―3―
……やられた。
砦に戻ってきた呉葉は、広間に集まる山賊たちを見て唇をきゅっと結んだ。
さっきまで寝転んで笑っていた連中が、今は床に転がり、うめき声を漏らしている。
矢が刺さったままの腕。血が流れている肩口。
乱暴に巻きつけた包帯はすぐに赤く染まっていく。
汗と土と、鉄のにおいが鼻につく。すきま風がいつもよりも肌に張りつく。
「このまま連中がここまで来たら……」
「やっぱり降参したほうが……」
弱気な声が漏れる。
まるで火の消えた囲炉裏のように、冷たさが広がっていく。
熊武も顔をしかめた。
「……人数も、強さも、向こうのほうが上です。今攻められたら勝ち目はありません」
呉葉は熊武をじろっと見る。
「はあ? なに弱気になってるんだ」
呉葉は鼻息を荒くして頭を上げた。
拳に込めた力が抜けない。体の奥がずっとくすぶっている。
「あんなヤツ、アタシがぶっとばしてやる」
維茂の顔が脳裏をよぎる。
──そんなの、ぜってえ許せねえだろ。
いつかの維茂の言葉。
あのときは、ちょっとは話がわかるヤツだと思っていた。
ムカつくヤツをぶん殴って、叱られて。
馬鹿だけど、悪いヤツじゃない。……って、思っていたのに。
結局、同じじゃないか。
まわりが言うから。退治しろって言われたから。
なにが正しくてなにが間違ってるかなんて、関係ない。
胸の中から重たい息を吐き出す。
(がっかりだ)
心の中で言葉を吐き捨てる。
「今のうちに逃げましょうぜ」
「今攻められたら、もうおしまいだ」
山賊たちが泣き声をあげる。
怪我人のうめき声がそれに混じる。
呉葉はちらっと熊武を見た。
熊武も黙ってうなずいた。
呉葉は奥歯を噛みしめた。
「……わかった」
場が静まり返った。
そして呉葉は前を向く。
「ケガ人と荷物を全部、裏口から運び出すんだ。動けるヤツは全員手を貸せ」
山賊たちはぱっと動き出した。
……その直後。
「あいつら、もうそこまで来てますぜ!」
見張りが叫ぶ。
空気が一斉にざわつく。
呉葉の心臓が一瞬、跳ねた。
「とにかく急げ」
とっさに金砕棒を手に取り、呉葉は怒鳴った。
「このまま大人しくやられてたまるか!」
奥歯にぐっと力を入れる。
床板がたわみ、きしむ。
板に怪我人を載せて運ぶ者。荷物を背負い、階段を駆け下りていく者。
砦じゅうが、ばたばたと騒音に包まれる。
すぐに砦の前に兵士たちが姿を現した。
鎧の群れ。槍の穂先と弓の束が、まるで動く林のようにすら見える。
砂利や落ち葉を蹴散らす音が、次第に近づいてくる。
先頭には維茂。
砦の手前まできたところで、維茂は足を止めた。
「出てこい呉葉。もう逃げられねえぞ」
その声に応えるように、呉葉は砦の上から身を乗り出した。
「アタシは逃げない!」
背後では熊武と山賊たちが走り回っている。
まだ怪我人と荷物が残っている。
呼吸が浅くなる。
「おとなしく降伏しろ。もう勝ち目はねえ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「強がってんじゃねえ!」
維茂は片手を上げた。
それを合図に、討伐軍の兵士たちが数人、丸太を抱えて前に出る。
「門を突破したら一気に突入しろ」
指示を出しながら維茂は呉葉を見上げた。
「あの女の相手はするな。あいつはオレがやる」
「やれるもんなら、やってみろ!」
すかさず呉葉は叫んだ。
「いくぞ」
維茂が手を振った。丸太を抱えた兵士たちが一斉に走り出す。
次の瞬間、門に丸太がたたきつけられた。
ずん、と音が響く。地面が揺れる。
木がメキメキと音を立て、砦の門はあっけないほど簡単に崩れた。
「今だ! 突入しろ!」
維茂が真っ先に踏み込んでくる。
兵士がそれに続いて、一気になだれ込んでくる。
土埃の匂いが呉葉のいる二階にまで押し寄せてきた。
(まずい)
呉葉は唇をかんだ。
建物の中から足音がする。まだ運びきれていない怪我人がいる。
今、踏み込まれるわけにはいかない。
(今ここで維茂を止めればいい)
逃げ切るまでの時間を稼げればいい。
足止めさえできれば。
「待て!」
呉葉は上から声を叩きつけると、二階から飛び降りた。
着地の衝撃で、どん、と地面が揺れる。
周囲に落ちていた木のかけらが飛び散る。
呉葉は立ち上がり、維茂をにらみつけた。
「維茂。お前をぶっ飛ばせばアタシたちの勝ちだ」
金砕棒を肩に担ぎ上げ、呉葉は眉間に力を込めた。
「フン」
維茂は刀を構える。
「お前を捕らえれば俺の勝ちだ」
目だけで射貫くように維茂は呉葉を見据えた。
視線が、噛み合う。
空気がきん、と冷える。
周囲にいた兵士は距離をとるように離れた。
円を作るように二人を取り囲む。
呉葉は金砕棒を維茂に向けたまま腰を落とした。




