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―3―

 維茂は爪を噛みながら、なにかを考えているように見えた。

 呉葉は怪訝そうにそれを見守る。

 少ししてから、維茂はふと視線を上げた。


「木の呪詛人形は、誰が? そもそも、なんでお前が疑われることになったんだ?」

「その人形に使われていた紐に、沈香の匂いがついてた、って言われた」

「沈香?」

「うん。すごく高い御香で、お屋敷では秩父しか持ってないやつだ。

 だから最初は秩父が疑われてた」


 あのときから。

 いや、あのときも屋敷の中は空気が重たかった。

 それを思い出すだけで背中がざわつく。


「でも秩父は、呪詛のことなんか知らない。もっと悪いヤツ……『人ならざるモノ』とか『物の怪』とか……『鬼』が、やったんだろう、って」

 喉が詰まる。

 耳の奥がぐわん、と回る。

 言われたくない言葉。聞きたくない言葉が、今でも耳の中に残っている。


「アタシが呪術を使うところを見たっていう下女がいたんだ。北の対じゃなくて、東の対の見回りをしてた、って」

「東の対?」

「東の庭にいたところを、見られてたんだ」

 藤は、大丈夫って言ったのに。

 それを信じていたのに。

 胸がぎゅっと締め付けられる。


 ふむ、と維茂は腕組みしたまま黙り込む。

 呉葉は止められないまま続けた。

「それで──」

 知らずに涙が零れ落ちる。

 手の甲に落ちて熱い。

「藤も……経基に言ったんだ。アタシが、呪術を使うところを見た、って」


 維茂は黙って言葉を待ってくれていた。

 その沈黙が少しだけありがたかった。


 少し間をおいてから呉葉は再び言った。

「藤が、アタシが秩父から匂い袋をもらったことを経基に言ったんだ。秩父に頼まれて、呪詛をしたんだろうって」

「匂い袋?」

「うん。けど、すぐに隠せって藤に言われた。持ってるところを誰かに見られたらよくないからって」

「……なるほど、な」

 維茂の声が低い。

「藤はアタシを守るって言ってくれたのに。黙ってるって約束した呪術のことも、経基に話した」

 胸が重たくなっていく。

 顔があげられない。

「経基は、呪詛をした者を屋敷には置いていけない、って」

 言い切れなくて、途切れた。

 視線が地面に落ちたまま動かせない。


 そのとき。

「つまり、こういうことだ」

 維茂が顔を上げた。

 その目が鋭く光っている。

「藤は、お前が呪術で幻を作れることを知っていた。それを下女に目撃させて、お前が疑われるように仕向けた」

「仕向けた……?」

 呉葉の呼吸が止まった。

 すっ、と背中が冷える。

 「違う」と思いたいのに、その言葉は胸元まできて、止まった。


「だっておかしいだろ? 北の対に見回りがいないって言っておきながら、東の対の見回りのことは言わないなんて」

「それは……」

「しかも藤は見回りを把握してたはずだ。東の対に見回りがいるかどうかくらい、知っていたはずだ」

 呉葉は表情を硬くしたまま、維茂をじっと見た。

「それだけじゃねえ。藤は、お前が名前を書いた紙を手に入れられた。そして衣替えのときに、お前の葛籠に触る機会もあった」

 維茂はまっすぐに呉葉の目を見た。

 呉葉の顔から血の気が引いていく。指先が冷たくなっていく。


 藤がそんな。

 そこまでしてアタシを──?

 足に力が入らない。


「なんで……」

 ようやく声が出る。

「なんで、藤はそこまで……」

「簡単だ」

 維茂が忌々しそうに吐き捨てる。

「藤は、お前を切り捨てて、今は屋敷の局の要におさまっている。……常陸がいなくなった後、秩父が屋敷を取り仕切ってたんだろ?」

 呉葉は黙ってうなずいた。

「藤にしてみれば、秩父を追い出せれば、常陸の仕返しをしながら局の要にもなれる。ついでに、前から目立って怪しまれていたお前を犯人に仕立て上げれば、自分が疑われることもない」

 維茂は一息に言った。


 歯を噛みしめる。


 藤を信じたかった。

 ……でも、その藤に嘘をつかれた。

(その理由が……)

 今の話なのだとしたら。

 納得してしまう自分が、少しだけ憎い。


(……でも)

 都の正しさ。

 "らしい"というだけで叩く連中。

 藤はそれを利用した。


 そう考えればわかる。

 あの目の冷たさも、声の硬さも。

 呉葉の胸の中に、ふつふつと熱いものが湧き出し始める。


「……あとは、証拠だな」

 維茂が低くこぼした。

「証拠?」

「藤が仕組んだ、っていう明確な証拠だ。それがあれば、お前にかけられた濡れ衣を晴らすことができる」

「濡れ衣……」

 口に出すだけで、心が凍るような言葉。

 呉葉は歯を噛みしめた。


 維茂は立ち上がった。

「もちろん、このまま泣き寝入りなんてしねえだろ」

 呉葉は顔を上げて維茂の顔を見た。

 維茂はにっと笑う。

「都に戻って、藤に一発ぶちかましてやるんだろ?」

 呉葉は戸惑った。


 藤の顔が脳裏をよぎる。

 優しい声。笑顔。手つき。

「信じてたんだ」

 ぽつりと漏れる。

「藤は、アタシを守ってくれるって。けど……」

 呉葉はそれでも前を向いた。目元が熱い。

「裏切ったことは、許せない。……だから、もう一度藤に会う」

 拳で乱暴に涙をぬぐう。

「会って、嘘をついたことを、謝らせる」

 呉葉も立ち上がった。


 ざっ、と風が吹いてきた。

 山の木々から落ち葉が舞い落ちていく。


「決まりだな」

 維茂は拳を突き出した。

 呉葉はその拳に、こつん、と自分の拳を合わせる。

 軽い音。

 でも、その軽さが足を前に出させる。


「やっぱりお前はそのほうが似合ってる」

 維茂は笑った。




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