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変態保健医との初戦

目が覚めた。

天井が見えた。

白かった。


保健室だった。



「大丈夫ですか?」



ぼんやりとしたあたしの頭を撫でながら見下ろすにこやかな笑顔の男が目に入る。

酒井羽里さかい うり、保健医だ。


ちなみにあたしは結城真喜ゆうき まさき、同じ高校の教師である。

ゆうきまさきって語呂悪いよ、お母さん。


どうでもいいことを考えた。


頭が痛い。

何でだ。



「結城先生、倒れられたんですよ」



相変わらず頭を撫でながら、酒井先生が優しくそう言う。

倒れた?

あたしが?

大学卒業までうっかり健康優良児過ぎて、皆勤賞だったあたしが?


有り得ません。



「……覚えてらっしゃらないですか?」



そう言った酒井先生の笑顔が、一瞬、黒く見えた。

気がした、ことが気のせい?



「覚えて……覚えて?」



あたしはただ、廊下を歩いてて、今日は日本酒一升瓶まるまる買って、一人自宅アパートの窓から夜桜見物と洒落込むかーとか、思ってうはうはしてて。



『あ、酒井先生、お疲れ様です』



……って、すれ違ったこの人に挨拶して。



『お疲れ様です』



……って挨拶返されて……返されて……。


頭が、痛い。

首裏が、痛い。


この男に、殴られたんじゃなかったか?



「……覚えて、らっしゃいますか?真喜さん」



にっこりと笑った酒井羽里は、やたらと顔立ちがよくて、無性に腹立たしかった。


──お前がやったんじゃ!


何を考えてこの男が犯行に及んだのか。

あたしには、わかりかねますが。


さっきまで頭を撫でていた奴の手は、今、あたしの顔の横にある。



「……何をしてらっしゃいますか?」

「いやですね、言わなきゃわからないですか?」



くすくすと悪戯めいた笑い声を零しながら、無性に腹立たしい端正な唇が弧を描く。

言わなくていいから、やめてくれないかな。


凄みを利かせて睨んでみたものの、どうやらあまり効果は見込めないらしかった。


結城真喜二十八歳、何故か未だに独身貴族。

この歳で、大変な騒ぎに見舞われてますが。



「……やめてくださいませんか」

「大丈夫です、俺、自信ありますから」



何の自信のお話ですか、何の!


にこやかな笑顔とは対照的な台詞を堂々と吐いて、奴の右足がベッドに乗せられた。

ぎし、と軋んだ鈍い音。


いよいよやばい。

いよいよまずい。


気付けば目の前には端正過ぎてやっぱり無性に腹立たしい顔。

その顔が傾いて、より近付いてくる。


──ごっつ!


必殺、デコ突き!

ただの頭突きだけど!


──が。


頭突きをした。

痛かった。

あたしの方が痛かった。


……何てことだ。

奴の方が石頭とは。



「残念でしたね、真喜さん」



にっこりと笑顔を浮かべた酒井先生は、容赦なくあたしの両手首を拘束していた。


あたし結構、石頭なのに。

めちゃくちゃ悔しい。

そして、結構デコが痛いという哀しき事実。

でも負けないよ、お母さん!



「保健室ですよ」

「そうですよ、だから活用しませんか」



活用法、間違ってるから。



「保健管理の為にある場所ですよね?」

「保健体育を実践しましょう」



意味がわからん!


ああ言えばこう言う。

酒井羽里という男は、こんな男だったか?

あたしが知ってるこの男は……


……

……


……よく知らないけど、こういう男じゃなかったような……?


場違いな思考を巡らせるあたしに、小馬鹿にしたように酒井先生が口を開いた。



「僕をよく知らないでしょう、真喜さんは」



知らんがな!

文句あるか!


相変わらず威力いまいちな睨みを効かせるあたしに、ふっと鼻で笑うこいつ。


覗き込むように顔が近づいて、睫毛が触れそうなほど、端正な顔が至近距離になる。


ついでに。


その華奢に見えてしっかりと節ばった長い指を持つ綺麗な手は、するするとあたしの腰を撫でさすっていた。


何やってんの!


無言の攻防は顔面戦争だけでなく、腰付近でも勃発中だ。

あたしがつい、と腰を引けば、ねちっこくその手が追い掛けてくる。



「……あの、やめてください」

「煽ってるんでしょう?」



大変、まさか保健室にてバベルの障害が!


ま、負けないからねお母さん!


両手は相変わらず拘束状態で、うんともすんとも言わないほどに動かせない。

よってあたしは、ひたすらに追撃を繰り返すやたらと綺麗な手から、腰を捻り、捻り、捻り!

捻りまくって避けまくる!


避け……



「ひあっ」



ち、ちょっとお!

あんたどこ触ってんの、どこを!


するりと難なく侵入を果たしたそれは、するりと、さも当然とばかりに、あたしの太腿を撫で上げた。

へ、変な声出た!

ばかあっ!



「ここが善いんですね」

「違っ……ひんっ」



気を良くしたのか、にこりとまる瞳──と、容赦なく遠慮なく突き進むその手が、今度は内腿をゆるりと撫でたもんだから、また妙な声が口を突く。



「……僕はずっと、あなたを知っていましたよ」

「……は……?」

「……もう黙ってください」



何だかもう、息もあがってきたあたしは、ただぼんやりと、酒井先生を見上げていた。

囁くように言われた言葉と、閉じられていく瞼、少しだけ傾けられた顔が、どんどん近づいてきて……


……って。



「酒井先生ー!いるー?部活で怪我しちゃってー」



がらっと開けられたドアから、元気よく投げられた男子生徒の声。



「……」

「……仕方ないですね」



にっこり笑った酒井先生は、あたしの手首をするりと、さっきまでが嘘みたいに、あっけなく放した。



「……また今度」



呆然とするあたしの耳元でそう囁いてから、カーテンをくぐって出ていってしまった。


……あたし今、流されそうになってた……?


間。



「いぃやあぁああっ!」



我に返ったあたしの絶叫が、保健室だけに留まらず、夕暮れの校内に響き渡った。



「あれ、結城先生いんの?」

「ああ、具合が悪くてね。うなされたんでしょう」

「ふーん、酒井先生も大変だな」

「保健医ですから」



お前のせいだよ、この野郎!


生徒と奴の会話に、一人拳を握り締め、心の中で突っ込んだ。

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