第20話
「それは…お前が悪い」
「…わかってるそんな事…」
社長室で頭を抱えるセイヤに、俺は溜め息を吐いた。
「しかし…まさか名前も教えてなかったとは…お嬢ちゃんが怒るのも無理ねぇな」
「…お前が、いつまでも俺の事をセイヤと呼ぶからだ」
睨むセイヤに、俺は苦笑いを返した。
「これを機に、全て話しちまったらいいんだ…」
「…言える訳ないだろう」
「お前なぁ…これ以上ないって程巻き込んでんだぞ!?何もわからない内から命狙われて、監禁されて狙撃されて、結婚話に迄巻き込んで…」
「…」
「なら、俺が話す!!」
「棗っ!?」
「俺は今…『専務代行』…『若頭代行』だからな!!」
「待てっ!棗っ!!」
セイヤの叫びを背に、俺は社長室を飛び出した。
「そろそろ、棗さんが来ると思ってたよ」
セイヤの自宅に入ると、彼女はニヤリと笑いながら俺を迎え入れた。
「…察しがいいな?」
「だって、聖さんヘタレだからさ…私に何も言えないんだもん」
「ヘタレって言うな!セイヤの立場じゃ、口が裂けても言えねぇ事が、山の様にあるんだ!!」
「わかってるよ、それ位…でも、それ話してくんないと、この先付き合っても同じ様な事の繰返しって…聖さんわかってないのかなぁ?」
「…」
「私とは付き合って行く気がない…そう取ってもいいのかな?」
「それはねぇな…お嬢ちゃんの事に限っては、それはねぇ」
「…そもそも、この恋愛に…本気になってもいいのかな?」
「え?」
「聖さん、大人だしイケメンだし…上手く恋愛して、きれいに別れるつもりだったのかな?…そんなのわかんないからさ…私が浮かれてるの見て、言い出せなかったのかなって…」
「お前…セイヤの気持ち迄疑ってんのか!?」
「…最初に聖さんにも言ったの。何で聖さんみたいな人が、私の事を好きになるのか…わかんないって」
「…」
「好きだって甘やかして、優しくしてくれる…そんな事、親以外からされた事なかったからさ。私、嬉しくて…浮かれて舞い上がって…」
「聞いてなかったのかっ!?命懸けで守りたい女だって、お前以外愛せないっつってただろうがっ!?」
「…」
「セイヤに何て言われてる?」
「素の自分を好きになって欲しいって」
「…だろうな…だから、お嬢ちゃんに同情されたり、脅したりする材料を与えたくねぇんだ。お嬢ちゃんにも、いつまでも堅気でいて欲しいって考えてるしな」
「跡目相続の時、何があったの?」
「知ってたのか!?」
「少しだけ、話を聞いた…でも詳しくは知らない。本家と揉めてる原因も、私が狙われる原因も、そこにあるんでしょ?」
「そうだ…先代正妻の実子である皇輝は、シノギのデカイ麻薬を大々的に扱おうとして、ヤク推進派の中心だった三上組やその身内と密にコンタクトを取っていた。それを知った堂本組長が、ウチの跡目相続に待ったを掛けたんだ…アメリカにセイヤを訪ねて…先代の跡を継ぐ様、口説き落とした」
「…」
「元々は軽い脳梗塞で倒れた先代が、自分の目の黒い内にセイヤに跡目を襲名させると言い出した事から始まったんだ。それを知った本家は、猛反発でひっくり返そうとしてた。堂本組長は『皇輝が跡を継いだら、新宿の街はヤクに染まる。新宿を守る為には、お前が跡を継ぐしか道はない』と…セイヤのヤクに対する気持ちを知った上で、半ば脅したんだ」
「…」
「セイヤがヤクを憎悪するのは、お袋さんの事があるからな」
「中学の時に亡くなったって…」
「…自殺だった」
「!?」
「セイヤの家は複雑でな…先代は元々寺嶋組っていう聖組傘下の組織の組長だった。それを先々代が見込んで娘婿に迎え入れたんだ。だが夫婦仲は最悪で…そんな時に、アメリカからの交換留学生だったセイヤのお袋さんと出会った。元々は、先代の弟である寺嶋本部長の教え子だったんだ」
「教え子って…」
「大学教授してた人でな…その頃はまだ現役で教鞭取ってて…セイヤの事を、一番可愛がって面倒見てた人だ」
「…」
「お袋さんは、数人の留学生と一緒に当時の寺嶋教授の家に下宿してた。それが、どんな経緯でそうなったのかは知らねぇが…先代の愛人になったんだ」
「それで、聖さんが生まれた?」
「そうだ。だが本妻の怒りは相当なもんだったらしいぜ?何せ婿養子が、自分より先に愛人との間に子供を設けたんだからな。本妻を宥める為に、セイヤは生まれると同時に本妻の長男として届けられたんだ」
「お母さんは?」
「本家で飼い殺し…まぁ、セイヤを育てるのは実のお袋さんがしてたみてぇだが…母子共に本妻からの虐めが半端無かったらしくてな…とうとう、ヤクに手を出しちまったそうだ」
「…」
「セイヤが生まれた直後に寺嶋組を継いで、聖組の本部長になってた寺嶋本部長が先代に助言して、高校進学と同時にセイヤはあのマンションで生活を始めた。その頃から『Silver Fox』と名乗って、ヤクの売人達の制裁を始めたんだ…母親の敵討ちのつもりだったのかも知れねぇな」
「…」
「そのヤクを新宿から廃絶させる為に、セイヤは跡目を継ぐ決心をした。だが、組内部でもヤクの廃絶派と推進派で対立が起きてたんだ。あの日の…聖組の組長室での出来事を知ってるのは…先代と専務と皇輝、そして俺とセイヤだけだ…」
話を聞いて蒼白になっている彼女は、ゴクリと喉を鳴らした。
「…それで?」
そう彼女が先を促した時、玄関に続く廊下から感情を押し殺した声が掛かった。
「そこ迄だ、棗…それ以上話す事は許さない…」
「…」
「社長…いや、組長命令だ」
「……わかりました」
「聖さん!?」
「駄目だよ、萌奈美…話せない事もあるって言った筈だ」
「でも…」
「駄目だ……これはSaint興業の前身…聖組の最高機密だから…」
「…」
「絶対に守らなくてはならない…俺は社長で、最高責任者だからね」
それだけ言うと、セイヤは表情を固くしたまま、踵を返して部屋を出て行った。
「…棗さん!!」
「駄目だ、お嬢ちゃん…話せねぇ」
「…」
「アイツが…どんな思いで…ここに言いに来たかわかるか?」
「…」
「組長なんて背負い込んで…馬鹿見るのは、セイヤばっかしじゃねぇかっ!?」
「…棗さん」
「アイツはなぁ…この2年間、俺達と組の為だけに突っ走って来たんだ!!会社の先々と、社員の後々の…更生した後の事迄考えて、会社運営してるんだ!!だから太一以降の社員は、全員堅気の職業からしか雇ってねぇ。だが、ウチがどれだけSaint興業と名乗っても、堂本組の傘下組織である事からは逃げられねぇ。それを、セイヤは1人で背負い込むつもりなんだよっ!!」
「まさか、それで結婚出来ないって…」
「それだけじゃねぇ…子供が出来て、自分と同じ様に意に染まない跡目なんて継がされたら…そう思うと、恐ろしくて子供なんて作られねぇんだろ!?馬鹿なんだよ、アイツは…」
「…」
「自分の代で…聖組を解散させる腹なんだ……だが、セイヤの立場じゃ…そんな事、口が裂けても言えねぇ!!上の堂本組にも…Saint興業の社員にもな…」
「…馬鹿だね」
「あぁ…」
「ホントに馬鹿だよ…」
「…そんな馬鹿な奴が…社長になって、初めて我儘を通して拘ったのが、アンタだ…お嬢ちゃん」
「…」
「それまで、ギリギリの精神状態で…張り詰めた糸がいつ切れるか、俺は気が気じゃなかった…そんな時にアンタと出会ったんだよ」
「…」
「太一に言ったそうだな?『弱みじゃなくて強みになりたい』って」
「…言ったよ」
「なってくれねぇか?セイヤの強みってヤツに!?」
「……それを決めるのは、私でも棗さんでもない。聖さん自身だと思う」
「だが、お嬢ちゃんが心を決めねぇと、どうしようもねぇだろう?」
「…確かにね。でも…聖さんが心を開いてくれない限り…私は、聖さんの中には入れない。聖さんが私に何も話してくれないのは、私を気遣っての事もあるかもしれないけど……それだけ、聖さんが私を信用してないって事でしょ?」
「…」
「心を閉ざしてるのは…私じゃないよ」
翌日、近松さんが言った様に沢山の荷物や家具が運送業者によって運ばれて来たが、会社の人達が玄関前に陣取り受け取りを拒否してくれた。
私が聖さんの部屋を出ると事務所で噂が広まったのか、入れ替わり立ち替わり会社の人達が訪れて、思い留まる様に説得に来る。
皆聖さんに心酔している人達だから仕方がないのだろうけれど、厳つい男性が床に土下座するのには正直参った。
仕方がないので、ビルから出ない事を約束し、それ以来ボストンバックを抱えて会議室や事務所奥の倉庫等を転々としている。
棗さんには、顔を見る度に文句を言われるけれど、聖さんはビルから出ない事に安心したのか、少し寂しそうに笑いながら黙認してくれた。
「今日は、こんな所に居たの?まるでボヘミアンだね?」
「移動する範囲が、凄く狭いけどね」
「ちゃんと食事は摂ってる?ちゃんと寝れてる?寒くない?」
聖さんは、どこか痛い様な顔をして私を見詰めた。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「平気だって。子供の頃は、冬の寒い時でも叔母さんが帰る迄ずっと玄関前に座って待ってたんだもん」
「…鍵は持ってなかったの?」
「一度戸締りし忘れてさ…鍵は持たせて貰えなかったんだよ」
「…」
「流石に中学になったら持たせて貰えたけど、そのかわり家事は全て任されたの」
「…そう」
「だから平気」
「…俺は…寒いよ」
「じゃあ、早く社長室に戻りなよ」
「違うよ…家が…あの部屋が寒い」
「暖房壊れてるの?」
「……萌奈美が…居ないから」
「…」
「まだ…帰って来ない?」
「…」
「まだ、答えは出ないの?」
「…私の答えは、出てるよ」
「…」
「聖さんは、答え出してくれた?」
「…」
「…まだ…帰れない」
いつも同じ様な会話が繰り返され、聖さんは寂しそうに去って行く。
互いに意地の張り合いをしてるのだ…私達は2人共に、何て不器用なんだろうと思う。
「…待ってるんだからね」
そう呟き、私は手で口を塞いで咳を押し殺した。
「…見掛けてないって…どういう事だ!?」
5日間程信越に出張し、帰った途端に事務所に居た奴等を怒鳴り付けた。
「申し訳ありません!!」
「いつからだ!?」
「多分…3日程前から…」
「仕方ありませんよ…新宿とこちらの人数を割くだけで一杯なのに、社長の出張も重なり、インフルエンザで倒れる奴等が続出しているんです」
菊地が、眉を寄せて弁解した。
「携帯は!?」
「それが…鳴らしたんですが、電源が切れちまったみたいで、繋がらなくなっちまって…」
「ビルからは、出てないんだな!?」
「…多分」
「いいから、隅々迄探せ!!」
「へいっ!」
あたふたと社員達が駆け出すのを溜め息で見送ると、棗が眉を寄せて苦言を呈する。
「仕方ねぇって…皆忙しかったんだ」
「太一は!?」
「新宿に詰めてる。フローリストの配達と回収に走り回ってるんだと」
「…そうか。太一に、萌奈美が潜り込みそうな場所を聞いてくれ」
「…わかった」
萌奈美は家を出る時、鍵も全て俺に渡して出て行った。
出張前に、自分が居ない間だけでも家で生活する様に言ったが、やんわりと断られたのだ。
こんな事なら、強引に鍵を渡して…いや、俺が答えを出さないで意地を張っているのが悪い。
萌奈美は、別れるつもりはないと…自分の答えは出ていると言ってくれたのに…。
彼女が外で生活しているのは、俺が答え出すのを怯えているからだ!!
萌奈美の居ない生活等…考えられない癖に…いつまでも一つの考えに囚われて…。
「見つかったぞ、セイヤ!?」
携帯を握り締めた棗が叫んだ。
「どこだ!?」
「10階非常階段横にある、備品用の倉庫に居るらしいが…中から鍵が掛かってるそうだ」
「何でそんな所に!?」
「張り紙が…」
「え?」
「立入禁止の張り紙がしてあったそうだ」
「…」
「今、そこの鍵を探してる」
「何故!?」
「中から…応答がない…」
俺は社長室を飛び出し、非常階段を駆け降りた。
「お嬢さんっ!?お嬢さんっ!!返事をして下さいっ!!」
数人の社員が倉庫の扉を叩き、呼び掛けている。
「鍵持って来ました!」
解錠するのももどかしく、中に飛び込み叫んだ。
「萌奈美ッ!?」
ブルーシートの上で毛布にくるまり、彼女は意識を失っていた。




