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日が暮れた。
あたりが、宵闇に沈んでいく。
山の中。
わずかに開けた場所に、山賊たちは集まっていた。
すでに焚き火が赤く周囲を照らし、酒と油、焼けた肉の匂いが漂っている。
「こんな大量の荷物をぶんどったのは、はじめてだ」
「もう追捕使なんて怖くねえ」
呉葉と熊武がそこに着いたときには、山賊たちは上機嫌で盃を振り回していた。
二人に気づいた山賊たちが歓声を上げる。
熊武の怒声が周囲の木々を震わせた。
「勝手に荷物を漁るな!」
一瞬で静まり返る。
薪の爆ぜる音だけが、やけに大きい。
「これは荘園の連中に返す。そういう話だっただろう」
その言葉に不満そうな顔がいくつも浮かんだ。
熊武は威圧するように、焚き火を背に一周する。
「考えてもみろ。オレたちを苦しめた貴族どもを、今度はオレたちが苦しめてやるんだ。通りすがりの商人から奪うより、よほど気持ちいいだろ?」
山賊たちは互いの顔を見合わせる。次第にうなずきが増える。
「商人を襲うの、後味悪かったもんな」
「それに紅葉さまがいれば追捕使なんて怖くないしな」
そうだそうだ、と他の山賊たちも声を上げる。
呉葉はわずかに眉をしかめた。
「なんで、紅葉って……」
「だってあいつら"紅葉の鬼女"って……」
「うんうん、なんか通り名っぽいし」
山賊たちは、のん気にうなずき合う。
体の奥底が、ずん、と冷える。
屋敷。女房たち。
思い出すだけで喉の奥が苦くなる。
(紅葉が舞ってたのは、たまたまだ)
この季節。山の中なら珍しくもない。
でも胸のざわつきはなかなか収まらない。
呉葉は息をのんだ。
焚き火の火の粉が散る。紅い光が、落ち葉と煙に溶ける。
(いや──)
呉葉は首を横に振った。
(どうでもいい、か)
なんて呼ばれようが、アタシはアタシだ。
ふっ、と口元に笑みが浮かぶ。
「いいよ紅葉で」
その言葉に山賊たちはほっとしたように表情をゆるめた。
今度は次々に「鬼女紅葉さま!」と口々に呼び始める。
「調子いいなお前ら……」
呉葉の口がゆるんだ。
「でも鬼女はやめろ」
◇◆◇◆◇◆◇
古い砦の跡。
山の中では、貴重な平地でもある。
呉葉は山賊たちと一緒に、奪った荷物をそこに運び込んだ。
そして奪った荷物から決めた分を取り分ける。
しばらくは困らない量の食料と衣服。最初に決めた"最低限"の分だ。
続いて、隠してあった荷車に"返す分"の荷物を積み込む。
それを押して山道を降りていく。
戸隠の荘園までの道は、夜でもわかるほどに荒れていた。
道はひび割れ、崖側は崩れている。
人の往来した後が草に飲み込まれはじめている。
呉葉は気配を探りながら慎重に近づいていった。
入り口の見張り小屋には、誰もいない。
火の気もなく、扉は開け放され、風に軋んでいる。
「楽でいい」
呉葉が言うと熊武は、ふっ、と笑った。
やがて荘園の中程までたどり着いた。
呉葉は周囲をうかがった。
いくつか建物が並んでいるが、夕餉の時間なのに、煮炊きの匂いすらしない。
どこも静かで火の気すらない。
「薪も、租税として徴収されているのです」
熊武が忌々しそうにつぶやく。
「このあたりが一番税が重い」
その言葉に呉葉は顔をしかめた。
一番大きな建物の前で呉葉は荷車を止めた。
物音に気付いたのか、戸がわずかに開かれる。
白髪の老人が戸の隙間から恐る恐る様子をうかがっている。
「貴族どもがお前らから搾り取った米や布だ」
呉葉はわざと乱暴な口調で言った。
「もういらないから、ここに捨てておくぞ」
「取られた分を荘園のみんなでわけてくれ」
熊武が続ける。
老人は目を見開いて、転がるように出てきた。
そして呉葉たちが持ってきた荷車を見て、その場にへたり込んだ。
「ありがとうございます……! ほんとうに、ありがとうございます!」
老人は頭が地面につくくらい、何度も頭を下げる。
「これで……誰も飢えずに、この冬を越せます……!」
その声が震えている。
呉葉は照れくさくなって、そっぽを向いた。
胃の奥が、じわり、とあったまる。
……悪い気はしない。
やりとりに気づいたのか、近くの建物の中から何人かが顔を出した。
「行きましょう」
熊武が小声で袖を引く。呉葉は「ん」とだけ答えた。
老人がばっ、と顔を上げる。
「どうか……お名前だけでも」
迷う。けど──。
「……紅葉だ」
呉葉はほんの少しだけ、口元をゆるめた。
老人の顔がぱっと明るくなった。
荘園から戻ると山賊たちはまだ宴を続けていた。
酒をあるだけ飲み干すつもりか、と熊武が笑う。
調子外れな歌声が、山の闇の中へ溶けていく。
「頭領」
突然、熊武が頭を下げた。
「……なんだ」
「この近辺には、他にも圧政に苦しんでいる荘園が、いくつもあります」
熊武の顔は焚き火で赤く照らされている。
「租税と称して、搾り取れるだけ奪っていく。それが都の貴族どものやり方なのです」
目の奥に暗い火が見えた気がした。
「なにも、ことを大きくしようとは言いません。ですがせめて荘園の民を救う手助けをお願いできませんか」
呉葉はわずかに目を逸らした。
拳に力を込めようとして、やめる。
都へ、戻る。
ただそれだけのつもりだった。
路銀だけ貰ったら、それで終わり。
……そう思っていた。
気づけば頼られて、持ち上げられて、通り名までついて。
こんなことがしたかったわけじゃない。
(けど……)
呉葉はちらっと宴の輪を見る。
笑っている。腹いっぱい食べて、飲んで、歌って。
久しぶりに"明日"のことを話している。
こいつらをほっぽりだして行くのは、違う。
アタシがいなくなったら、こいつらは元通りだ。
荘園のヤツらだって同じだ。
深くため息をつく。
吐いた息は白く見えて、すぐに闇に紛れた。
「あー、もう……わかったよ」
肩をすくめると、周囲の空気が止まった。
次の瞬間、火に油を注いだみたいに盛り上がる。
「姐さん!」
「頼りにしてますぜ!」
「ありがてえ!」
一度助けてしまったんだ。
だったら最後までつき合ってやる。
呉葉は拳を握りしめた。
「それに、貴族に取られた分はきっちり取り返してやりたいしな」
歓声が轟く。盃がぶつかり合い、呼応するかのように焚き火の火が舞い上がった。
(ちょっとだけ、寄り道だ)
呉葉は唇を引き結び、胸の内でそう繰り返した。
胸の中は、まだあったかい。
その感覚は嫌じゃなかった。




