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維茂は椀を取り、肉と山菜をよそった。
それからまず一口、自分で食べて見せる。
「ん。ちょうどいいな。ほれ」
熊武に椀を差し出す。
「まずは食おうぜ」
一瞬迷った後、熊武は椀と匙を受け取った。ただし目線はあくまで維茂からはずさない。
続いて維茂は次の椀を出す。
「呉葉も食え」
受け取った呉葉は迷わず口に入れた。
「あ、うまい」
つい声が出る。鹿肉のうま味がやわらかく口の中に広がり、山菜の味があとからついてくる。
温かい汁が体の芯に染みわたっていく。
固くなっていた肩の力がほっと抜けていく。
維茂が優しそうな目で呉葉を見ている。
それに気づいて、ばっ、とそっぽを向いた。
それを見て熊武もようやく椀に口をつけた。
「まだまだあるぜ。あとであっちの連中にも持って行ってやってくれ」
維茂が笑う。
「なぜ……」
熊武は低くつぶやいた。
「なぜ、ここまで我らに?」
「んー」
維茂が片眉を上げる。
「オレも貴族の言いなりはウンザリしてたからな」
呉葉を見て笑いかける維茂。
呉葉は食べながら睨み返した。
「建前としちゃあ、山賊騒ぎを終わらせたい。そのためには山賊になる原因を絶てばいい。
討伐依頼達成の口実としちゃあ、上出来だろ?」
「……筋は、通っている」
熊武は鼻を鳴らした。
「だが都の人間は信用できない」
熊武は椀を置き立ち上がった。
「私の父も、先の坂東の乱で都の人間にだまし討ちされた」
呉葉は驚いて熊武を見上げた。
熊武の目は静かな怒りで満ちている。
維茂の眉がわずかに締まる。
「なるほどね」
そしてぽつりとこぼした。
「武門の習い、とは言わねえ。けど、そうしねえと納得できねえってんなら、つき合うぜ」
維茂も椀を置いた。
「え、なんだよ。なにする気だ」
突然張り詰めた空気に呉葉は戸惑う。
椀を置こうかどうしようか迷ううちに、すでに二人は歩き出していた。
維茂と熊武は少し離れた平地で向かい合うように立った。
そしてお互いに刀を抜く。
「え、なんで斬りあうんだ。ちょっと待て!」
呉葉の声が空にむなしく抜けていく。
「頭領」
熊武が刀を構える。
「残った山賊たちをお願いいたします」
「いや大げさだなオイ」
維茂が肩をすくめる。
「お前も死なせねえよ。負けたら協力してもらうんだからな」
瞬きの間。
重なる踏み込む音。刃がぶつかり、乾いた金属音が弾ける。
──と、維茂がさっと身を引く。熊武の大刀が空を切る。
間を置かず維茂の刀が熊武の肩に伸びる。
「っ」
さっと躱した熊武が逆袈裟に斬りつける。
維茂は一歩引き、素早い突き。熊武は大刀で弾く。
呉葉の鼓動が激しく跳ねている。
止めるべきだ。けど、もう遅い。
あまりにも静かに始まってしまった戦いに、割り込めなかった。
近習たちも黙って見守っている。
誰も口を開かない。開けない。
維茂が一気に間合いを詰めた。熊武も踏み込み、斬りかかる。
維茂がぱっと身を沈め足を払う。
熊武は跳んでかわす。そこに維茂が斬りかかる。それを大刀で受ける熊武。
しかし続く維茂の回し蹴りを受け損ね、よろけて膝をつく。
「熊武!」
呉葉の声が裏返る。
熊武は膝をついたまま大刀を構えた。
だが──視界の中に維茂がいない。
次の一瞬。
すぐ真上。維茂が刀を振り下ろしながら飛び降りてきた。
大刀を頭上に上げて受ける熊武。
しかし維茂は刀を手放し、同時に腰の短刀を熊武ののど元に突きつけていた。
静止。
ふわっ、と風が鳴った。
「お見事」
身動きが取れないまま熊武はうめいた。
「あっぶな。あんた強いな」
維茂はにやっと笑って短刀をしまった。
呉葉はようやく息を吐いた。
(こいつ……こんなに強かったんだ)
昨日までとは、太刀筋の鋭さがまるで違う。
動きに迷いがない。
(これが維茂の本気……)
呉葉はつばを飲み込んだ。
「情けは無用だ」
そのままの姿勢で熊武が言う。維茂は不満そうに口を尖らせた。
「聞いてなかったのかよ」
維茂は放り捨てた刀を拾い上げた。
「負けたら協力してもらう、って言っただろ。あんたにも寺の連中を動かす手助けしてもらうぜ」
「しかし……一度山賊に落ちた身を信用してもらえるだろうか」
熊武はうつむいた。
「関係ねーだろ」
維茂は刀を鞘に納める。
そして呉葉を見る。
「落ちても、負けても、最後まで諦めないで戦う。……お前らの頭領はそういうヤツだろ?」
その言葉に熊武も呉葉に視線を向けた。
そして、ふいに顔をゆるめた。
「……そうだったな」
熊武は大刀を納めた。
「おわっ……た?」
呉葉はようやく肩の力を抜いた。
「そのようですな」
年上の近習が、さも当然のように答える。
もう一人の近習が言う。
「ところで、おかわりはいかがですか?」
「あ……もらう」
呉葉は椀を差し出した。




