表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

001話 ~ 『赤インクは嘘をつかない』

「――――っっっっあああああああああああああああ!!!」


 ヲルの左腕は金青色で燃え上がり、天夜の空に暴れながら溶け込んでいった。

 それを押さえ込もうと全身に力を込めるたびに、骨が軋み、鳴き、叫んだ。


 帝都からの街道を外れた遺跡のひとつ――そこにヲルは一人でいた。


「ぐぅっ。何なんだこの魔導書の理語原式は。まさか、マナ効率……普通の一次魔法に使う6倍、だと?」


 ヲルは、手に入れた魔導書の解析をし、価値を定めたうえでの転売を目論んでいた。しかし、この魔導書はただの一冊ではなかった。


「自動展開詠唱に肉体埋め込み式……あいつの罠か?――いや、あの分からず屋にそんな度胸はない。少なくとも、こんな雑な仕掛けはしない」


 《あいつの書く式は、もっと神経質なほどに整合性が取れている。こんな円型で不規則だなんて、本当にアトが書いたのか?》


 ヲルの額から、飛び出した汗がすぐ蒸気に変わる。

 左腕から飛び散った火の粉が、周囲の枯れ草に次々と燃え移っていた。


「それに早くしないと腕が……。だが、あいつのメモがまだここに書いてある。これさえあれば……」

「――これだ……解放ならできるぞ」


 ヲルは軋む腕を支えながら、夜空へと持ち上げた。

 その制御しきれなかったエネルギーが、七色の絵具をばら撒いたような夜空へと駆け上がっていく。そこには、月白色の縒り糸が地球と星を繋いでいるようだった。


 ――夜空のどこかで、小さな光がひとつ、瞬きを止めた。




 ***




 帝都西部の日の出。つまり朝日が一番最後に届く住宅地区。地家から二積みされた部屋には、魔導士籍に入ったばかりの青年――アトが、徹夜で魔導書を書き続けていた。


 《この式さえ完成すれば、久しぶりにガッセ師匠の顔を見に行けるか……》


 アトは窓から隣の二積み家を眺めた。いつもならヲルがいるはずの場所に、見慣れない小柄な少女が立っていた。


「あ、アトさん。おはようございます」


 こちらに気付くと、窓を開き路地を挟んだまま大きく手を振りながら挨拶をしてきたのは、ヲルの妹のカナだった。


「兄はいつも使い魔便を寄越すのに、もう三日も何も言って来ないなんて。病気かなって、見にきたんです」


 彼女は落ち着きなく、部屋のあちこちに視線を泳がせていた。やがて思い切ったように言った。


「良ければ兄を探してもらえませんか?」

「ああ、それじゃあこっちにおいで」


 下層の地家の上に、さらに二つの住居を積み上げた三階建ての街並み。そこには、路地を挟んで至るところに梯子やロープが交差していた。最上階のアトの部屋だが、カナはその一つの梯子を器用に渡ると、慣れた様子でベランダからアトの部屋へと入ってきた。


「魔導書探査してみるか。またどこかに売ったのかもしれないけど……」


「え、また?」

「いや、なんでもない」

 《売りに行くのは構わないが、断りくらい入れろよな。まったく》


 アトは片手で魔導書を持ち、赤いインクで理語原式を書き始めた。


 《僕の原作書だぞ、この子らは》


「あれ?この魔導書は僕ので間違いないのに……」

「どうしたんです?」

「これは座標ではなく、状態式が呼び出されている。なぜだ?」


 ――粘菌のように這う赤いインクが、魔導書の状態式へと伸びていった。アトの指先を避けるように、あるいは獲物を探すように、赤は不規則に枝分かれしながらページを侵食していく。


「……ん? マナ親和値……魔力波形……」


 アトが理語原式を指でなぞりながら呟いた。数値を読み解くたびに、その異常さが浮かび上がってくる。


「これは……何かがマナを別のものに変換している。アイテムの消滅……同等の価値が金に……そしてそのたびに特殊なエネルギーが蓄積されていく?」


 アトの指が、紙面の上で止まった。


「そんなことがあり得るのか? 僕の理語原式が変化している? なぜだ……」


 傍らで覗き込むカナが、息を呑む気配。


 さらに状態式が展開していく。体温、脈拍、マナ残量――。

 加速度的に上昇する数値の羅列。それは、見間違えようのないあの男の魔力波形だった。


「ヲル……」

「え? 兄がどうしたんですか?」


 カナが思わず身を乗り出しかけた。


「居場所……わかりますか?」


 アトは魔導書から目を離せないでいた。式の変化の方が気になって仕方がない。しかし、隣で心配そうに立っているカナを見て、小さく息をついた。


「……わかった。探しに行ってくる」

「私も――」

「学校へ行きなさい。見つかったら使い魔便を送るから」

「いいえ、私も連れていって下さい」


 カナは真っ直ぐアトを見つめながら両手を握りしめていた。


「兄のことが心配で授業なんて頭に入りません」


 カナの短く切った金髪が横に揺れた。


「……。わかったよ」


 アトは少し間を置いてから、パタッと魔導書を閉じた。


「方角はわかる。ただ距離は……歩きながら確認するしかない」


 大した準備もないまま、アトは魔導書を鞄に押し込み、地家まで続く急な階段を駆け下りた。カナがその後を追った。


 魔導書が示すヲルの方角は、帝都の西――副都へと続く街道だった。


「とりあえずこっちへ行こう。ついておいで」


 アトは帝都西部の住宅街を抜けながら北部へ向かっていた。歩いているうちに、それにおかしさを感じていたカナが声を掛けた。


「行くのは西じゃないんですか?」

「まず北に向かう」

「え?」


 足を止めずに問い返すカナに対し、アトは歩きながら魔導書を開き、状況変化を確かめた。


「三角法だよ。二点から観測すれば、あいつがどれだけ遠くにいるか正確に弾き出せるからね。僕の精密さならこれで十分だ」

「あ、なるほど。大丈夫でしょうか? 兄は……」


 カナの問いに、歩いていたアトが歩みを止めた。見直す魔導書の動く赤インクは、この狭いページでは書き足りないと言わんばかりに、紙の繊維を割り、裏側へと滲み出そうとしている。


「んっ? 離れているんだカナちゃん!」

「はいっ」


 素直にアトから離れ、辺りを確認するカナ。アトはそれを確認すると、魔導書を空中へ放り上げた。そして魔法を詠唱すると何もない虚空から炎を作り出した。


 《触媒なしで火炎魔法を唱えられるなんて……知ってはいたけど……凄い》


 魔導書から逃げ出した動く赤インクが、アトの放った炎に飲み込まれた。赤は意志を持つ生き物のように暴れたが、一瞬で炭へと変わり、朝の杏色の風に吹かれて粉微塵に消えていった。役目を終えた炎が霧散し、魔導書は何もなかったかのように地面へポトっと落ちた。


「ごめん、カナちゃん。しっかりした準備がなければ、あいつを追いかけることが出来ない。一度僕は実家に帰るとするよ。連絡はするから君は学園に行くんだ」

「……そんな」


 カナの声が震えた。握りしめた拳は、まだ兄を救いたいという熱を失っていない。


「連絡……絶対お願いします。他に頼れる方はいなくて……私」


 振り絞るような願い。アトは歩き出そうとした。一度だけ深く、重い吐息を漏らした。


「……ああ。約束する」


 背中を向けたまま、アトは短く応えた。そのまま二人は別々の路地を早足で消えていった。


 《さっきのは暴走に近かった。ヲルが新しい理語原式を僕の式と混ぜ、改変した可能性がある。それにあの状態式が気になった。あれほどの魔力は一人でどうにかできるものではないはず。――早く完全な理語原式を見なくてはな》


 そう確信を胸に抱いていたが――同時に、実家への不安が頭をもたげていた。



 ***




 帝都のどこか、薄暗い部屋の中。


「あらら、こんな早く来てくれたのね。勇者様」

「この夜空は、魔王復活だと君が言ったんだろ」

「復活だなんて言ってません! だから〝表〟の勇者様には、何も言ってませんよ。でも、あの月色の光線は見ているでしょうけどね」

「なら、どうするんだ?」

「魔王が使う力のようなので、調べてくださいね」

「俺がやらないとダメなのか……」

「はい、頼みましたよ〝裏〟S級勇者様」

 現在、3作品の第1話を並行して執筆中です。今後は最も反響の良かった作品の続きを優先して書いていく予定です。もしよろしければ、感想コメントをいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ