Sarcred Love -Fading Horizons
第一章 機械たち
世界は人々の手によって便利にはなった。多くの機械や鉄道、街には電気が溢れている。
皆当たり前のようにそれがあると理解し、新たに誕生した機械人間アンドロイドにはさほど驚きはなかった。
ただの機械だ、人の形をしている。まるでまやかしのような言葉が独り歩きし、誰もが機械人間アンドロイドを目にするときには、その美しさに目を奪われた。
人とは違うのに、人よりも美しい。なんでも出来てしまう。なんて悔しい。
多く作られたアンドロイドたちはそれぞれが持ち場につき、ある者は会社で、ある者は社交場で、ある者は食堂で、ある者は売春宿で、それぞれが人のために動いていた。
彼らには心はない、あるのは知識、そして永遠に年を取らない体。
人々が毎年時間を経て変化していくのに、彼らだけは変わらない。それは嫉妬となって彼らを焼き尽くす。
え?私が誰かって?
私はこの物語を記す者。
さて、あなたたちを物語の世界へお連れしよう。
街には機関車が走っている。あれは電気で動く代物だ。
視線の先に人々を映してドクターラファエルはコートの襟を立てる。電気で街は動いている。しかしドクターの体はその電気に慣れることはなく、外に出るたびにピリピリと肌が痛む。電磁波というものらしい。最近はこの手の病が多く流行っていて、外に出ているのは機械人間アンドロイドだけになっていた。
アンドロイドは性格は温厚で皆美しい。しかし心がない。人間がひどく詰っても、暴力を振るっても彼らはただ微笑み、壊れるだけだ。ドクターのすぐ後ろで民家のドアが開き、美しい娘が転がり出た。破けた服を両手で抑えてそれでも微笑んでいる。
中から現れた男は酔っているのか目がすわり、娘に暴言を吐いている。ぶくぶくと太った手の酒瓶はドクターが視線を逸らした瞬間に振り下ろされた。
ひどい状況だと思う。なぜ、人々はアンドロイドというだけで扱いが悪くなるのか?
先ほどの娘はアンドロイドだ。多分、売春宿で高く買われたのだろう。ああして暴力を受け続ければじきに壊れる。
アンドロイドは中央システムと呼ばれるものから生み出される。それが何なのかは誰も知るものがいない。噂では機械が機械を生んでいるというが実際のところは誰も見たことがない。
そこから出荷されたアンドロイドはそれぞれ持ち場につく。そう、持ち場はすでに決まっている。誰がどこに配置されるのか、そしてアンドロイドの顔つきもまた違うのだ。皆美しいがそれぞれに特徴がある。
会社用のアンドロイドは少し従順な目つき、社交場用は勝気な瞳、食堂用は穏やか、売春用は言うまでもない。
ドクターは足早に帰路につく。街はどこか静かであっても平穏ではない。
街の中央部、煉瓦で作られた家々の中にドクターラファエルの家はある。
「ただいま」小さく声を出してドアを開くと、明るい部屋の中に二人の美しい男女が出迎えた。
「おかえりなさい、ドクター」
「ただいま帰ったよ。おや、部屋をきれいに掃除してくれたんだね?」
今朝出た時には散らかっていた部屋が整えられている。
「うん、エヴァと二人で。ドクターが過ごしやすいように」
「そうか、ありがとう。エヴァ、アダム」
エヴァとアダムは嬉しそうに微笑む。エヴァがキッチンでお茶を入れ始めるとアダムもまた寄り添った。
「今日も、酷い様子だったよ」
ドクターは椅子に座り息を吐く。さっき見た娘アンドロイドの瞳が目に焼き付いていた。
「……そう、やっぱりそうなんだね」
アダムは暖かいカップをドクターの前に出すと瞼を伏せる。
「どうして……街の人はドクターは違うの?」
エヴァは両手を組むと眉根を寄せた。
「ああ僕が彼らと違うように、君たちもまた彼らとは違うんだ」
アダムの瞳がゆっくりとドクターを映す。
アダムとエヴァ、彼らはドクターが作った機械人間アンドロイドだ。中央システムのものではない。なので二人は一度も家を出たことがなかった。外は危ないのだと教え、いずれ機会を見て街を抜け出そう、そんな計画を立てていた。
彼らにはドクターが教育を行っていた。必要ならば本を与え、多くのことを学ばせた。
最初に作ったのはアダム、彼がさみしくないように作ったのがエヴァ。
本当はドクターラファエルが家族が欲しかっただけだけど。
第二章 機械たちの欠陥
ドクターは早々起きだしては、仕事へ向かう。街の会社のメンテナンスをしているらしい。
アダムはベットから起きだすといつも通りに部屋を掃除する。エヴァを起こして、二人で本を読み、それぞれが知ったことを共有する。この生活が始まって数年が経っていた。けれど二人には学ぶことが多い。そして最近は外への興味もあった。
しかし、窓から見える風景には人の気配はない。人などもう存在せずにドクターだけが生きているのではないかと思わせるほどに。
「ねえ、アダム。私たちは外のアンドロイドとどう違うのかしら?」
「さあ……でも本やドクターの話によれば、随分と違う気がする」
「うーん、例えば……本を読んだりしないとか?」
「本は読むだろう、でもそれはインプットであってそれ以上ではない。僕らはドクターが教えてくれたことを学ぶ。そう学んでいるんだよ」
「アダムは難しいことを言う。私は賢くないからわからない」
エヴァの言葉にアダムは笑う。
「そこも違うところじゃないかな?」
「賢くないところ?」
「言い方は悪いけど、当たり前ではないということ、僕らは成長している。ドクターがそう作った」
「難しいよ」
「エヴァは表現が豊かだ。普通のアンドロイドは感情表現はしないそうだよ?」
「……笑ったりしないということ?」
「笑う、というか微笑むんだそうだ」
「微笑む?」
エヴァはそっと唇の端を持ち上げる。
「うん、そうそれ。エヴァはどんな感じ?」
「うーん、少し違う気がする。微笑むっていうのは表情を作るだけじゃない?」
「そうだね……」
エヴァはアダムの手を握ると眉をひそめた。
「アダム……外のアンドロイドたちは……生きているのかしら?」
「生きる……」
「私たちがこうして生きているように、彼らは幸せなのかしら?」
アダムはエヴァの手をぎゅっと握りしめた。
「エヴァ……君は」
「ああ、やっぱり変よね?私壊れているんだわ」
その夜、ドクターが帰宅してからもアダムは考えていた。アンドロイドが生きるとはどういう意味なのか?
自分はそんなことを少しも、いや、ほんの少し引っかかったことがあった。童話が何かで命について書かれていたものだ。
人の一生はそんなに長くはない、では木は?動物は?そんな問いかけだった。
ドクターはよく考えてみるといい、そんなことを言って笑っていた。
眠ることも食べることも何もしなくても動いているアンドロイド、ほんの少しのメンテナンスがあれば永遠に動いているコア。アダムは思う。
自分は何者なのか?今こうして存在している自分、学び、エヴァ、ドクターといる時間を幸せだと思う自分。
そしてエヴァはアダムとは違う。ドクターは同じものを作ったと言った。しかし違う。
エヴァは女性の姿で、アダムとは考え方も違う、なぜ、違うのだろう?
第三章 名のある恐怖
近頃頻発している事故、被害者のほとんどがアンドロイドでそこでは人が目撃されている。
今日も線路の上に縛られたアンドロイドが機関車にひかれて潰された。その前には時計台の針に首をくくられてぶら下がっていた。不穏な空気が街を支配していた。
この頃、中央システムからのアンドロイド配給はストップし、代わりといってはなんだが警察隊が投入されていた。
警察隊は軍隊と同じで武器を装備している。彼らは人、アンドロイドどちらも裁くことができる。
彼らが何者であるかはわかっていないが中央システムから来た人間であることだけは知られている。
ドクターの務める会社にも警察隊はやってきた。会社には複数のアンドロイドが勤務しており従順に働いている。
しかしオペレーションについていたアンドロイドが彼らに拘束された。容疑は返事をしなかったからだ。
オペレーションのアンドロイドは基本ヘッドフォンを繋いでいる。そのため耳を酷使し聞こえていても反応が遅れることがある。会社に居る者たちは理解していたから、気に留めもしなかった。後ろ手に捕まれ、床に押し倒され、肩が粉砕される音が響いたとき、皆が気づいた。逆らってはいけないと。
警察隊は会社以外にもいろいろな場所へ出没するようになった。そして家々を周り始めた時、ドクターはなんとか目を盗んでアダムとエヴァを逃がさないといけない決心をする。
ある夜、ドクターは帰宅するなり荷物をまとめ始める。何事かとアダムとエヴァがやってくると彼は言った。
「街はおかしくなってきている。ここを出よう」
「ドクターどこへ行くの?」
不安がるエヴァの肩を抱いてアダムが頷く。
「わかった、用意をしよう。逃げる算段はあるの?」
「難しいが人の目を縫って逃げるしかない。いいかい?今、街を徘徊しているのは狩りをする人間だ」
「狩り?」
「そうだ、彼らはなぜかアンドロイドを憎んでいる、なぜかはわからない。ここの所、アンドロイドが被害者となる事件が多発している。それもひどいやり方で殺されているんだ」
「……ひどい」
「中央システムはすでに停止している。新しいアンドロイドの供給なんて狼の群れに羊を入れる行為だからね」
「なんてこと……」
「とりあえず僕は車は用意した。街の外に向かうために地下に潜る必要があるが、そこまで行けばきっと大丈夫だ」
「わかった。エヴァ行こう」
三人が目を合わせて頷いたとき、家のドアがノックされた。
ドンドン、ドンドン。
「ドクターラファエル、いらっしゃいますか?」
ドクターはアダムとエヴァに隠れるように指示をする、何かあったら裏口から出るようにと。二人は頷くと物陰に潜んだ。
ドアの向こうには数人の警察隊が立っている。ドクターの胸倉をつかみ頬をはたく。
「なぜ、早く開けない?」
「……すいません、すぐにドアにたどり着いたのです」
「ここにはおひとりで?」
警察隊の一人が部屋の中を物色する。つうと指でこすり、それを眺めている。
「一人です」ドクターが言う前に物色していた警察隊が顔を上げた。
「部屋がきれいすぎる、毎日ドクターラファエルは仕事へ行き、帰ってくる。通勤は数時間かかる、勤務は半日、それを考えるとこの部屋は整えられている。ドクターラファエルの勤務地、部屋は適度に掃除されていたがチリ一つないということはなかった」
ドクターの胸倉をつかんでいる警察隊が笑う。
「誰がいる?」
他の警察隊が武器を構えた時、奥の部屋で大きな物音がした。飛び込んでいく警察隊を横目にドクターは開いたままのドアから飛び出した。彼らの目をくらましているうちに物陰に潜み、鞄から車のカギを探す。
少し離れたドクターの家では銃声とひどく暴れる音がして、やがて静かになった。
第四章 逃亡者
泣いているエヴァの手を引いて、裏口から飛び出したアダムは隣の民家を超えて死角に飛び込む。すぐに追ってがやってきたが、彼らに見つかることはなかった。
小さな声でエヴァが言う。
「アダム……ドクター大丈夫かしら?」
「きっと大丈夫だ。車の場所は教えてもらったからそこへ行こう」
「うん……アダム、怖いよ」
「ああ怖い」
手を繋いで二人は階段を下りていく。逃げる前に黒い服を着たのは正解だった。闇夜に紛れて彼らは探しにくい。
「ねえ、アダム覚えてる?」
「うん?」
「私たちは生きているのかしら?そんな質問を」
「ああ、覚えている。僕らは……僕らなりに答えを見つけなくちゃいけない」
「答え?」
「そうだ、答え……でもエヴァ、君はもう見つけているんじゃないか?」
「どうして?」
「だって……君は……」
大通りにさしかかってアダムが左右を確認する。
「見つけました!」
叫び声が響きサイレンと赤色灯が狂ったように光っている。まだ随分と距離がある、そう判断してアダムはエヴァと走りだした。しかし追ってくる警察隊は車でなぶるように距離を詰めてくる。
ただ、アンドロイドは疲れることはない。壊れなければ永遠にだって走ることが出来る。
アダムはエヴァの手を引いて走り続ける。エヴァは何かを見つけたように指さした。
「アダム!ドクターよ!」
数メートル先に見えた車のライトにドクターがいた。後ろに迫る警察隊の車がエヴァに近づいたので、アダムは彼女を抱き寄せるとドクターの車に走った。運転席から延びるドクターの手にエヴァをつかませて、アダムの背中に警察隊の車が突っ込んだ。
鈍い音と共にアダムが倒れこむ。
ドクターやエヴァを回収するとその場を走り去った。
明滅する赤いライトが視界を揺らしている。
アダムは自分を踏みつけている警察隊の顔を見た。
「人……アンドロイドか?」
警察隊は銃を構えてアダムの胸につきつける。
「アンドロイドならば、ここのコアを壊せばいい。お前は終わりだ」
アダムはぼんやりと彼を見ていた。
ああ、そうか。なぜ彼らはこんなにもアンドロイドを憎んでいるのか……。
遠く答えが降ってくる中、強い衝撃がアダムを襲い、アダムは停止した。
第五章 涙
車はスピードを上げていた。けれど助手席のエヴァは車を急停止させて、ハンドルを握っているドクターの顔を見る。
「だめよ、だめ。アダムなしじゃ、生きていてもしょうがないでしょ?」
「……エヴァ……君は」
「だめよ。ドクター戻って、お願い」
「……エヴァ、きっと彼はもう。それでも戻るかい?」
「戻るわ。だめよ、置いてはいけないの、お願いドクター」
大粒の涙をこぼすエヴァに驚きながらドクターはアクセルを踏む。
「わかった。無事なら……どうか無事で、アダム」
ユーターンをして来た道を戻る。騒がしくならないように慎重にアダムのいる場所へ近づいた。
警察隊はもういなかった。そこにあったのは壊れたアダムだけ。
コアを破壊されたアダムは停止して目を閉じていた。
車を飛び降りてエヴァは走り出す。アダムに近づくと彼を抱き寄せて叫び続けた。
「だめ、だめよアダム。私たちは二人で一つなのよ、わかっているでしょ?さあ、どうか目を開けて」
悲痛な叫びを聞きながらドクターはアダムを見る。ひどく壊されたコア、修理しようにも部品がない。
「ねえ、アダム……アダム、だめ。帰ってきて、私のもとへ帰ってきて」
エヴァが壊れたアダムのコアに手を触れる。繰り返される名前がまるで呪文のようで悲しかった。
「アダム、どうか帰ってきて、いかないで」
どれくらいそうしていたんだろう、ドクターが止めようと足を一歩出した時、エヴァが微笑んだ。
アダムはゆっくりと目を開けた。コアが破壊されている、起きるはずはない。
「エヴァ……泣かないで」
二人は抱き合い泣いている。
これは奇跡なのだとドクターは思った。
三人を乗せた車は地下道へと向かっていた。
その頃、警察隊は大きなバンの中でモニターとにらみ合いをしていた。殺したアダムに発信機をつけていたのだ。
モニターは小さな光を放ち移動している。実際アダムの体を移動させているだけだと彼らは思いこんでいた。
しかし現実は違って、アダムはコアを壊されたけれどよみがえった。
エヴァを腕の中に抱いたまま、自分についている発信機を取ると手の中で壊す。
「アダム、大丈夫かい?」
運転席のドクターの顔を見てアダムは笑う。
「多分、まだ動いている。エヴァを残してはいけないもの」
「わかった、けれど無理はしないで」
「うん、きっと警察隊は僕らを追ってやってくる、この地下道はどこまで続いているの?」
「ここは古い道なんだよ。大昔、街が栄えるために人々はこの地下道を通って街へ行ったんだ。皆が幸せを求めていた。街は大きくなり今の形になった」
「ねえ、ドクター。ずっと聞きたいと思っていた。なぜ僕らは街のアンドロイドと違うの?」
ドクターはハンドルを握ったまま黙っていたが息を吐く。
「君たちは僕が作った。僕は君たちが人のように心が持てるようにと願った。アンドロイドは機械人間だ、しかし生まれたからには役割がある。すべてそうなっている、人も、自然も、そして機械人間も。しかし、あまりにも残酷だ。機械人間には心はいらないと排除された、だから僕は君たちを容器として作り、そこに命を吹き込んだ」
「ドクター、あなたのことは僕は知らない、あなたはどこから来た人なの?」
「僕は中央システムの人間だ。しかし街にいる人たちとは違う。彼らは年を重ねて老いていく、しかし僕の時間は止まったままだ。僕は機械人間ではない、しかし君たちとは違うシステムを持っている」
黙って聞いていたエヴァは微笑む。
「ドクター、あなたは私たちと同じ、けれどすべては同じではない」
「そうだ、賢いねエヴァ。僕は中央システムで生まれた、僕のような人間があそこにはいる」
「ねえ、もしかして忘れていたの?」
アダムの問いにドクターは笑う。
「人間は都合の悪い記憶を時として消去してしまうことがある、しかし何かのタイミングで現れるんだ。記憶は消去できるものではない、暗く深い闇の中へ沈めているだけなんだよ、アダム」
アダムとエヴァは見つめあい頷いた。
「そうか、僕は少しずつ真実に近づいている気がする。でもエヴァはもう到達している」
エヴァはアダムの言葉に笑って首を傾げた。
「そんなことないわ、私は何も知らない、わからないのよ」
地下道の奥深く、やってきた道のほうからサイレンの音が響いてきた。追手が来ている。
三人は深く深く闇の中へと車を走らせた。
第六章 終わりの日
ドクターの話はまだ続いていた。彼の知る世界の理をアダムとエヴァは聞いていた。
きっと街の人たちも、二人が読んでいた本ですら知らないことだ。
世界が神聖であること、世界は歪んでしまうこと、すべてが真実であること。
ドクターは言う。
「人間は過ちを犯す、何度も何度も間違える。学ぶものは次の場所へ行き、学ばないものはそこで繰り返す。人は手に入れたいと願ったとき、それがどんなものであるのかを知らなければならない。学ぶものたちはそれを知り次へ行く。しかし学ばないものは手に入れた途端、それを手の中で壊してしまう。扱いを知らないんだよ」
「ねえ……ドクター、学ばないものはなぜ学ばないの?」
エヴァはぽつりと疑問を口にした。
「……それはね、エヴァ。今の君のようではないからだ。なぜ?どうして?それが必要なことにすら気づけないんだよ。悲しいかな、人は何かを得るたびに何かを失っていく。裕福な家庭、潤沢な生活、しかしそれでは満たされなくなっていく。中央システムがなぜアンドロイドを作ったのか、知りたい?」
アダムとエヴァは頷いた。
「人が間違いを犯す、きっとアンドロイドも同じようになるのかもしれない。けれど中央システムは考えた。人の欠けた部分を補えるのであれば価値があるかもしれないと。それでもアンドロイドに心はもたせなかった。いずれ持たせられるようにと体の一か所に空白を作って送り出したんだ。結果は見事に初めに思った通りになった」
「……どうして」
「中央システムのアンドロイドは優しく作られている。皆微笑みを浮かべるように作られているんだよ。人は初めて見た時、彼らに虜になった。美しい、一緒にいたい、それだけならよかった。彼らの欲はエスカレートして、なり替わりたいとまで到達してしまったんだよ。社交界のアンドロイドが一番初めの被害者だ。彼らは美しさをねたみ、奪い取る。けれど中央システムもまた供給し続けた、なぜだと思う?」
「……どうして?」
「中央システムもまた麻痺していた。戻されたアンドロイドの悲惨な姿を見て、自分たちの子供がこのように扱われていると人を呪うようになった。その頃にはもう中央システムは感情を殺されていた」
ドクターが口をつぐむと二人もまた黙り込んだ。
車のヘッドライトが闇を照らしていく中で、ふと人影を見た気がしてエヴァが声を上げる。指さした先には老人が一人立っている。ドクターは車を止めると老人はゆっくり近づいてきた。
「珍しい、なぜこんなところに?」
老人は優しく笑い自分たちはこの先で暮らしていると言った。三人の状況を聞くと、二つ返事で匿うことを約束してくれた。
車をその場に残し、老人についていく。細い地下道を通っていくと、奥へ進むごとに明るい電飾が見えた。
たどり着いた先、大きな広間には泉がある。地下ではあるが、視線を天井へ進めるとその奥は青空が広がっていた。
「ここは街とは違うのね?」
エヴァがアダムの腕をつかむ。老人は頷くと笑った。
「安心しなさい、ここは人とアンドロイドが穏やかに暮らしている」
一方、警察隊は地下道で三人の乗った車を見つけた。どういうわけかなかなか彼らがたどった小さな地下道が見つからず右往左往。しかし二週間経ったころ、警察隊は地下道を発見しゆっくりと進み始めた。
ドクター、アダム、エヴァ。彼らは泉のある町で穏やかに暮らし始めた。けれど何かがおかしく、少し歪んでいる。
そこにいるアンドロイドたちは皆、アダムとエヴァのような美しさはない。それに気づいた人々は二人を好奇の目で見始めた。二人が歩いているだけで、まるで絵のようだと絶賛するも、それが本当の意味でないことはすぐにわかった。
泉のふもと、アダムとエヴァが座り話している。ふと町がざわめき始めた時、アダムの目に怒りに燃えた瞳が映った。
汚れた警察隊は町の人たちに暴力を振るい、威嚇し、二人の元へ歩いてくる。
「やあ、見つけたよ。こんなところがあるなんてね、なんてハネムーンだろう?」
アダムはエヴァを背に隠す。
「だめだよ、お前たちをかばうものはもういない。ほら見てごらん?皆恐怖におびえている。誰もお前たちをかばうことなどするわけがない」
警察隊は腰の銃を構えるとアダムの胸に押し当てた。
「復活しているなんて、お前は不思議なアンドロイドだ。けれどもうこれで終わり、お前を始末して、この町の連中も始末しよう」
「どうして?そんなひどいことができるの?」
アダムの背に隠れていたエヴァが顔をのぞかせた。
「美しいお嬢さん、アンドロイドは嫌われている。何もかも持っているくせに分け与えようとしない、我々は富の分配が必要だ」
「何も持ってないわ、何も」
「いいや、持っているんだ。お前たちには与えられ、我々は得られなかった、さあもう終わり」
鋭い音が数度響き、アダムのコアが再び壊された。泉に倒れこみアダムを抱き寄せてエヴァは泣き崩れる。
警察隊は高笑いをはじめ、そこからアンドロイド狩りが始まった。町の人々は命をこい、あれがアンドロイドだと告げる。
バタバタ倒れていくアンドロイドたちを見てエヴァは絶望に叫んでいた。
そして最後の一人、エヴァの傍に近づくと警察隊は微笑みを浮かべて引き金を弾いた。
第七章 最後の二人
町から人々は消え、転がっているのは壊れたアンドロイドばかり。泉のふもとに倒れたアダムとエヴァは静かにそこで眠っていた。そこへ血まみれのドクターが走ってきた。ひどくやられたせいで足を引きずっている。
人々はドクターに目もやらず皆家にひきこもっていた。
「アダム!エヴァ!」
やっとたどり着いた二人に触れてドクターは泣いた。
「すまない、君たちをこんな運命にするなんて」
ドクターの手にエヴァの指が触れる。エヴァは重症だったがほんの少し目を開けた。
「ドクター……泣かないで、今度はアダムと一緒だから」
「エヴァ!」
「大丈夫よ」
きしむ腕でアダムを抱き寄せてエヴァは彼に額を寄せた。
「アダム……私のアダム。もうお別れならば、私も連れて行って、一人はさみしいわ」
エヴァの涙がアダムの頬に触れ落ちていく。
「アダム、私たちは二人で一つよ」
エヴァはアダムに触れ、口づけた。まるで童話の真実の愛のキスのように。
触れた唇からゆっくりと色が変わり、彼らは石のように白くなった。ドクターが触れた時、それは石像のように固く、もう二人が目を開かないと理解した。
夢を見る、虹色の夢。
電子の世界の中をさまようアダムは遠くから聞こえる愛しい人を探している。
エヴァ、君の声が聞こえる。
エヴァ、僕はようやくわかった気がするよ。
恐怖とはなにか、欲とはなにか、愛とはなにか。
エヴァ、君のメモリーは僕とともにある。
エヴァ、君を愛している。
石と化したアンドロイドは町に残った人々がたびたび訪れては、どこか申し訳ないと首を垂れる。傍にはいつもドクターがいて、彼もまた二人に触れては変わらない事実と向き合っていた。
幾年、時間だけが過ぎていく。町はまた人で溢れ、微笑みの絶えない場所へと変わっていった。
ドクターもいない二人の像は、彼らを知らない人々の手によって神聖な場所へと設置された。
まるで神のように、人々は何かを願いに彼らの元へとやってくる。
真実を知る者はもう多くない、皆自身の罪を抱えてこの世から消えてしまったのだ。
終章 創世
小鳥が鳴いている。うっすらと天井からの光に照らされた寺院は人でにぎわっている。
この寺院に設置された男女の像は多くの人から愛されていた。その像がどのように作られたのか知る人はいないが、男女二人がキスを交わしている像を愛していた。
彼らは遠くから来た人々でまだ何も持ってはいなかった。だから賢い人たちが現れては文明は進化し変化していく。
新しい物が生まれるたびに皆目を輝かせ、光が走るもの、水を動かすもの、そして地より出でるものと発見をしていった。
随分と長く時は流れ、地下の町は大きなものへ変わっていった。
地上への汽車が光と共に動き、町は光の洪水へと埋もれていく。
その頃には流行り病のように、外へ出ると病気になる者が現れた。医学は進化していたが、この流行りばかりはどうにもならず、患者は引きこもっていく。
小鳥の鳴いていた寺院は静かになり、もう人の足さえ遠ざかっていた。寺院の奥深くに設置された石の像はひっそりと光を浴びていたが、まるで魔法が解けるように色づいた。
先に目を覚ましたのは男だった。目の前の女に微笑み手を伸ばす。女もまた目を覚まし微笑んだ。
「アダム……ここは?」
女は男の腕に抱かれながら周りを見渡した。
「わからない、エヴァ、君は大丈夫?」
「ええ……でも前と何も変わらない気がする」
「ああ、僕もそう思う」
男アダムは女エヴァの手を取り立ち上がる。胸にはひどい傷があったがコアは動いていた。
二人は寺院を出て、聳え立つ町を見た。あの日と何も変わらない光景だ。
人のいない町、時折見える人影はアンドロイドだろう。
アダムは人気のない商店の先、路地裏のごみ箱から捨てられた服を拾う。かろうじて使えそうなものをエヴァと共に着て、二人は手をつないだ。
「もう……ドクターはいないかもしれない」
「ええ、きっと」
二人は強く手を握り合うと町の中を歩きだす。人々の興味をひかないように。
さて、この後どうなったか……それはあなた自身の中にあるでしょう。
私は初めにお目にかかった物語を記す者。
この世界は永遠と続いていくでしょう、そして滅びも繰り返す。
おわり




