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―2―

 まるで城壁のような大きな岩。

 そして城門のように道を塞ぐ倒木の上に、呉葉は立っている。


 岩の間を抜ける風が落ち葉をかさっ、と巻き上げる。

 冷たい風が肌を撫でていく。


 下を向いて首を振った後、維茂は視線を上げて呉葉を見た。

「なにやってんだお前! 都の貴族がブチ切れてんだぞ! 自分とこの荷駄隊が襲われた、って」

 維茂が苦い顔で叫ぶ。

 呉葉はふん、と顎を突き出した。

「だからなんだ」

「……は?」

 維茂が言葉を詰まらせる。


「だから、って……お前、都の貴族を敵に回してんだぞ? わかってんのか!」

「知るか!」

 呉葉の眉がきっ、とつりあがった。

 胸の内からの熱が、喉の手前までせりあがってくる。


「がっかりだ」

 呉葉は吐き捨てた。

「お前が貴族の手先になるなんてな」

 維茂の顔がはっきりと赤くなった。

「はあ? 誰が手先だコラ!」

「だってそうじゃないか。貴族の言いなりで、ぞろぞろやってきたんだろ?

 ……都でも、お前はもう少し話せるやつだと思っていたのに」

 維茂が歯をかみしめる。

「この近くの荘園は、荘民はみんな貴族に搾り取られてるんだ。アタシたちはみんなの食べ物を取り返しただけだ」

 維茂はなにかを言いかけて、口を閉じた。

 目が悔しそうに地面を這う。

 それから維茂は顔を上げ、言い返した。

「……荘園ってのは、貴族の持ち物。そこで作ったものは貴族のものだろ」

「知るか、そんな理屈」

 呉葉はにらみつけて、金砕棒を維茂に向ける。

「目の前に困ってるヤツがいたら手を貸すのがアタシの流儀だ」


 維茂の肩が力なく落ちた。

「そういう、ことかよ……だからこんな討伐令、受けたくなかったんだ」

 小さく首を振る。そして、ため息。

「クソが。……これも、任務だ」


 維茂は刀を抜いて呉葉に突きつけた。

「荷駄隊を襲う山賊を、朝廷の命により退治する」

「はっ!」

 呉葉は鼻で笑った。

 維茂を見下ろすように顎を突き出す。

「やってみろよ」


 後ろで、熊武がすっ、と手を上げた。

 隠れていた弓持ちたちが岩の上に姿を現す。

 同時に林の中に隠れていた山賊たちが湧き出て、維茂と兵士たちの後ろを塞ぐ。

「今だ!やっつけろ!」

 呉葉は叫んだ。

 山賊たちは声を上げ一斉に襲い掛かった。


「それで囲んだつもりか?」

 維茂はやれやれと肩をすくめた。


 後ろを塞いだはずの山賊たちのさらに後ろ。土埃と落ち葉が舞い上がる。

 道の向こうから、新たに駆け寄ってくる足音と雄たけびが聞こえてきた。

 山賊たちの顔色がみるみる青くなる。


「逃がすな。全員捕らえろ」

 維茂が刀を振った。

 兵士たちが一斉に山賊を取り囲む。振り上げた刀が白く光る。


 熊武が舌打ちする。

「弓だ! 矢を放て!」

 岩の上の山賊たちは慌てふためいて矢を放った。

 しかし矢は途中で勢いをなくし、むなしく地面に突き刺さった。


「弓、前へ」

 維茂は振り向いて片手を上げた。

 すぐ後ろにいた兵士たちが一斉に矢をつがえる。

「射て」

 ひょうっ、と独特な音。矢が風を切って飛んでくる。

 次の瞬間、岩の上の山賊たちが悲鳴を上げた。

「いてえ!」

「届くのかよ……!」

 岩に矢が刺さり石片が飛ぶ。

 肩を射られた者は転がり、避けようと足を滑らせた者が岩から落ちた。


 熊武が顔をしかめた。

「強弓。それも手練れだな」

 熊武は悔しそうに歯を食いしばった。


「くそっ」

 呉葉は飛び降りて、さっきまで乗っていた倒木を持ち上げた。

 それを投げ飛ばす。

 どすん、と地面が揺れる。

 跳ね飛んだ倒木は討伐軍の兵士を巻き込み、転がっていく。


「てめぇ……相変わらずの馬鹿力が!」

 維茂は刀を構えた。

 呉葉は金砕棒を維茂に向ける。


 紅い光が呉葉の目の奥に宿る。

 まっすぐ維茂を捕らえる。


 維茂はムカつく。

 けど、嫌なヤツじゃない。

 ……そう思ってたのに。

 喉がぐっと詰まる。


(結局、こいつも都の人間ってことか)

 胸の奥がひどくざらつく。

 ぐっと腰を落として足に力を込める。


(なら、ぶっとばす)

 地面を蹴り、一息に維茂に突っ込む。

 振り回した金砕棒を維茂は飛びのいて避けた。

 そして刀を振り上げ──たものの、手が止まる。

 力を込めた刃が、すーっ、と横に降ろされる。

 維茂はじっと呉葉に目を合わせた。


「屋敷でなにがあったか知らねぇけど……」

 呉葉をにらみながら維茂は噛みついた。

「だからって山賊になることはねえだろ!」

「うるさい!」

 呉葉は再び腰を落とした。

 そこへ兵士たちが背後から斬りかかってくる。

「待て! そいつは──」

 維茂が声を上げた瞬間。

 呉葉は素早く体をひねり、金砕棒で振り下ろされる刀をはじき飛ばした。ガキン、と火花が散る。

 続いて低く滑り込み、顎を打ち抜く。骨が鈍い音を立て、兵士はのけぞって倒れた。

 続けざまに、その横の兵士の腹に蹴り。兵士の体が吹っ飛んで転がる。


「離れろ! そいつはただの女じゃねえ!」

 叫びながら、維茂は刀を振り上げて呉葉に向かって走った。

 呉葉はちらっと維茂を見た。


 細く息を抜いた次の瞬間、呉葉は大きく飛び上がった。

 維茂のはるか頭上。

 維茂の首が呉葉を追いかけて回る。顔があっけにとられて固まる。


 どさり、と着地。

 兵士たちに囲まれた山賊たちの真ん中へ、呉葉は降りた。

 周囲にいた兵士たちが驚愕して後ずさる。


「マジか……無茶苦茶じゃねえか」

 維茂の顔が引きつった。


 山賊たちはすでに涙目だった。

 斬られて血を流している者。折れた武器に呆然としている者。

 泥まみれの顔で震えている者。


「紅葉さま……!」

「お、お助け……」

 呉葉は長く息を流した。

「まかせろ」


 吐いた息が、白く煙になって広がる。

 それは淡く光り始め、渦を作りながら落ち葉を巻き上げ、人の形を作っていく。


「なんだ?!」

「お、鬼……!」

 ぞわっ、と兵士たちの顔が青ざめた。

 後ずさり、後ろに転がる。

 ……囲みがほどけた。


「今のうちに逃げるぞ!」

 呉葉が叫んだ。その瞬間、山賊たちは我に返ったように走り出した。

 一気に林の中へ。呉葉も後に続く。


 追いかけようとした兵士の前にも、光る人型がふらりと現れる。

 兵士は刀を放り出して震えながらうずくまった。


 維茂はその場から動けなかった。

 木々に紛れて見えなくなっていく背中を見送りながら、歯を噛みしめる。

「なん……だよそれ……」

 声がかすれる。

 そして、低くこぼした。


「本当に……鬼女じゃねえか……」




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