに到着した時点で、解放してやる」
「…駄目よ!」
「何ぃ!?」
「だって…そこの場所に行ったからって、太一君を無事に解放する保障はないし…私を別の場所に連れて行ったら、確認しようがないわ!!」
「成る程」
「そうね…パークハイアット東京のフロントに到着したら連絡を入れる…そこまでは、自力で行くわ。迎えの車は、ホテルに寄越して」
「言って置くが、下手な真似はするなよ?人質の命がどうなるか、わからねぇぜ?」
「わかってるわよ、そんな事!」
「来るのは、お前1人だ」
「…承知したわ」
「ホテルに車を差し向ける…それに乗って来い」
「言っとくけど、時間掛かるわよ?」
「何だと?」
「だって私は、貴方のお兄さんに監禁されてるのも一緒なの…常に監視の目があるわ。このビルの1階に降りる事も許されてないのよ?」
「…」
「私が下に降りて外出すると知れたら、護衛の人間がゾロゾロ付いて来るわ…それでもいいの?」
「…」
「寄越すのは紳士的な人にして、身なりもキチンとして来て頂戴。何とか口実を作ってホテルに行くわ…でも、多分時間が掛かる。太一君が無事に解放されて、本人が直接私に連絡を入れ無事が確認出来た時点で、貴方の寄越す車に乗るわ…」
「…わかった」
「それと、もう1つ」
「何だ?」
「それ以上、太一君に手を出さない事…五体満足な状態で返さないと、ただじゃ置かないわ…覚えて置いて!!」
「…善処しよう、桜井サン」
相手はそう言うと、プツリと電話を切った。
取り敢えず、時間稼ぎは出来た様だ。
私は大急ぎでインターネットを立ち上げ、地図と検索サイトにアクセスした。
太一君の最後に言ったワード…『早口言葉』『事件』『イナバ』『ウサギ』『部屋』。
『早口言葉』…検索すると、日本語の早口言葉人気ランキングは、〔生麦生米生卵〕〔東京特許許可局〕〔蛙ぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ〕となるそうだ。
トップの『生麦』というワードにドキリとした。
『生麦』と『事件』…生麦事件の事だろうか?
いや待て…事件なら役所の方が…だが、実際に『東京特許許可局』という役所はなく、特許庁が正しい。
特許庁の事件なんて、多分山の様に有る。
仮に『事件』単独で考えるにしても、どういった事件なのか曖昧過ぎる。
やはり『生麦』と『事件』はセットとして考えるのだ…太一君は、私に場所を教え様としていた…生麦事件は確か、神奈川県の生麦…。
地図を検索すると、京浜急行線の生麦駅がヒットした。
次の『イナバ』…メールではなく通話だと、漢字が使えないから同じ発音でも何通りもの言葉に取れる。
果して『イナバ』とは…携帯の変換機能では、因幡、稲葉、稲場、往なば、と出て来る。
言葉の後に『の』と付いていたのは、ただの『ウサギ』への接続詞なのか、区切りの為の言葉なのか?
通常に考えるなら、『因幡の(白)兎』だろう。
監禁された極限状態で、とっさに考えた暗号だ…そんなにひねった物では無い筈…ここは素直に『因幡の(白)兎』として考えよう。
連想されるのは…神話、大国主命、ワニ、隠岐島…等だろう。
地図を拡大すると…駅前に大黒町入口と言う交差点があり、生麦駅の近くには大黒町や大黒大橋、大黒埠頭、そして高速道路の名前迄大黒線と言うらしい。
大黒…即ち大黒様は、『大国主命』の事だ!
じゃあ『部屋』で連想出来る物は…家、事務所、マンション…恐らくは監禁場所の事。
一体どこの事だろう…私は地図を睨み付けた。
『生麦』から『大黒』…高速道路大黒線に乗って行く先は…大黒町を通り大黒大橋を通り大黒埠頭…その先は横浜ベイブリッジ、本牧へと続く…。
もしベイブリッジを渡るなら、その橋をワードに組み込むのではないか?
「『生麦』より余程インパクト有るし…わざわざ前に『生麦』や『大黒』を持って来なくてもわかるしね…」
なら何故太一君は、そんな事をしたのか…答えは、横浜ベイブリッジを渡る前に監禁された場所があるからだ!
そもそも『大黒』って、具体的にどこを指すのか!?
町、橋、高速道路、埠頭…有名なのは埠頭だが、車を使うなら高速道路や大黒埠頭のインターチェンジやパーキングエリア等を連想するかも…。
これ以上、私には無理だ…情報がなさ過ぎる…。
私は外出の用意をして10階の警備会社に行き、発信機等の貸出しと電波の追跡を依頼した。
次に携帯で聖さんに電話を掛ける。
「…もしもし?萌奈美?」
「ごめんなさい、仕事中に…今、森田さんも一緒?」
「あぁ」
「代わって貰える?」
「…どうした?何か伝えたいなら、俺から話すよ?」
「うぅん…この間のお礼言いたいから、直接話すよ」
「……わかった」
しばらくして、森田さんが電話口に出てくれた。
「…森田だが」
「桜井萌奈美です。先日は、ありがとうございました」
「いや…何か…伝えたい事があるんだな?」
「はい…聖さんの弟さんと、筑波組の関係について…」
「何!?」
「今、聖さんの会社の社員が1人、弟の皇輝さんに監禁されています。その事で、皇輝さん本人が私にコンタクトを取って来ました」
私は事情を説明し、これから行おうとしている事、太一君のメッセージ等を伝えた。
「大黒町並びに大黒埠頭で、筑波組か皇輝さん名義の物件を至急調べて頂けませんか?」
「承知した。お前は…」
「誘いに乗ります…一応発信機を着けて行きますが…同じ場所に連れて行かれる可能性は、低いと思います」
「…そうか」
「警察に連絡しようと思います。私は一般人で、脅されて呼び出された訳ですから…構いませんか?」
「……構わないが…ソレが動くとなると、私達は動けないぞ?」
「覚悟の上です」
「…」
「その場合、聖さんが動かない様に…森田さんが足止めして頂けますか?」
「…承知した」
「お願いします」
「…聖に代わる」
森田さんから携帯を受け取った聖さんの、緊張した声が耳に響いた。
「もしもしっ!?萌奈美ッ!?何しようとしてる!?」
「大丈夫だよ、聖さん…太一君は、必ず戻って来るから」
「違う!!お前の事だ!!何か無茶な事…」
「あのね…私、聖さんに…ちゃんと言った事なかったよね?」
「え?」
「…好きだよ……私ね、聖さんの事…愛してる」
「…何故…今そんな事…」
「森田さんと一緒に、そこで待ってて…絶対に帰って来るから」
そう言って、私は通話を切った。




