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空気が冷たく張り詰めている。
「手を出すな」と言われた兵士たちは、呉葉と維茂を囲んで輪を作ったまま、距離をとっている。
誰かのつばを飲み込む音がした。
呉葉は金砕棒を構えたまま一瞬だけ背後へ意識を向けた。
みんなもう裏口から抜けただろうか。
いくつか足音がする。まだ全員が逃げ切れたわけじゃない。
「ずいぶんと余裕だな」
刀を向けて維茂が鼻で笑った。
「当たり前だ」
呉葉は維茂を睨みつける。
もっと時間を稼がないと。せめて足止めだけでも。
「結局、お前も都の人間なんだな」
呉葉は吐き捨てた。
維茂の眉が寄る。
「どうせ、お貴族さまに言われて、逆らえなかったんだろ」
「……っ」
維茂の喉が動いた。
「みんなが言うから? 偉い人が言うから?
結局、正しいか間違ってるかなんて、どうでもいいんだな」
維茂の顔が歪んだ。
「……うるせえ」
低く唸るような声。次の瞬間、維茂が踏み込んだ。
ひゅっと風を切る刀。呉葉はとっさに飛びのき紙一重でかわす。
「こっちにだって事情ってもんがあんだよ!」
維茂の声が荒れる。
「あの一門に逆らったら、都じゃ生きてけねえんだ!」
「そんなの言い訳だろ!」
呉葉はきっぱりと言い捨て、金砕棒を振り抜いた。
重たい風圧。肩口に振り下ろされた金砕棒を、維茂は器用に受け流す。
「逆らうのが怖くて、叩かれるのが怖くて、従う理由作ってるだけじゃないか!」
続く一撃。
刀で弾き上げる。しびれたのか維茂はさっと手を振ってほぐした。
「それは子供の理屈だろ!」
踏み込み、斬りつける維茂。呉葉はそれを受ける。
金属がぶつかり、甲高い音を立てる。
「長いものに巻かれるのだって、必要なことなんだ!」
言い聞かせるような口ぶりに呉葉の頭の中で火花が散る。
「子供って言うな!」
維茂の刀を強引に押し切る。足元の土を力強く踏み込む。
維茂はぱっと飛びのき、距離をとる。
金砕棒はぶん、と重い音を立てた。
「なんで大人しくしてなかった!」
再び刀を構える維茂。
「何年か大人しくしてたら、罪も許されて都に戻れたかもしれないのに」
「アタシは罪人じゃない」
両手で金砕棒を構える呉葉。
同時に距離を詰める。がきん、と重たい音。刀と金砕棒がこすれ合う。
「貴族の荷駄隊を襲ったせいで、とうとう鬼女扱いで討伐令まで出されてんだぞ」
「それがどうした」
呉葉は鼻を鳴らした。
「アタシは自分が納得できることをしただけだ」
「それが子供の理屈だってんだよ!」
怒号。直後に維茂が刀を引く。金砕棒が宙に揺れる。
続けて、突き。呉葉は上半身をそらしてかわす。
と同時に次の突き。
……が、甘い。まるで迷いがあるかのように空を切る。
(そこだ)
呉葉は維茂の足へ蹴りを放つ。維茂がとっさに飛びのいた。
その飛んだ先へ呉葉は横薙ぎを叩き込む。
維茂はとっさに刀で受け止めたが、押し切られて地面に転がった。
土埃が舞う。
「くっ!」
起き上がりざま頭上から金砕棒が落ちてくる。維茂は刀を掲げて受け止める。
ぐっ、と押し負けて膝が地面につく。
駆け寄ろうとする兵士たちを維茂は目だけで制した。
呉葉は金砕棒を押しつけながら鼻息を荒くした。
「どうした? 都の大将なんてこんなものか? 正しさを押し付けることしかできないのか?」
「クソが、オレだってやりたくてやってるわけじゃ……」
言いかけて、維茂は歯を食いしばる。
「正しいとか間違ってるとかじゃねえ。空気を読めって言ってんだ。周りに合わせるのは恥じることじゃねえだろ」
こらえながら維茂はうめいた。
「恥だ」
迷いもなく呉葉は即答した。
「なにが正しいかは自分で決める。もしそれで間違ってても自分のせいだと納得できる」
ぐっと金砕棒を押し込む。
維茂の顔が苦痛に歪む。
「そのほうが自分の間違いを誰かのせいにするよりよっぽどマシだろ!」
維茂がはっと息をのんだ。
ほんの一瞬。わずかに力がゆるんだその瞬間。
呉葉は押す力を抜いた。押さえが外れた維茂がよろける。
その隙を見逃さず、金砕棒を振り上げて刀身へ叩きつける。
ぱきん、という音とともに刃が根元から折れた。
同時に兵士たちが息せききって駆け寄る。
維茂が一歩下がった。
呉葉は素早く砦の中へ神経を向けた。
……静かだ。
気配は薄い。足音はもうしない。
呉葉はほんの少し手の力をゆるめた。
(もういいな)
息を吐く。青白い光が呉葉の口元から流れ出る。
たちまち、大量の紅葉の幻が周囲に舞った。
視界いっぱいの葉の形。
「うわっ!」
「また出た……!」
兵士たちが怯んで足を止める。
足元も見えないほどの幻に槍先が揺れる。
呉葉は思いっきり地面を蹴った。
風の音とともにひと飛びに建物の屋根へ。
そのまま林の中へ飛び降りる。
「逃げられた……」
後ろから維茂の声がかすかに聞こえた。
◇◆◇◆◇◆◇
「経基が重税をかけて暴利を貪っている」……そんな噂を流したのは大貴族の子弟だった。
そのときは、ただのいやがらせだと思っていた。
維茂は後になって知った。
本当に重税をかけていたのはそいつだった。
「ほかの貴族も同じことをしている」ことにして罪をうやむやにしようとしていたのだ。
維茂の親族も同じような噂を流されていた。
それを知ったとき、維茂の腹の中は煮えたぎった。
そしてまっすぐ相手のところに乗り込んでいた。
結果。維茂は謹慎を食らった。
それでも言いたいことは言ってやった、と思っていた。
(……やっぱ、あんときもっとぶっ飛ばしとけばよかった)
維茂は唇をかみしめた。
胸の奥がざらついて仕方がない。
砦の前はようやく静けさを取り戻していた。
兵が建物の中を走り回る足音が聞こえる。
……だがもうとっくに山賊たちは抜け出していた。
維茂は折れた刀を力なく見下ろした。
……ただの鉄片。
使い物にならないなまくら。
(嘘つき貴族の尻ぬぐいする程度のヤツには、お似合いだ)
自嘲気味に笑う。
(免罪だと?)
なにも悪いことしてないのに。
自分が正しいと思ってやったことだったのに。
腕の力が抜ける。
でもそれが都の理屈。大人の理屈。
恥じることじゃない。生きるってのはそういうことだろ?
……そんな言葉で自分を慰める。
──そんなの、言い訳だろ。
すかさず呉葉の言葉が耳に響いた。
「くそっ」
維茂は腹立たしさに地面を蹴る。ざっ、と土が削れる。
「全然納得できねえ。こんな任務、俺だってやりたくてやってるんじゃねえってのに」
あいつみたいにまっすぐ言えたら。
維茂は唇を噛み、折れた刃を握り締める。
(本当にあいつを倒さなきゃいけないのか?それでいいのか?)
維茂は顔に手を当てたままため息を吐いた。




