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天使は銀狐に囚われて  作者: Shellie May
17/40

第17話

先日、大学の友人が心配して訪ねて来た…まさか、聖さんが盗み聞きしてるなんて思わなくて、色々と言ってしまったのだけれど…。

思い掛けず懐かしい人の話題が出て、心が暖まる思いがした。

聖さんは、(しき)りに誰なのかと詮索(せんさく)していたが…詮索された所で、こちらが困ってしまう。

何せ、彼の素性も…顔さへも(ほとん)ど覚えていないのだから…。

覚えているのは、大人の素敵な男性だった事、英語が堪能(たんのう)だった事、あの雪のクリスマスの寒さと、彼の言葉…そして温もりだけ。

その交わした言葉と約束を頼りに、幼い私は生きて来た…辛い事、悲しい事…両親が亡くなり英語しか話せなかった私が、日本で生活して来れたのは、一重(ひとえ)にその人のお陰だった。

そうだ…約束のクリスマスは今年……愛する人を見付け、幸せになった、成長した私を見てもらえるだろうか…。



洗面所の切れた電球を太一君が交換してくれるのを、脚立を支えて見ていた時、玄関のチャイムが鳴った。

「誰かな?」

「あ…事務所で受け取った荷物を、誰か持って来たんスよ、きっと…」

「じゃ、悪いけど…ここお願いね」

「ウッス」

洗面所に太一君を残し、私は玄関に向かった。

「お待たせしましたぁ」

そう言って勢い良くドアを開けた…いつもなら、厳つい男の人が荷物を持って立っている筈だから。

何故この時、ドアのスコープで確認しなかったのか…命を狙われているというのに、安全に守られているという(おご)りがそこにはあったからだ。

「……貴女…誰?」

見下ろされた人物に、私は息を呑んだ。

透き通る様な白い肌、腰まである長い黒髪、黒目勝ちな潤んだ瞳、紅く濡れた唇…枯草色の辻が花を着こなした、匂い立つ様な…それでいてどこか危う気な美女が立っていた。

「…あの……」

「貴女、誰?」

再度、同じ質問がされる…いつもなら、ここで貴女こそ誰だと切り返していただろうが…私は最初から彼女の雰囲気に呑まれていた。

「…お兄様は?」

答えない私に、その人は質問を重ねる。

「…お兄様って……聖さんの事?」

「…」

(らち)が明かないと判断したのか、その女性は私を押し退けて部屋の中に入って来た。

「えっ!?あ…ちょっと!」

通り過ぎるその人からフワリと薫る、甘いプワゾンの香り。

甘く官能的な…大人の香り…。

「…お兄様は…いらっしゃらないの?」

部屋の中に入り込んだ女性は、リビングの中央に立つと私を振り向いて尋ねた。

「…聖さんなら、今日は新宿の事務所に行かれている筈です。それより、どちら様ですか?」

「あら…その質問を先にお尋ねしたのは、私よ?」

「…桜井萌奈美と言います」

「近松のぞみよ」

洗面所から出て来た太一君が、青い顔をして私に首を振った。

「…聖さんに、何のご用ですか?」

「下見に来たの」

「下見?」

「お兄様、新しいお家に引越されても、なかなか呼んで下さらないから…こちらから、わざわざ出向いたのよ」

そう言って、リビングから続く部屋のドアを開けようとする。

「何するんです!?」

「何って…下見よ?部屋を見ないと、荷物を運び込めないでしょ?」

「は?」

ドキドキと動悸がする…これ以上聞きたくないと、頭の中で警鐘(けいしょう)が鳴る。

「…どういう事です?」

「だから…新居を下見に来たの」

「貴女の…という事ですか?」

「私達のよ…お兄様と私の新居」

振り返り、美しい人がほんの少しだけ口角を上げた。

「…太一君」

「へぇ!?」

「大至急、聖さんに連絡取って」

「わかりました!!」

太一君は、つんのめりそうになりながら、走って玄関を出て行った。



「聖さんの婚約者…という事で、間違いないんでしょうか?」

「えぇ」

「伺っておりません」

「そぅ?」

ソファーに悠然と座った彼女は、膝にレースのハンカチを広げ、優雅に珈琲を飲んでいる。

「貴女は…私の存在をご存知だったんですね?」

「何故そう思うの?」

「余り、驚かれませんでしたから…」

「…名前は知らないわ。でも、部屋に入り込んでいる女性が居るのは、伯母様に伺っていたから」

「婚約者に裏切られたとは、思わないのですか!?」

「別に…女性の1人や2人、男の甲斐性でしょう?実際お兄様の父親である伯父様も、数人の愛人をお持ちだったわ」

「聖さんは…そんな人間じゃないわ!」

「どうかしら…男なんて、皆同じ様なものよ」

(むな)しくないの?そんな結婚」

「あら…私はお兄様を愛してるわ、昔からずっと…。それより、貴女こそ何故ここに居るの?」

「え?」

「お兄様ったら、お可哀想に…貴女の事、夏からずっと追い出せずにいたのね。まさか、新居に迄付いて来るとは、思ってもいなかったんでしょうけど…」

「…何言ってるの?」

「何が目的?お金が欲しいの?それで居座ってるの?」

「ちょっと待って…私は…」

「お金なら私が払うわ。幾ら欲しいの?」

そう言って、鞄の中から小切手帳を出し、ペンと共に私に差し出した。

「好きなだけ、書き込んで頂戴」

「…馬鹿にしないで」

「馬鹿になんてしてないわ。ただ私は、貴女に早く出て行って欲しいだけ」

そう言うと、スッと立ち上がり、私の荷物を置いてある部屋のドアを開けた。

「ここの荷物、今日中に片付けて下さる?」

「…」

「消毒して、ベビーベッドやベビー箪笥も置いて…子育てに向いてない部屋だけど、新しく家を新築する迄は仕方ないわね」

「……何…」

「急いでるのよ…花嫁衣装を着るのに、大きなお腹じゃみっともないでしょ?」

そう言うと、愛おし気に下腹を擦る。

「……嘘…」

「再来月には帯を巻かないといけないの…だからナイトお兄様との結婚式の前に、同居する事にしたのよ。勿論、伯母様も賛成して下さったわ。明日には、荷物を運び込む予定なの」

そう言って彼女は、艶やかに微笑んだ。



「自宅に、近松のぞみが乗り込んで来た」

太一からそう連絡があり、俺は棗と共に急いで自宅に戻った。

「萌奈美ッ!?」

駆け込んだ自宅のリビングには、近松のぞみが悠然と座っていた。

「ご機嫌よう、お兄様」

「…こんな所で、何をしている?」

「新居の下見よ」

平然と答えたのぞみは、能面の様な笑顔を貼り付かせた。

「…萌奈美は?」

「あちらで、荷造りしていらっしゃるわ」

のぞみを睨み付け、俺は萌奈美の部屋をノックしたが、全く反応を示さない。

棗と顔を見合せ強引に部屋に入ると、言葉通り中では萌奈美が荷造りの真っ最中だった。

「……萌奈美」

「…」

「…萌奈美?」

「…」

「返事をしてくれ!」

「おぃ…まさか、又聞こえなくなったんじゃ…」

「えっ!?」

「……聞こえてるわ」

「萌奈美!?良かった…」

「……良かった?そうね…自分で言わなくて済んだんだもんね…大丈夫ょ?お金なんて要求しない。される様な事してないし、(むし)ろ私がお金返さないといけないのよね…」

「萌奈美、何言ってるの?」

「…荷物さ…住所決まったら取りに来るから…会議室にでも積んどいてよ。本は、処分してくれて構わないから…大学も、やっぱり辞める事になるだろうけど、きっちり借りたお金も返すから」

「萌奈美!?」

背後から抱き締め様とすると、気配を察して思い切り拒まれる。

「嫌っ!!」

「…萌奈美」

「抱き締める相手が…違うわ」

言葉を交わす間、萌奈美は一切俺の顔を見ようとしなかった。

棗に頷き萌奈美を託すと、俺はリビングに取って返した。

「萌奈美に何を言った!?」

「新居の下見に来たと伝えたわ。伯母様が、変な娘が入り込んでいるけれど気にする必要はないと仰ったの。でもお兄様、あんな娘が宜しいの?余り趣味が宜しくないけれど、囲うなら別の場所にして頂きたいわ」

「…煩い」

「あら、お兄様がお聞きになったのよ?私はあの娘に、穏便かつ早急に出て行って頂きたいと話しただけ。聞き入れて頂けた様で嬉しいわ…これでお兄様と私の結婚には、何の障害もないわね?」

「俺は、お前と結婚しない!」

「するのよ」

「お前が結婚したい相手は、俺じゃない筈だ!」

「…私は、ずっとお兄様の事を愛してたわ」

「嘘だ!」

のぞみはツッと立ち上がり、ゆっくりと俺に近付き抱き付いた。

「嘘じゃない」

「離れろ!」

「お兄様のお嫁さんになる事が、私の夢だった」

「何を言っている…お前は皇輝(こうき)と…」

「愛してるわ」

「離れろ、のぞみ!!」

「…嫌よ」

「目を覚ませ、のぞみ!!お前が結婚したい相手は、皇輝だろう!?」

「お兄様が好き…」

「最初はそうだったかもしれない…だが、ずっと皇輝と関係を続けていた。お前も周囲の人間も、いずれは皇輝と結婚すると思ったからこそ、続けていた関係だった筈だ!!今更俺を巻き込むな!!」

「……皇輝さんと伯母様が…私に言ったの」

「…お前は、皇輝と結婚したいんだろう!?」

「…駄目だと言われた…お兄様と結婚しろと言われたわ」

「又流されるのか、のぞみ?」

「違うわ…私は、お兄様を助けに来たの」

「何を言っている?」

「2年前、お兄様が伯父様の後を継いだ時にも、私との話が持ち上がった…あの時、お兄様が私に仰ったわ。『俺は誰とも結婚しない。例えお前と一緒になっても、俺は決して子供を作らない』って…覚えてる?」

「…あぁ」

「その後お兄様は、女性を全く近付けなかった…アメリカに行く前には、あんなに女性を(はべ)らせていたのに…」

「何が言いたい?」

「伯母様と皇輝さんが、お兄様はEDなんだと仰ったわ…だから子を成せないのだと」

「っ!?…勝手な事を…」

「大丈夫よ、お兄様…私がお兄様に嫁げば、全てが解決するわ」

「のぞみ?」

「私なら、お兄様を救って差し上げられる」

そう言って、愛おしむ様に下腹を撫でた。

「だって…ここにはもう、お兄様と私の子供が居るんだもの」

「何…だと?」

「大丈夫よ…この子は『聖の子供』だと、伯母様も皇輝さんも仰ったわ」

「冗談じゃない!!その子は、皇輝の子供だろうがっ!?」

「『聖の子供』よ、お兄様…この子が、次代の聖組を担うのよ」

「お前はそれでいいのか、のぞみ?それが、お前の思い描いていた未来なのか?皇輝と共に、その子を育てたいんじゃないのか!?何故(あらが)わない?人の言いなりになるんだ!?」

「…私は…幸せになりたい」

「のぞみ…その相手は、俺じゃない!!」

「この子を産みたいの!!」

「産みたいなら、1人で産めばいい!!だが俺の子供としては、絶対に認めない!!」

「だって…伯母様が…」

「自分の気持ちだ!!お前は、どうしたい!?」

見上げたのぞみの顔を見て、俺はゾッとした…切り揃えられた前髪の下から覗く瞳は、まるで暗く深い空洞の様だ…。

「皇輝さん仰ったわ…私がお兄様に嫁いだら、又会ってくれるって…愛してくれるって」

「…お前」

「お兄様は優しいから、きっと私を拒めない…だから大丈夫だって…今迄通りだって仰ったもの!でも、お兄様との話が破談になったら、もう会ってくれないって…近松への援助も切るって…」

人身御供(ひとみごくう)か…皇輝の奴!?だが、お前が皇輝と一緒になれば、解決する話だろう!?」

「…皇輝さん……婚約されるの…」

「なっ!?…誰と!?」

「……知らないわ……だから、私とは結婚出来ないって…伯母様に言われたの」

ゆるゆると俯きながら、のぞみは言った。

「私、お兄様の事が好きよ…あの頃と同じ様に愛してるわ。でも、皇輝さんと離れられない…知ってるでしょ?」

「駄目だ」

「私は…幸せになりたいだけ……お兄様と結婚して、この子を産んで…皇輝さんと愛し合いたいだけよ…」

「帰れ、のぞみ…帰ってあの親子に伝えろ!!俺は絶対に屈しない!!お前達の勝手にはさせないとな!?」

突き放したのぞみが、俺に空洞を向ける。

「お兄様も、私を捨てるの?」

「何を言っている?」

「…近松の家も、この話しを了承した…私は、お兄様の所意外に頼る場所はないのに…」

「のぞみ…流されるんじゃない。幸せは、誰かに頼って手に入れるんじゃなく、自分で勝ち取るものだ」

「…お兄様」

「以前の俺なら、お前を受け入れたかも知れないが…俺も、命を懸けて守りたい女性が出来た」

「…」

「俺は、萌奈美以外愛せない…この家に入れるつもりもない…帰れ!!」

「ナイトお兄様!?」

「棗!!」

俺は隣室に居る棗を呼び出した。

「のぞみを、本家に送り届けてくれ」


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