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―2―

 日が暮れた。

 あたりが、宵闇に沈んでいく。


 山の中。

 わずかに開けた場所に、山賊たちは集まっていた。

 すでに焚き火が赤く周囲を照らし、酒と油、焼けた肉の匂いが漂っている。


「こんな大量の荷物をぶんどったのは、はじめてだ」

「もう追捕使なんて怖くねえ」

 呉葉と熊武がそこに着いたときには、山賊たちは上機嫌で盃を振り回していた。

 二人に気づいた山賊たちが歓声を上げる。


 熊武の怒声が周囲の木々を震わせた。

「勝手に荷物を漁るな!」

 一瞬で静まり返る。

 薪の爆ぜる音だけが、やけに大きい。


「これは荘園の連中に返す。そういう話だっただろう」

 その言葉に不満そうな顔がいくつも浮かんだ。

 熊武は威圧するように、焚き火を背に一周する。

「考えてもみろ。オレたちを苦しめた貴族どもを、今度はオレたちが苦しめてやるんだ。通りすがりの商人から奪うより、よほど気持ちいいだろ?」

 山賊たちは互いの顔を見合わせる。次第にうなずきが増える。


「商人を襲うの、後味悪かったもんな」

「それに紅葉さまがいれば追捕使なんて怖くないしな」

 そうだそうだ、と他の山賊たちも声を上げる。

 呉葉はわずかに眉をしかめた。

「なんで、紅葉って……」

「だってあいつら"紅葉の鬼女"って……」

「うんうん、なんか通り名っぽいし」

 山賊たちは、のん気にうなずき合う。


 体の奥底が、ずん、と冷える。

 屋敷。女房たち。

 思い出すだけで喉の奥が苦くなる。


(紅葉が舞ってたのは、たまたまだ)

 この季節。山の中なら珍しくもない。

 でも胸のざわつきはなかなか収まらない。

 呉葉は息をのんだ。


 焚き火の火の粉が散る。紅い光が、落ち葉と煙に溶ける。

(いや──)

 呉葉は首を横に振った。


(どうでもいい、か)

 なんて呼ばれようが、アタシはアタシだ。

 ふっ、と口元に笑みが浮かぶ。


「いいよ紅葉で」

 その言葉に山賊たちはほっとしたように表情をゆるめた。

 今度は次々に「鬼女紅葉さま!」と口々に呼び始める。

「調子いいなお前ら……」

 呉葉の口がゆるんだ。


「でも鬼女はやめろ」



◇◆◇◆◇◆◇



 古い砦の跡。

 山の中では、貴重な平地でもある。


 呉葉は山賊たちと一緒に、奪った荷物をそこに運び込んだ。

 そして奪った荷物から決めた分を取り分ける。

 しばらくは困らない量の食料と衣服。最初に決めた"最低限"の分だ。


 続いて、隠してあった荷車に"返す分"の荷物を積み込む。

 それを押して山道を降りていく。


 戸隠の荘園までの道は、夜でもわかるほどに荒れていた。

 道はひび割れ、崖側は崩れている。

 人の往来した後が草に飲み込まれはじめている。



 呉葉は気配を探りながら慎重に近づいていった。

 入り口の見張り小屋には、誰もいない。

 火の気もなく、扉は開け放され、風に軋んでいる。


「楽でいい」

 呉葉が言うと熊武は、ふっ、と笑った。


 やがて荘園の中程までたどり着いた。

 呉葉は周囲をうかがった。

 いくつか建物が並んでいるが、夕餉の時間なのに、煮炊きの匂いすらしない。

 どこも静かで火の気すらない。

「薪も、租税として徴収されているのです」

 熊武が忌々しそうにつぶやく。

「このあたりが一番税が重い」

 その言葉に呉葉は顔をしかめた。



 一番大きな建物の前で呉葉は荷車を止めた。

 物音に気付いたのか、戸がわずかに開かれる。

 白髪の老人が戸の隙間から恐る恐る様子をうかがっている。


「貴族どもがお前らから搾り取った米や布だ」

 呉葉はわざと乱暴な口調で言った。

「もういらないから、ここに捨てておくぞ」

「取られた分を荘園のみんなでわけてくれ」

 熊武が続ける。


 老人は目を見開いて、転がるように出てきた。

 そして呉葉たちが持ってきた荷車を見て、その場にへたり込んだ。

「ありがとうございます……! ほんとうに、ありがとうございます!」

 老人は頭が地面につくくらい、何度も頭を下げる。

「これで……誰も飢えずに、この冬を越せます……!」

 その声が震えている。

 呉葉は照れくさくなって、そっぽを向いた。


 胃の奥が、じわり、とあったまる。

 ……悪い気はしない。


 やりとりに気づいたのか、近くの建物の中から何人かが顔を出した。

「行きましょう」

 熊武が小声で袖を引く。呉葉は「ん」とだけ答えた。

 老人がばっ、と顔を上げる。

「どうか……お名前だけでも」


 迷う。けど──。

「……紅葉だ」

 呉葉はほんの少しだけ、口元をゆるめた。

 老人の顔がぱっと明るくなった。



 荘園から戻ると山賊たちはまだ宴を続けていた。

 酒をあるだけ飲み干すつもりか、と熊武が笑う。

 調子外れな歌声が、山の闇の中へ溶けていく。


「頭領」

 突然、熊武が頭を下げた。

「……なんだ」

「この近辺には、他にも圧政に苦しんでいる荘園が、いくつもあります」

 熊武の顔は焚き火で赤く照らされている。

「租税と称して、搾り取れるだけ奪っていく。それが都の貴族どものやり方なのです」

 目の奥に暗い火が見えた気がした。

「なにも、ことを大きくしようとは言いません。ですがせめて荘園の民を救う手助けをお願いできませんか」


 呉葉はわずかに目を逸らした。

 拳に力を込めようとして、やめる。


 都へ、戻る。

 ただそれだけのつもりだった。

 路銀だけ貰ったら、それで終わり。

 ……そう思っていた。


 気づけば頼られて、持ち上げられて、通り名までついて。

 こんなことがしたかったわけじゃない。


(けど……)

 呉葉はちらっと宴の輪を見る。

 笑っている。腹いっぱい食べて、飲んで、歌って。

 久しぶりに"明日"のことを話している。


 こいつらをほっぽりだして行くのは、違う。

 アタシがいなくなったら、こいつらは元通りだ。

 荘園のヤツらだって同じだ。


 深くため息をつく。

 吐いた息は白く見えて、すぐに闇に紛れた。


「あー、もう……わかったよ」

 肩をすくめると、周囲の空気が止まった。

 次の瞬間、火に油を注いだみたいに盛り上がる。

「姐さん!」

「頼りにしてますぜ!」

「ありがてえ!」


 一度助けてしまったんだ。

 だったら最後までつき合ってやる。

 呉葉は拳を握りしめた。

「それに、貴族に取られた分はきっちり取り返してやりたいしな」


 歓声が轟く。盃がぶつかり合い、呼応するかのように焚き火の火が舞い上がった。

(ちょっとだけ、寄り道だ)

 呉葉は唇を引き結び、胸の内でそう繰り返した。


 胸の中は、まだあったかい。

 その感覚は嫌じゃなかった。




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