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天使は銀狐に囚われて  作者: Shellie May
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第11話

「何でこのお嬢さんは、1日に2回も治療に来てるんだ?」

堂本組のお抱え病院である高橋医院の息子…高橋福助(たかはし ふくすけ)は、俺や(なつめ)の中学の同級生だ。

(しか)も棗迄居るのに、何で怪我して来るのが女の子なんだ?」

彼女の掌の傷を縫いながら、高橋は悪態を吐く。

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ、福助!?ちゃんとお嬢ちゃんの傷、縫いやがれ!!」

彼女が掌を握らない様に、指先を押さえながら棗が()えた。

「名前で呼ぶなと言ってるだろ、棗!それにしても、本当に19なのか?」

「え?」

「お前の隠し子とか…」

小柄な彼女を膝に乗せ、治療を見ずに済む様頭を抱き、腕を押さえ付ける俺を見て高橋が言った。

「見掛けは中坊だからな、お嬢ちゃんは…でもちゃんと、19歳だぜ」

「ふん…お前の所で働かせてるにしちゃあ、地味目だな。そういう店なのか?」

「店?」

「お前の所の、キャバクラか風俗の子だろ?」

「違う違う、福助!!この娘は堅気(かたぎ)…セイヤの嫁候補!!」

「棗!?」

彼女の耳が聞こえないからといって、2人は言いたい放題だ。

「何だと!?オィ、聖!!犯罪じゃないだろうな!?…19は…大丈夫か。でも、十分犯罪だろ!」

「だよな…三十路(みそじ)前の男が、中坊口説いてる図にしか見えねぇよなぁ?」

棗がニヤニヤしながら俺達を見て、フィと高橋に視線を投げた。

「然も、ひと月近く一緒に暮らしてて、現在の時点で…まだ落とせてないんだぜ?」

「嘘だろ!?会って速攻お持ち帰りする様な男だぞ、聖は…」

「酷い言い(ぐさ)だな」

(うるさ)い…昔から俺の狙ってた娘は、根刮(ねこそ)ぎお前に持って行かれてるんだ!それが、何で今更ロリータに走ってるんだ!」

「お前達の発想は一緒だな」

ようやく縫い終わり、消毒して包帯を巻く段になって膝の上の彼女は緊張を解き、しがみついていた俺の胸から離れようとした。

「高橋、病室は空いているか?」

両手で彼女を抱き直し、しっかりと膝上にホールドしながら俺は聞いた。

「そのお嬢さんなら、入院の必要はないぞ?」

「いや、入院するのは真木だ」

俺がそう言うと、棗は治療室のドアを開けて、廊下で待つ真木を迎え入れた。

「真木さんを?」

「真木には、心筋梗塞(しんきんこうそく)で入院してもらう…絶対安静で、面会謝絶にしてくれ」

「…(わか)

「いいな、真木?家族にも仮病(けびょう)である事は伏せろ。勿論、本家の見舞いも一切断れ。お前には、警備の者を付ける」

「…わかりました」

「という訳だ、高橋。宜しく頼む」

「…院内でのドンパチは、ご法度(はっと)だぞ!」

「大丈夫だ…ここには、奴等も手が出せない」

百人町に有る堂本清和の自宅の隣に建つ高橋医院を襲う事は、堂本の主治医を襲うという事…すなわち、堂本組に弓を引くという事になる。

「隣に行くんだろ?その娘はどうする?」

真木が病室に向かうのを見届けると、俺は携帯を取り出して、背後から彼女を抱き込んだ手で打ち込んだ。

『少し出て来る。ここで待っていて』

彼女はすかさず俺の手から携帯を奪い、打ち込んだ。

『嫌だ!』

『俺の上に居る組に、今後の相談に行く。聞き分けて』

『一緒には行けない?』

そう打ち込んで、俺を見上げる。

『連れて行けない』

『マンションで待つ』

『駄目。あそこには帰れない。危険だから』

『ここは嫌だ』

『聞き分けて』

『病院は嫌い!!』

そう打ち込む彼女の躰が膝の上で震え、凄い勢いで文字を叩き出す。

『嫌だ嫌嫌いやいやいやいや』

俺は携帯ごと彼女の手を握り込んだ。

『吐く』

彼女はそう打ち込むと、俺の膝から飛び下りて廊下に走った。

慌てて後を追う俺に、棗が続く。

「何だって?」

「ここで待つ様に言ったんだが、病院が嫌だといって聞かない…嫌だと書き続けていたら、気持ち悪くなったらしくて…」

「あぁ…そういやぁ前に、一番嫌いな場所は、病院と警察と焼き場だって言ってたっけ…親の事…思い出すんだろ?」

「それで…仕方がない。連れて行く」

「連れて行くって…隣にか!?…意味わかってて言ってんだろうな?」

「…」

「宣言するって事だぞ!?お嬢ちゃんにも、お前にも…覚悟決まってねぇんだろうが!?」

「…」

「いい…俺がお嬢ちゃんの守りしてやるから、お前行って来い。もうじき約束の時間だろ?」

「棗…」

「大丈夫だ。お嬢ちゃんは、説き伏せといてやるから」

仕方なく俺は棗に彼女を任せ、堂本組長宅に向かった。



トイレから出てきた彼女は、キョロキョロと辺りを見回してセイヤの姿を探した。

「堂本組長の所に行ったんだ」

そう話しても聞こえる筈もなく、小首を傾げて不安そうに見上げる。

珍しいな…マンションに居た時も、セイヤに依存する素振りなんか見せなかったのに…。

「大丈夫そうか?」

福助が背後から声を掛けて来た。

「病院嫌いなんだよ、このお嬢ちゃん」

「ガキじゃあるまいし…19だろ?」

「親が死んだ時のトラウマみてぇだ。病院と警察と焼き場は、死ぬ程嫌いって言ってたしな。今も吐いちまったみてぇだ」

「警察って…どんな状況で死んだんだ?」

「交通事故…丸焦げだったのを確認したそうだ」

「成る程…いっつもあんななのか?」

「何が?」

「聖のあんな姿…初めて見るぞ」

「俺だってそうだ…どっちかってぇと、セイヤの方がメロメロで、お嬢ちゃんの方がクールだな」

「信じられん…」

「だけどお嬢ちゃん、急に依存してんなぁ…」

「抱いたんじゃないのか?」

「それはねぇな…『強姦罪』って騒ぐ様な娘だから…」

「あぁ…じゃあ、聞こえなくて不安なんだろ。人間は五感に頼って生きてる…それが急に欠落するんだ。本来なら、もっと取り乱すんだが…」

そう言うと、福助は携帯を取り出して文章を打った。

『聞こえなくなったのは、今回初めて?』

『違う。前にも何回かなった事がある』

『病院での診察は受けた?』

『行ってない。必要ない』

『前回は、どうやって治した?』

『しばらくしたら、勝手に治った』

『聞こえなかった期間は、どれ位?』

『1週間の時も、2〜3週間掛かる時もあった』

『痛みや違和感、目眩(めまい)は?』

『時々目眩はする。それより、聖さんは?』

『出掛けた』

携帯の画面を見ていた彼女は、明らかに不機嫌になり、福助に携帯返すと出口に向かってズンズン歩き出した。

「怒ってるな」

「マズイって…命狙われてるのは、お嬢ちゃんの方なんだからな!?」

俺は彼女を追い掛け、出口を出る寸での所で捕まえた。

「どこに行く!?」

俺が腕を掴んで問い掛けると、携帯で電話を掛けるゼスチャーをして、俺に手を差し出した。

俺の携帯を渡してやると、メールを起動させて手早く打ち込む。

『マンションに帰る!』

『駄目だ』

『携帯も何も持ってない。不便!!』

『後で、俺が取って来る』

『まだ狙われる?』

『そうだ』

『ここは嫌だ。病院は嫌い!!』

『事務所に戻るか?』

彼女は携帯を握ったまま、しばらく逡巡すると徐に文字を打ち込んだ。

『聖さんの所は?』

又セイヤだ…このお嬢ちゃん、もしかして…。

『行けない。堂本組長に会いに行った』

『家に帰る』

『お前の家か?』

『帰らないといけない』

『駄目に決まってるだろう!』

彼女は途端にしゃがみ込み、膝頭に顔を埋めて震え出した。



「自宅が狙われたそうだな、聖」

「申し訳ありません」

先日通された座敷で、堂本組長と森田さんを前に、俺は手を付いて頭を下げた。

「相手は?」

「多分、身内の仕業です」

「やはりな…」

堂本組長の言葉に、俺は思わず顔を上げた。

「何か、お耳に入っておりますでしょうか?」

「…お前の所の本家の先々代の次女…近松に嫁いだ人は、俺の母親と懇意(こんい)なんだが…そっち方面から、聖の息子と娘の婚約が決まったと聞いたもんでな」

「…」

「だが、本家の息子ではなく、お前だと聞いた…本当か?」

「本家が、勝手に言っているだけです」

「やはりそうか…お前からの正式な報告ではないし、世迷言(よまいごと)として受けて置く。だが、お前が無事で良かった」

「いえ…狙われたのは、私ではありません…私が…自宅で保護していた女性です」

「成る程…どこの女だ?」

「…堅気(かたぎ)の女性で…まだ、学生です」

「…無事なのか?」

「怪我をさせてしまいました。それに、耳にも障害が出てしまいまして…」

「今は?」

「隣で、治療させてます」

「何だ…連れて来りゃ良かったじゃねぇか」

「いえ…」

言葉を濁す俺に、森田さんが尋ねた。

「狙撃して来た奴は?」

「申し訳ありません、取り逃がしました」

「では、又狙って来る可能性があるんだな?」

「恐らくは…」

「これ以上、佐久間のシマでみっともない醜態(しゅうたい)(さら)す訳には行かないぞ」

「心得ております」

「しっかし…お前の所の本家の奥方には……なぁ、森田。どうするべきかなぁ…」

「2年前息子がしでかした不始末を、先々代、先代と世話になって来ただろうという恩を着せての嘆願(たんがん)に、組から外すという処置に留め置いたのが(あだ)になりましたね…」

「まぁなぁ…そうだ、聖!お前が、その囲っている女と祝言挙げちまえば、文句の言い様がねぇだろう!?学生だそうだが、歳は幾つだ?」

「19になります」

「何だ…問題ねぇじゃねぇか」

「…申し訳ありませんが無理です」

「何でだ?」

俺は、チラリと堂本組長に目線を投げた。

「…堅気(かたぎ)の女性が難しいのは、組長ならよくおわかりかと」

途端にグッと息を噛み殺し眉を寄せた堂本組長は、口角を上げながら俺を見て言った。

「何だ…お前も、ややこしい娘に惚れたのか?」

「申し訳ありません」

愉しそうに笑う堂本組長の声に、俺は苦い思いで俯いた。

彼女が、俺との結婚を承諾するとは思えない…それに、俺自身結婚等考える訳にはいかないのだ…。

それなのに命を狙われる彼女を守り、俺が近松のぞみと結婚を回避する策等、あり得るのだろうか…。

「聖、お前の所の真木は…この件に絡んでいないだろうな?」

森田さんの声に、肝が冷えた。

「…実は、少し絡んでおりました。真木は、本家に逆らえない立場でしたので…ですが、私を襲撃した件には関わっておりません」

「…」

「現在は、自ら私に身柄を預け、仕置きを待っております。その真木からの情報なのですが、弟がお身内の組と内通していると…」

「どこの組だ?」

「本家でも流石に、私を通して堂本組長のお耳に入るのを怖れて、真木に情報を与えなかったそうです」

「どう致しますか、組長?」

「そうだなぁ…」

すこし(おど)ける様な声を出した堂本組長の顔が、愉しそうな笑顔になる…だが、その瞳に宿る(ほむら)に俺は背筋が凍り付いた。

「聖の組同様に、まだ堂本の下にも俺を舐めている奴等が居るって事だろ?それは、キッチリと(あぶ)り出して、仕置きをしてやらねぇと…なぁ森田、そう思わねぇか?」

御意(ぎょい)

「聖の本家には、精々(にえ)として働いてもらうとしよう…いいな、聖?」

「承知致しました」

深く頭を下げる俺に、堂本組長の硬質な声が響いた。

「お前は、もっと冷徹な男だと思っていたが…父親を人質に取られたのが、そんなにプレッシャーだったのか?」

「…」

「もっと早い段階で本家を叩いておけば、こんな事態にはならなかった…わかっているな?」

「…申し訳ありません」

「お前への沙汰は、全てが終わってからだ。今は、全力で惚れた娘を守ってやれ」

「ありがとうございます」

部屋を辞した堂本組長に下げていた頭を上げた時、森田さんが少し優しい眼差しで俺を見ていた。

「よく真木を殺らなかったな、聖」

「…真木を助けたのは…彼女です。あの時、叔父が取ったのと同じ行動を彼女が…デジャヴュかと思いました」

「真木に世話になっていた娘なのか?」

「いえ…ほんの数回顔を合わせただけの間柄です。彼女は、真木というよりは…一緒に居た棗を助けたかったのでしょう」

「聖…その娘とお前は…」

「私の片思いで…事件に巻き込んでしまいました。事情を話し、今は住み込みの家政婦としてバイトをしてくれています」

「……住まいは、私のシマに今建てているビルに設けるといい」

「ありがとうございます」

「取敢えず、ホテルを用意させる。…聖、その娘の為に…全てを失う覚悟はあるのか?」

「勿論です」

「ならば、私から言う事は何もない。名前は?」

「…桜井萌奈美と言います」



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