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第4幕

 太陽が真上に昇る。

光でできた滝のように陽光が降り注ぐが、それはもはや恵みなどではなく、凶器と称しても差し支えないだろう。

頭上を見上げると、太陽の過ぎた恵みから守ってくれるはずの雲は、どこを探しても見当たらない。すみれのような深い青をたたえた空は、ただすました顔で僕らを見つめているだけだ。

蝉の鳴き声はうるさく、耳に痛いほどだ。

前方にあるのは、大学の中心を通る大きな道である。車二台が簡単にすれ違えるほどの幅を持つ道は、しかし人通りが途切れることはなく、淡々とそこに佇んでいる。人波の途切れることがないように、学生同士の会話も尽きることはない。

夏休みに入ったとはいえ、ゼミや集中講義、公務員講座などを受ける学生は多く、いまだ大学に通っている。

そんな中、僕はポニーと道路脇のベンチに腰掛け、絵を描いていた。

次回の展示は大学内をモチーフにして、風景画を書こう、ということになったからだ。

油絵の具が散っても大丈夫なように辺りに新聞紙を敷き、風で飛ばされないように石を置く。その上に脚立を置き、キャンバスを立てかける。

そうしてできた屋外版簡易アトリエを、道を歩く人々は物珍しそうに、こちらをちらちらと見ながら通り過ぎていく。

僕らは通り過ぎる人たちの、好奇の視線に愛想笑いを返しつつ、それらを描いていく。

この道は車も通る為、かなり広い横幅がとられている。脇にはこれまた広い遊歩道があり、僕達が居座っているのはその端っこのほうだ。

僕らの後ろには殺風景さをなくす為か、それとも学生に癒しを与えるためか、緑の目立つ常葉樹が、道なりに植えられている。

 それらの木の根元には、少しでも暑さを誤魔化すためか、すっかりうな垂れてしまった猫達が寝そべっている。

ぺちゃ、という絵の具を乗せる音と、じーじーとうっとおしいほどの蝉の鳴き声をBGMに、手を動かし続ける。

太陽が、動かし続ける腕をじりじりと焼いている。なんだか自分が炒められる野菜になった気分だ。

描き始めて二時間、汗が冗談のように流れ落ちる中、僕らは我慢対決をするかのように無言で作業を続けていた。

隣でふぅ、と息を吐く声がした。ちらっと見ると、ポニーは本日3本目にもなるペットボトルの水を飲み干していた。

僕は再び視線をキャンバスに戻す、しかし、ずっと座りっぱなしだったからか、はたまた日光が強すぎるためか、キャンバスがぼやけて見えた。

僕は視線を上に移し、刺すような眩しさに目を細める。さすがに暑すぎる、このままでは日射病か熱射病になってしまうかもしれない。

「おい、ポニー」

僕は作業していた手を止め、隣に話しかけた。

「なんだまっしー」

ポニーも空になったペットボトルをしまい、絵筆を置いて返事をした。

「さすがにこれは暑すぎる。少し休憩するぞ」

「おう、わかった」

ポニーもその言葉を待っていたのか、一瞬の遅滞もなく、キャンバスをブルーシートで覆い、紐で縛りつける。もちろん直接キャンバスに被せてはいない。絵の具が付かないように上の辺りに木枠を挟み、絵の部分だけが浮くようにしている。

僕も同じようにしてキャンバスを覆い、絵の具を片付ける。

さて、どこに行こうか、図書館は涼しいけどあまり大きな声で話せない。としたらファミレスか、そういえば丁度昼時だし、ついでに飯でも食おう。

僕はそう決めると、作品製作中という文字を紙に書き、ブルーシートに引っ付けた。

片づけを終えたポニーが近くのゴミ箱に、空になったペットボトルを投げ捨てた。

カラッカララッという軽快な音がして、鉄でできた網目状のゴミ箱に、それは吸い込まれていく。

 近くに寝そべっていた猫が、驚いたように駆け出した。



からんからんと、軽快だが、どこかわざとらしく響く鐘の音とともに、店内に入る。

「いらっしゃいませー、何名さまでしょうか」

バイト生らしき店員が、不自然な笑顔とともにやってくる。毎回思うが、その異常に高い声はどうにかならないのだろうか。

「二人で、禁煙」

 端的にそれだけを答える。僕は昔からこの手の接客が苦手だ、理由はわからないが、なんとなく駄目なのだ。

店員はかしこまりました、と愛想笑いとともに右手を伸ばし、席へ案内する。

僕らはそれぞれ鞄を脇に置き、対面に座る。

ポニーがメニューを開き、あれやこれやと悩みだした。

僕はもう決まっているので特に何も見ず、ただぼーっとする。

店内に入るまでは噴出し続けていた汗も、店内の冷たい空気に触れて、徐々にその勢いを減じていた。

さすがに昼時、学食を使わない学生たちが、食事と涼を求めて店内に溢れかえっている。すぐに案内されたのは、どうやらたまたま客の合間に入ったからのようだ。

ざわざわと、叫ぶでもなく、内緒話をするでもない話し声は、外で盛大にわめき散らす蝉に負けずとも劣らず、この場を構成する要素となっている。

メニューが決まったのか、ポニーは店員呼び出しのスイッチを押す。ピンポーンという気の抜けるような音とともに、こちらの意図を店員に伝えてくれる。

「ご注文はお決まりでしょうか」

しばらくすると、お決まりの文句とともに店員が現れた。僕はハンバーグセット、ポニーは豚の生姜焼き定食をそれぞれ頼んだ。

「ご注文は以上で宜しいでしょうか、少々お待ちください」

とこれまた定型文とともに、店員は去っていった。

僕はサービスの水を一気にあおる、喉を潤す冷たい水が、若干のカルキ臭さとともに身体の中に入っていく。

コップの中を一気に飲み干すと、置いてあったピッチャーの水を注ぎ足す。

「絵はどうだ?」

唐突にポニーが聞いてきた。

「うーん、まあ結構良い感じ」

僕は少し悩んだ後、少し笑いながら答えた。

今回は僕もポニーも油絵を描いている。何の気なしに場所をとり描き始めたのだが、どうやらうまくいきそうで、とても気分が良かった。

「これもケサランパサランのお陰かな」

僕がそう付け加えると、ポニーはびっくりしたような顔になって、問い返してきた。

「え、まだ飼ってたのかあれ」

その声には若干伺うような響きがある。

そういえばあれからのケサランパサランの様子を、誰にも言っていない事に気づいた。

僕は得意げに当然だと胸を張り、そのご利益を挙げ連ねていく。

「今期の単位はたった二つしか落とさなかったし、バイト先の生徒も、話を聞いてくれるようになった気がする。なにより絵の具が想像以上の色を出してくれるようになったのが大きいね。」

そのとき、ポニーはものすごく複雑な顔をした、哀れみか、悲しみか、同情か、軽蔑か、僕にはその表情の意味がわからず、ただこれらの話を信じていないだけ、と解釈した。

僕の口は勢いを増し、どんどん良かったことを伝え続けた。これらは全てケサランパサランのお陰だ、とも。

そうして僕が一方的に話していると、食事が運ばれてきた。

僕らは一旦話を止め、食事に集中する。

学生向けの店であり、安さを売りにしているここに味は求めていなかったが、予想以上においしく感じた。

それぞれの食事が終わると、僕らはまた会話を始める。内容は先ほどの続き、会話の合間合間に、水を注いでは飲むを繰り返す。

「ポニーも飼ってみれば良いのに」

話が一段落した後、僕はポツリと呟いた。

「いや、そう何匹も見つからないだろ、それに俺は今でも十分幸せだ」

ポニーはひらひらと手を振り、おおらかに言い放つ。その顔に迷いは無く、本気で自分は幸せだと思っているようだ。

僕はポニーをとても羨ましく感じた。ケサランパサランがいなくても幸せだなんて、なんて羨ましいんだ、と。

「ふーん、まあ、僕はケサランパサランを飼い続ける限り、この先もずっと幸せさ」

僕は返答にもならない言葉を返し、水を飲んだ。

ふと辺りを見回すと、入ってきた頃に居た客はすっかり入れ替わり、別の客に代わっていることに気づいた。

店員がこちらを伺うように見ている。

「っと、さすがに長く居座りすぎたかな」

僕はそういうと鞄を持って立ち上がった。

ポニーもコップに残っていた水を一気に飲み干し、鞄を持って立ち上がる。

外を見ると、太陽はまだ燦々と煌めいており、蝉も衰えることなくやかましい音楽を奏でている。

時計を確認する、まだ二時を回ったところだ。この日照りはまだまだ続くだろう。

僕は外の暑さを想像して辟易しながら会計を済ませた。

「今日と同じ明日は絶対にないぞ」

店を出るときぽつりと、ポニーはそうこぼした。


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