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まるで城壁のような大きな岩。
そして城門のように道を塞ぐ倒木の上に、呉葉は立っている。
岩の間を抜ける風が落ち葉をかさっ、と巻き上げる。
冷たい風が肌を撫でていく。
下を向いて首を振った後、維茂は視線を上げて呉葉を見た。
「なにやってんだお前! 都の貴族がブチ切れてんだぞ! 自分とこの荷駄隊が襲われた、って」
維茂が苦い顔で叫ぶ。
呉葉はふん、と顎を突き出した。
「だからなんだ」
「……は?」
維茂が言葉を詰まらせる。
「だから、って……お前、都の貴族を敵に回してんだぞ? わかってんのか!」
「知るか!」
呉葉の眉がきっ、とつりあがった。
胸の内からの熱が、喉の手前までせりあがってくる。
「がっかりだ」
呉葉は吐き捨てた。
「お前が貴族の手先になるなんてな」
維茂の顔がはっきりと赤くなった。
「はあ? 誰が手先だコラ!」
「だってそうじゃないか。貴族の言いなりで、ぞろぞろやってきたんだろ?
……都でも、お前はもう少し話せるやつだと思っていたのに」
維茂が歯をかみしめる。
「この近くの荘園は、荘民はみんな貴族に搾り取られてるんだ。アタシたちはみんなの食べ物を取り返しただけだ」
維茂はなにかを言いかけて、口を閉じた。
目が悔しそうに地面を這う。
それから維茂は顔を上げ、言い返した。
「……荘園ってのは、貴族の持ち物。そこで作ったものは貴族のものだろ」
「知るか、そんな理屈」
呉葉はにらみつけて、金砕棒を維茂に向ける。
「目の前に困ってるヤツがいたら手を貸すのがアタシの流儀だ」
維茂の肩が力なく落ちた。
「そういう、ことかよ……だからこんな討伐令、受けたくなかったんだ」
小さく首を振る。そして、ため息。
「クソが。……これも、任務だ」
維茂は刀を抜いて呉葉に突きつけた。
「荷駄隊を襲う山賊を、朝廷の命により退治する」
「はっ!」
呉葉は鼻で笑った。
維茂を見下ろすように顎を突き出す。
「やってみろよ」
後ろで、熊武がすっ、と手を上げた。
隠れていた弓持ちたちが岩の上に姿を現す。
同時に林の中に隠れていた山賊たちが湧き出て、維茂と兵士たちの後ろを塞ぐ。
「今だ!やっつけろ!」
呉葉は叫んだ。
山賊たちは声を上げ一斉に襲い掛かった。
「それで囲んだつもりか?」
維茂はやれやれと肩をすくめた。
後ろを塞いだはずの山賊たちのさらに後ろ。土埃と落ち葉が舞い上がる。
道の向こうから、新たに駆け寄ってくる足音と雄たけびが聞こえてきた。
山賊たちの顔色がみるみる青くなる。
「逃がすな。全員捕らえろ」
維茂が刀を振った。
兵士たちが一斉に山賊を取り囲む。振り上げた刀が白く光る。
熊武が舌打ちする。
「弓だ! 矢を放て!」
岩の上の山賊たちは慌てふためいて矢を放った。
しかし矢は途中で勢いをなくし、むなしく地面に突き刺さった。
「弓、前へ」
維茂は振り向いて片手を上げた。
すぐ後ろにいた兵士たちが一斉に矢をつがえる。
「射て」
ひょうっ、と独特な音。矢が風を切って飛んでくる。
次の瞬間、岩の上の山賊たちが悲鳴を上げた。
「いてえ!」
「届くのかよ……!」
岩に矢が刺さり石片が飛ぶ。
肩を射られた者は転がり、避けようと足を滑らせた者が岩から落ちた。
熊武が顔をしかめた。
「強弓。それも手練れだな」
熊武は悔しそうに歯を食いしばった。
「くそっ」
呉葉は飛び降りて、さっきまで乗っていた倒木を持ち上げた。
それを投げ飛ばす。
どすん、と地面が揺れる。
跳ね飛んだ倒木は討伐軍の兵士を巻き込み、転がっていく。
「てめぇ……相変わらずの馬鹿力が!」
維茂は刀を構えた。
呉葉は金砕棒を維茂に向ける。
紅い光が呉葉の目の奥に宿る。
まっすぐ維茂を捕らえる。
維茂はムカつく。
けど、嫌なヤツじゃない。
……そう思ってたのに。
喉がぐっと詰まる。
(結局、こいつも都の人間ってことか)
胸の奥がひどくざらつく。
ぐっと腰を落として足に力を込める。
(なら、ぶっとばす)
地面を蹴り、一息に維茂に突っ込む。
振り回した金砕棒を維茂は飛びのいて避けた。
そして刀を振り上げ──たものの、手が止まる。
力を込めた刃が、すーっ、と横に降ろされる。
維茂はじっと呉葉に目を合わせた。
「屋敷でなにがあったか知らねぇけど……」
呉葉をにらみながら維茂は噛みついた。
「だからって山賊になることはねえだろ!」
「うるさい!」
呉葉は再び腰を落とした。
そこへ兵士たちが背後から斬りかかってくる。
「待て! そいつは──」
維茂が声を上げた瞬間。
呉葉は素早く体をひねり、金砕棒で振り下ろされる刀をはじき飛ばした。ガキン、と火花が散る。
続いて低く滑り込み、顎を打ち抜く。骨が鈍い音を立て、兵士はのけぞって倒れた。
続けざまに、その横の兵士の腹に蹴り。兵士の体が吹っ飛んで転がる。
「離れろ! そいつはただの女じゃねえ!」
叫びながら、維茂は刀を振り上げて呉葉に向かって走った。
呉葉はちらっと維茂を見た。
細く息を抜いた次の瞬間、呉葉は大きく飛び上がった。
維茂のはるか頭上。
維茂の首が呉葉を追いかけて回る。顔があっけにとられて固まる。
どさり、と着地。
兵士たちに囲まれた山賊たちの真ん中へ、呉葉は降りた。
周囲にいた兵士たちが驚愕して後ずさる。
「マジか……無茶苦茶じゃねえか」
維茂の顔が引きつった。
山賊たちはすでに涙目だった。
斬られて血を流している者。折れた武器に呆然としている者。
泥まみれの顔で震えている者。
「紅葉さま……!」
「お、お助け……」
呉葉は長く息を流した。
「まかせろ」
吐いた息が、白く煙になって広がる。
それは淡く光り始め、渦を作りながら落ち葉を巻き上げ、人の形を作っていく。
「なんだ?!」
「お、鬼……!」
ぞわっ、と兵士たちの顔が青ざめた。
後ずさり、後ろに転がる。
……囲みがほどけた。
「今のうちに逃げるぞ!」
呉葉が叫んだ。その瞬間、山賊たちは我に返ったように走り出した。
一気に林の中へ。呉葉も後に続く。
追いかけようとした兵士の前にも、光る人型がふらりと現れる。
兵士は刀を放り出して震えながらうずくまった。
維茂はその場から動けなかった。
木々に紛れて見えなくなっていく背中を見送りながら、歯を噛みしめる。
「なん……だよそれ……」
声がかすれる。
そして、低くこぼした。
「本当に……鬼女じゃねえか……」




