第15話
弁天町の社長のマンションが銃撃され、桜井さんが怪我をした…専務も体調を崩してしまい、社長は堂本組に行ったきり雲隠れ、頼みの兄貴迄行方不明で、この1週間事務所は上へ下への大騒ぎだった。
いきなり堂本組の本部長が乗り込んで来て、俺達の個人データを渡せと言われた時には肝が冷えたが、先日データを持った兄貴が帰って来た時には、心底ほっとした。
「マジで、大変だったんスよ!」
「わかった、わかった…」
北新宿に向かう車の中で、俺は兄貴に泣き言を吐き続けた。
「専務も入院したって言うし、社長室に血痕が残ってたって言うし!」
「あぁ、あれは…大したことねぇ」
「それで、何で事務所ごと引越しになったんスか?然も、森田組のシマって!?」
「上の意向だ…しょうがねぇだろ?」
北新宿に建設中のショッピングモールに建つツインビルに事務所を引越すと昨日発表され、俺達は度肝を抜かれた。
「花屋は、あのまま新宿で稼働させる。北新宿には、示談屋集団と警備屋、事務所と社長の自宅が入る」
「あそこに住むって、そんな余裕あるんスか?もう中に入る店も殆ど決まった筈じゃ…」
「それでな、太一…アミューズメントを外す事になった」
「えぇ〜っ!?」
元々飲食店とアミューズメント施設の他に、警備会社と弁護士事務所が入る事になっていた。
その他に事務所、社長の自宅迄入るとなると、スペースが収まり切れない…弾き出されたのが、俺も企画に参加していた1フロアぶち抜きのアミューズメント施設だと言うのだ。
「そりゃ、ないッスよぉ」
「しゃあねぇだろ?あの土地の客層考えたら、飲食店の方がいいって事になったんだよ。それに、店がポシャった後の事考えると、アミューズメントの方が設置も簡単に済むしな。案としては生きてんだ。そうガッカリすんな」
「…へぇ」
「で…お前、どっちに行きたい?」
「え?」
「新宿も空にする訳にいかねぇからな。店からの呼び出し喰らったら、北新宿からじゃ時間が掛かる。新宿の方に残るか?」
「…兄貴は、どっちに?」
「俺は、行ったり来たりだろうが…社長が北新宿に移るんじゃ、基本アッチだな」
「じゃ、俺も北新宿に行きます!!」
まだまだ使い走りの域を出ない俺でも、社長や兄貴に使われるのと、他の人間に使われるのじゃ月とスッポンだ。
「北新宿に行くとなると、お前又お嬢ちゃんの面倒見る様になるぞ?」
「桜井さん、まだ社長の所に監禁されてんッスか?」
「まぁな…まだ狙われるだろうしなぁ」
「そッスか…俺、構わないッスよ。桜井さん優しいし、飯旨いし…」
「わかってると思うが、手ェ出すなよ!?」
「出しませんって!」
「マジで社長に殺されっからな…切れたら最後、俺じゃ止められねぇ…」
「噂じゃ聞いてますけどね…実際『Silver Fox』と『Lone Wolf』って、どっちが強かったんスか?」
「お前『Lone Wolf』って、どういう意味か知ってるか?」
「『一匹狼』って事ッスよね?兄貴の二つ名なんで、ちゃんと調べたんッス」
「狼ってのはな…所詮群れる生き物だ。そのコミュニケーションの為に遠吠えすんだよ。それに対して狐ってのは、元々単独で生活する。攻撃も防御も、全て独りでこなさねぇと生きていけねぇ」
「…社長の方が強かったんッスか?」
「タイマン張ったら、まず負けてたな…俺も弱ぇ訳じゃねぇが、遠吠えの方が得意なんだよ」
「へぇ…」
「それも自信なくなっちまった…あんな小っけぇ女に負けちまうなんてな…」
「あぁ、凄かったッスね、桜井さん!」
「森田組長にもやらかしたらしいぜ?」
「ひょぇ〜っ!?命知らずッスねぇ!」
噂話に花が咲く内に北新宿のツインビルに到着すると、立体駐車場に車を入れ、事務所の入る別館に移動してエレベーターに乗り込む。
「アレ…最上階じゃないんッスか?」
「ビルの最上階ってのはな、案外と狙われ易いんだ。だから事務所を最上階に、自宅はその下の階にしてあんだよ」
エレベーターを下りると、エントランスから延びる廊下の両側にドアが設えてある。
「この階には、会議室、休憩室、仮眠室やシャワールームなんかも完備されてる。社長の自宅は、この奥だ」
兄貴がポケットから出した鍵で玄関を開け、俺達は部屋の中に入った。
「何スか、アレ…」
「あー…モノにしたって事だろ、ありゃ」
「うわっ、マジッスか!?」
広いリビングに置かれたソファーセット…その下に敷かれたラグに直接座って雑誌を見ている桜井さんを、社長が長い足の間に座らせ後ろから抱え込む様に腰を抱いて、笑顔で肩越しに一緒に雑誌を見ている…。
まるで、そこだけ薔薇色の空間…新婚の部屋の様だ!!
兄貴がコッソリと囁いた。
「お前、外出てろ。いいか?社長が自宅に居る時には、ちゃんと遠慮しろよ?」
「ぅ、ウッス」
俺はコッソリと部屋を退散した。
「ちわッス!」
「久し振りだね、太一君!元気してた?」
社長は兄貴と一緒に事務所に行き、入れ違いに俺は自宅の方に詰める様に言われた。
「色々大変だったんスよ。そういえば怪我って、大丈夫なんッスか!?」
「あぁ…まぁ、何とかね」
そう言って笑う彼女を見て、肝の太い女だと改めて感心した。
「…桜井さん…あの…」
「何?」
「…その…社長と…」
「ハッキリ聞けば?」
「…ヤっちまったっつーか、デキちまったんッスか?」
珈琲カップを持った桜井さんが、目を丸くして…次の瞬間笑い出した。
「直截な聞き方だね?」
「すんません」
「お付き合いする事には、なりました」
「じゃあ『姐さん』になるって事ッスか!?」
「それって、結婚するって事?」
「勿論ッス!!」
「あのさぁ…太一君達って皆そうなの?付き合うって、直ぐに結婚とかって考える訳?」
「え?」
「この間も、付き合う前から『結婚する気はないか?』って森田さんに聞かれたし…ヤクザの人って皆そうなの?」
「あ…いや…違うくて。俺達なんかが付き合うっていうのと違うんッスよ。やっぱ社長だから…跡目の事もあるし…」
「…成る程、そういう事」
「桜井さんが『姐さん』になってくれたら、皆喜びますよ」
「…まだね…お互いを模索中なんだよね。私は殆ど聖さんの事知らないし。学歴とアメリカで仕事してた事と、会社の仕事内容位かな」
「『Silver Fox』の事、知ってます?」
「それは聞いた…太一君、他に何か知ってる?」
「あ…でも…」
「大丈夫。聖さんに、聞いてもいいって許可貰ってるから」
話してもいいか…許可は出てるらしいし、桜井さんも知ってた方がいい事もある…。
「…社長、この世界に入って、まだ2年位なんッスよ。先代が脳梗塞で倒れて…皆跡目は、本家の皇輝さんだと思ったんスけど…」
「皇輝さんって?」
「社長の弟になる人なんッスよ。本妻の息子で…社長は、妾腹なんス」
「…そうなんだ」
「社長は堅気で、アメリカで仕事してましたし…皇輝さんは、聖組で若頭補佐してましたから」
「何で、その皇輝さんって人が継がなかったの?」
「上の…堂本組の事情もあるんスよ。元々堂本組は、新宿のヤクの元締めだったんスけど、今の組長になってから薬から手を引く方向に変わったんッス」
「いい事じゃない」
「それがね…堂本組の奥方の、結婚する時の条件だったんスよ。それを組長は律儀に守ってるんッス…いい話っしょ?」
「素敵なご夫婦ね」
「結婚するのも反対されてて…10年掛けてやっと結婚なさったそうで…。でね、丁度ウチの先代が倒れる前に、新宿でヤク絡みの大きな事件があって…堂本組の本部長が逮捕されたんッス。堂本組の中でも、ヤク推進派と廃絶派に分かれて覇権争いがあって…ウチの先代は中立派だったんスけど、皇輝さんは推進派だったんス」
「…」
「先代は、堂本組の金庫番してた程のお人で、人格者だったんスよ。跡目に社長を指名したんスけど、本家の奥方が黙ってなかった…元々聖組は奥方の実家で、先代は婿養子でしたんで…跡目は息子の皇輝さんをと奥方が横車押したんッス」
「聖さんは、麻薬廃絶派だった訳?」
「堅気でしたから…というより『Silver Fox』として活躍してた頃から、ヤクの売人なんかを制裁してましたからね」
「…」
「ほぼ皇輝さんに決まり掛けた所で、堂本組長が待ったを掛けて…社長を口説き落としたって話ッス。でも…その後も何か色々あったみたいで…社長が跡目を継いだ途端に、皇輝さんは組を離れて、本部長が急病で亡くなった隣の寺嶋組を吸収して、Saint興業って会社組織にして…」
「要は、ドロドロの相続劇だったって事ね?」
「俺も組に入ったばかりの頃で、よくわかんない事も多いんスけど…かなりグッチャグッチャだったみたいッスよ?噂じゃ、死人迄出したとか…」
「…」
「組が会社組織になってから、今迄と違うって出て行った仲間も多かったんスよ…今残ってる連中は、新しく入った奴も含めて、社長に惚れ込んでる奴等ばっかッス。社長は、そんな俺達の先々の事迄心配してくれてるんッスよ」
「…そうだろうね」
「俺ね…社長のお供で、桜井さんのバイト先の近くによく行ってたんッスよ」
「え?」
「社長って、俺が知る限り殆ど笑顔なんて見せないお人で…顔の造りが綺麗だから、余計に怖くて…。だから、桜井さんの所に会いに行く時、俺いっつも驚いてたんスよ」
「カフェでは、いっつもヘラヘラしてたよ?」
「あんな格好なのも驚きでしたけどね。プライベートを、一切見せなかったお人なんで」
「ふぅん」
「さっきも…俺…あんな幸せそうな社長、初めて見たッスよ」
「…聖さんは…普通の人なんだよ……多分」
「桜井さんには、そう見えるんッスね?」
「太一君の印象は、違うの?」
「違うッスね…凄いお人ッスよ、社長は。噂で聞いてた『Silver Fox』以上のお人でした。仕事も人間もね…」
「…」
「命も…何度も狙われて来てる筈なんスよ。でも、全く動じなかった…。今回初めてなんじゃないッスか?動転してる社長なんて」
「…私のせい?」
「惚れた弱みッスね」
「…弱みには、なりたくないな…どっちかって言うと、強みになりたいかな?」
「桜井さんらしいッスね」
「そう?…私は、そんなに強くないよ?」
「いやぁ…兄貴の事言い負かしちまうなんて、相当ッス!森田組長の事も…本当ッスか?」
「森田さん?あぁ…あれは、森田さんが大人としての対応してくれただけで、私は一般論を話しただけ…でも…」
「何かあったんスか?」
少し考える素振りを見せる桜井さんをジッと見詰めてしまい、俺の方が慌ててしまった。
…こんな可愛いかったっけ?
恋愛は女を綺麗にするって…本当の話だったんだ…。
「…聖さんの周囲の人達にとって、私との関係って…どう思われてるの?」
「えっ…あ…会社の中では、歓迎すると思うッスよ?上の方達も…多分…」
「…そう」
「反対するとしたら…本家ッスかね…」
「…皇輝さんって人?」
「その後に、さっきも話した大奥様…先代の奥方の登紀子様って方が居て、何かと本家だ本筋だって威光を笠に着るんスよ」
「聖さんのお母様は?」
「亡くなったって聞いてます。アメリカの方だったそうで…社長の中学ん時ッスかね」
「…そう」
「社長も、お身内の縁の薄い方なんスよ…お母上も、叔父上も亡くされてて、血縁で残ってるのは先代だけなんッス」
「叔父さんも亡くされてるの?」
「さっき話した寺嶋組…元は先代が治めてたシマなんスけど、先代の実弟の寺嶋本部長が跡を継いだんッス。この方も元々堅気だったそうで…堂本組の下でフロント企業って言うんッスか?それを始めた走りが、森田組長と亡くなった寺嶋本部長だったらしいッスよ」
「…成る程ね」
「…あの…」
「何?」
「…本家には…気を付けて下さい」
「何かあるの?」
話してもいいものか…躊躇する俺に、桜井さんは笑って言った。
「大丈夫、太一君から聞いたなんて言わないよ」
「…桜井さんを狙ったの…本家かもしれないって…」
「えっ!?」
「噂ッス!!ただの噂かもしれないんッスけど…そんな噂があって…」
「……聖さん、知ってるのかな?」
「…多分」
「それでなんだ…親戚が私の事狙ってるとは、流石に言いにくいよねぇ」
「噂ッス!!」
「太一君…火のない所に煙は立たないって事だよ」




