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天使は銀狐に囚われて  作者: Shellie May
18/40

第18話

棗と共に近松のぞみが出て行くと、俺は(きびす)を返し萌奈美の部屋に戻った。

「…萌奈美」

「…」

「聞こえていただろう?」

「…」

「のぞみは、俺の婚約者じゃない…()してや腹の子が俺の子供なんて、あり得ない!!」

「…」

荷造りする手を止めようとしない萌奈美の手を、正面に回り込んで握った。

「手を止めて、ちゃんと聞いて!」

「…聞こえてるわ」

「じゃあ、何故荷造りしてるんだ!?」

「…」

「萌奈美!?」

「聖さんがっ……聖さんが…ちゃんと話してくれてたら…」

「…それは、悪いと思ってる」

「…ごめん…1人にさせて」

握った手を離し、彼女の躰を抱き込もうとすると、思い切り突き飛ばされた。

「萌奈美!?」

「嫌っ!!」

「…約束した筈だ」

「嫌よっ!!」

「2人の間の事は、1人で悩まないと…考える時も、俺の腕の中でと…約束した筈だ!」

俯いた萌奈美の喉から、クククという笑い声が漏れる。

「…そんな香りを(まと)って、私を抱き締めるっていうの?それとも、私の心を抹殺したいの?」

「え…」

「その『猛毒(プワゾン)』は…私に止めを刺すには、効果覿面(こうかてきめん)だわ!」

俺は黙って立ち上がり部屋を出た。



両親が亡くなり、叔母の家族と生活を始めた私は、日本の小学校に編入した。

しかし、日本語を話す事が出来なかった事で、家でも学校でも孤立していた。

生活の為に従弟(いとこ)の繁雄を保育所に預け、フルタイムで仕事をしていた叔母は帰宅が遅く、私は毎日玄関の前で叔母の帰って来るのを待った。

一度戸締りを忘れた事で、家の鍵を持たせて貰えなかったからだ。

唯一優しいと思っていた叔父は、スキンシップの激しい人だったが、それが叔父の性的嗜好だと気付いた時には、私は凌辱(りょうじょく)される寸前の状態だった。

叔母は激怒し、私が叔父を誘惑したと(ののし)り、それ以前より辛く当たる様になった。

洋服は近所の男の子のお下がりを着せられ、長かった髪は洗うのに時間が掛かり水道代が勿体ないと短く切られた。

癖の強い髪と男の子の格好、自分達と同じ言葉を話さない事で、同級生達は容赦(ようしゃ)なく私を虐めた…だが泣き言を言おうにも、教師すら私の言葉を理解しないのだ。

私は次第に、内向的な子供になって行った。

あれは終業式の後だった…家に帰り玄関先に鞄を置いて、いつもの様に叔母を待っていた。

「今日は遅くなる」

登校する私の背中に、叔母が声を掛けた。

どうやって時間を潰そう…そう思っていた時、数人の同級生が私を誘いに来た。

こんな事は初めてだ…聞けば、これから皆で広い公園に遊びに行く、良ければ一緒に行かないかというのだ。

私は嬉しくて何度も頷き、同級生の後に付いて行った。

しばらくは一緒に楽しく遊んだのだと思う…暑くなって着ていたジャンパーも脱ぎ、皆の上着と一緒に公園のベンチの上に置いた。

誰かが珈琲の缶を拾って来て、缶蹴りを始めた。

学校で皆がやっていたのを見ていたから、ルールは把握している。

鬼に見付からない様に隠れればいいのだ。

私は必死に走って…隠れた。

冬の日暮れは早い…辺りが薄暗くなったと思ったら、直ぐに真っ暗になってしまう。

公園に電灯が灯り出し、流石に不安になった私は、缶を置いてある広場に様子を見に行った。

しかし、ガランとした広場には同級生の姿はなく…へしゃげた缶が転がっているだけだ。

寒くなってジャンパーを着ようと探したが、ベンチの上には何も置かれていなかった。

ベンチの下や周囲、他のベンチも探したが、ジャンパーは見付からない。

諦めて帰ろうとして気が付いた…ここはどこだろう!?

家の近所じゃない…来る時に随分歩いた記憶がある。

初めて来る、見た事もない広い公園だった。

そうだ…来る時に見た、あの見晴らしの良かった場所に行けば、家が見えるかもしれない…そう思って一目散に走った。

しかしその場所は、昼間とは全く違う姿を見せていた。

辺りは綺麗なイルミネーションで彩られ、街並みの風景は美しい夜景に変わっていたのだ。

「本当に、ロマンチックね…」

そこには、大人のカップルばかりが寒さに身を寄せ合っていた。

私は、近くで夜景を楽しんでいたカップルに声を掛けた。

「すみません、ここはどこですか?お墓の沢山ある場所を知りませんか?」

ギョッとした様な顔をして、カップルはそそくさと去って行った。

それからも、何人かに同じ様な質問をして回った。

「ヤダ、迷子?」

「ホームレスじゃないか?」

「ホームレスが英語ぉ〜?あり得なぁ〜い!」

「関わるなよ、折角(せっかく)のクリスマスなのに…ほら、行くぞ!」

「バイバ〜イ」

(ほとん)ど皆、同じ様な反応で通り過ぎる。

寒さと心細さで疲れ切り、腰を下ろした途端に睡魔が襲って来て、ベンチにゴロンと横になった。

夜が明けたら…街が明るくなったら、何とかなるかも知れない…。

本格的に寝入ろうとベンチの上で身を丸めた時、不意に声が掛けられた。

「…ガキは、とっとと帰って寝ろ」

最初は、それが自分に向けられての言葉だとは、思っても見なかった。

「畜生…とうとう降って来たか…」

そう声が聞こえて薄目を開けると、フワフワとした雪が舞い降りていた。

「オイ…さっさと帰らないと凍え死ぬぞ」

そう声を掛けた人は、待ち合わせの人物が来た様で、ベンチから立ち上がり行ってしまった。

折角声を掛けてくれたのに…尋ねたら良かった…そう思うと涙が溢れた。

叔母に叩かれ、左耳が聞こえなくなり…その後叔父との事を(なじ)られ、一時的に両耳共全く聞こえなくなった。

怖くて泣き叫んだら、(うるさ)いと叔母が口の中に雑巾を()じ込んだ。

それ以来…泣く時には掌で口を押さえて泣く様にしている。

「オイ」

再び声を掛けられ顔を覗き込まれた時にも、私は口を押さえて泣いていた。

覗き込んだ黒いロングコートの人は、驚いた表情を見せ眉を寄せて尋ねた。

「こんな所で何してる?」

「…英語…わかりますか?」

やっとの思いで尋ねると目を丸くして…それでも、流暢な英語で答えてくれた。

「…少しなら」

「お墓の沢山ある場所知りませんか?家の場所がわからない」

「親は?家の電話番号は?」

「両親は死んで、叔母さんの家族と住んでます。電話番号はわからない」

「…墓地か?寺か?」

「凄く沢山、お墓ばかりがある場所」

「…霊園か…青山も雑司ヶ谷もあるが…」

「歩いてここまで来ました」

「両方歩ける距離にある…小学生か?アメリカン・スクールに通っているのか?」

「普通の小学校に通っています」

「なら話が早い…小学校の名前は?」

私が学校の名前を告げると、その人は携帯を出し学校の電話番号を問い合わせて電話を掛けてくれた。

「…出ないな…普通生徒が行方不明だと、家族が学校に問い合わせたりするんだが…」

「…叔母さんも叔父さんも仕事で…」

「仕方ない、送ってやるから来い」

その人はそう言って私を誘った…付いて行ってもいいものか躊躇(ちゅうちょ)すると、眉を寄せて不機嫌に言い放たれた。

「何を考えているかわかるが…付いて来ないと、お前凍死するぞ」

私は慌てて涙を拭い、その人の後を追った。

「…ここか?」

白いスポーツカーに乗せられ、学校から通学路を車で流し、あっという間に自宅の前に着いた。

「ありがとうございました」

そう行って車を降り、お辞儀をして玄関に走った。

玄関前には、相変わらず私の鞄が置かれ…鍵は閉じられたままだ。

仕方なくいつもの様に玄関先でしゃがみ込むと、さっきの人が目の前に立っていた。

「…家の人は?」

「まだ帰ってないみたい…今日は遅くなるって言ってました」

「ここで待つのか?鍵は?」

「持たせて貰ってない」

「……ネグレクトか」

「無視?何ですか?」

「食事は?」

「朝は食べました」

「昼から何も食ってないのか!?」

「今日は給食なかったから…」

その人は、怒った様に胸ポケットから手帳を出すと、何かを書いて家のドアに挟んだ。

「行くぞ!」

「どこにですか?」

「食事に行く…大丈夫だ。ちゃんと連絡先を書いて置いた。帰って来たら、電話して来る筈だ」

連れて行かれたホテルの部屋で、その人はおっかなびっくりの私にルームサービスのメニューを渡して言った。

「お前のその格好じゃ、どこのレストランにも入れないからな」

「…ドレスコードがあるという事ですか?」

そう尋ねると、意外そうな顔をして少し笑った。

「好きな物を注文しろ」

「…フランス語は出来ません…英語のメニュー、有りますか?」

「日本語は?」

「聞くのは少し出来ます。ひらがなは、何とか読める様になりましたが、漢字は難しくてまだわかりません」

「…嫌いな物は?」

「特にありません」

「何が食べたい?」

「温かい物が食べたい」

自分もまだ食事をしていないというその人は、ブイヤベース等を頼んでくれた…そして、私の話を色々と聞いてくれた。

自分の思いを口にするのは、両親が生きていた時以来だ…誰も私の話を聞いて理解してくれようとした人はいなかった。

気が付けば涙混じりに話していた私に、その人はボソリと言ったのだ。

「それは、お前も悪い」

「何故ですか!?」

「日本の(ことわざ)に『郷に入っては郷に従え』という言葉がある…反対の立場で考えてみろ。英語を話せないカナダ人の子供が、カナダの小学校に入って来たら…お前達はどう扱う?絶対に虐めたりしないと言えるか?」

「だって…」

「英語だから話せて当然と思うのは、お前達英語圏の奴等の(おご)りだ。ここは日本で共通語は日本語…現に、お前が公園でコンタクトを取った奴等は、全員助けてはくれなかった…これが日本語で助けを求めたなら…半数とは言わないが、30%位は助けてくれたと思うぞ?」

「…」

「お前は周囲の人間を責めるが、お前自身努力はしたか?日本語が聞き取れるなら、何故話そうとしない?」

「それは…」

「悔しかった気持ちも、両親の与えてくれた教育を大切にする気持ちもわかる。だがな…誰にも守って貰えないなら、泣き寝入り等せず、自分の意思を通せる程強くなれ。その為の努力を惜しむな」

「…」

「強くなれ…自分の足でしっかりと立てる様になれば、誰にも何も言われない。言って来る奴等には、堂々と宣言し、言い負かしてしまえばいい」

「…そうですね…本当にその通りですね」

チラリと時計を見たその人は、眉を寄せて呟いた。

「10時か…疲れただろう?風呂に入って休め」

「え?」

「今日は、ここに泊まれ。連絡先は書いて来てるんだ。問題ない」

そう言って、大きなバスルームに私を押し込めた…叔母の怒る顔がちらついたが、その人の強引な優しさに戸惑いながらも嬉しかった。

中に入り躰を洗っていると、驚いた事に後ろのドアが開いた。

まさか…この人も叔父と同じ様な事を…!?

そう怯える私に、ニヤニヤ笑いながらその人が言った。

「そら、背中流してやるから向こう向け!日本じゃ、こう言うのを裸の付き合いって言って、銭湯という公衆浴場じゃ、知らない者同士がこうやって背中を流し合う…(もっと)も、今は余りしないけどな」

そう言ってゴシゴシと私を洗って湯を掛けて…今迄で一番驚いた顔を見せた。

「お前……女だったのか!?」

慌てて飛び出そうとした私を捕まえ、笑いながら髪も洗ってくれたその人は、私をベッドに寝かせると優しく添い寝して抱き締めてくれた。

「…イイ女になれよ」

「イイ女って、どういう女の人ですか?」

「その答えは人それぞれだ…楽しみだな…お前がどんな女になるか」

「イイ女になったかどうか、確認してくれますか?」

「そうだな…じゃあ10年後のクリスマスに、今日会った公園のベンチで…お前が、どれだけイイ女になったか見定めてやろう」

「本当に!?約束ですよ!!」

「あぁ…指切りって知ってるか?」

「知ってます…ダディに教わりました。でも怖いですね…呪いみたい…」

「ハハハ…そうだな。俺のお袋と同じ様な事を言う…あの人も呪いの様だと言っていた」

「怖いから、それは嫌です」

「わかった…じゃあ覚えてたらな」

「あの…名前、聞いてませんでした」

「お前は?ファーストネームでいい」

「モナミです」

「俺は…」

温かい腕の中で、私は王子様の様な人と約束した。

私はイイ女になれただろうか?

今の聖さんに頼ってばかりの私は、会う資格があるのだろうか?


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