―1―
翌日の夕刻。
木々はまだ青さが残っているが、ところどころ赤や黄色が混じり始めている。
西の空が薄紫にほどけ、山の葉に沈む光が、枝先の色づきをひときわ濃く見せていた。
冷えた土と落ち葉の湿った匂いが、風に流れていく。
呉葉は、すうっと息を吸った。
狭い山道を見下ろす茂みに、呉葉たちは身をひそめていた。
すぐ横に熊武。
「荷駄隊がもうすぐここを通ります」
呉葉は無言で受け、膝の上の金砕棒を指でなぞった。ひんやりとした金属の感触。重み。これなら殺さずに済む。
「では手筈通りに」
熊武はさっと手を上げた。後ろにいた山賊たちは、ぱっと山の中へ散っていった。
しばらくして。
山道の向こうから蹄の音が近づいてきた。
現れたのは馬に乗った郎党数名。刀に弓を持ち、鎧を着込んでいる。
郎党たちは周囲に目を配りながら、慎重に通り過ぎていく。
「あれは物見です」
小声で熊武がささやく。
「なので通り過ぎてから仕掛けます。荷駄の本隊は後から来ます」
呉葉はうなずく。
物見はこちらには気づかず、通り過ぎていく。
その姿が曲がり角の向こうに見えなくなったところで、山賊たちは倒木を転がして道を塞いだ。
その直後に新しい蹄の音が近づいてくる。
荷物を積んだ馬が数頭。その周囲には郎党たち。
荷駄隊は倒木に気づいて足を止めた。
「なんだ?」
「どかせ」
郎党たちが倒木をどかそうと近寄ったとき。
荷駄隊の背後から、ごろんと木を転がす音。
荷駄隊の通ってきた道があっという間に倒木で塞がれる。
「山賊か!」
叫ぶ声。同じくして山賊たちが茂みから姿を表した。
「よっし」
呉葉は胸の前で拳を軽く打ち合わせた。
こん、という音と軽い衝撃。
どくん、と鼓動が高鳴る。
「一発ぶちかましてやるか」
熊武は短くうなずき、呉葉といっしょに立ち上がった。
倒木に前後を挟まれた荷駄隊は、完全に身動きが取れない。
道の両側から山賊たちが落ち葉を巻き上げながら一斉になだれ込んだ。
馬丁が悲鳴を上げ逃げ惑う。
郎党たちは十名ほど。荷物を守るように左右に五人ずつ。
熊武は威嚇するように大刀を振り上げる。
呉葉はその後ろをついていく。
郎党たちは一斉に驚きと好奇の目を向けた。
(こんな場所に、女? ……なんて、思ってるんだろうな)
唇の端が歪む。
これからもっと驚かしてやる。
「お前ら、都の貴族の手先だろ」
呉葉は金砕棒を肩に担いで、低い声を出した。
「荘民をいじめてかき集めた品、横取りさせてもらう」
言い終えるやいなや、足で地面を蹴った。
荷駄のこちら側にいる郎党は五人。狙いは中央。
呉葉は一気に間合いを詰めて金砕棒で横薙ぎに殴りつけた。
鈍い衝撃。がつん、と打撃音。真ん中の男は横に吹っ飛ぶ。
隣りにいた男も巻き込まれ、地面に倒れて転がった。
「……っ?!」
男たちの目が驚きに丸くなる。
呉葉は鼻で笑った。
「どうした? 都の連中はこんなもんか?」
視界の端が紅く染まる。体中に力が満ちていく。
体の奥底から熱いものが沸き起こっていく。
踏み込み。突き。
左にいた男のみぞおち、肩、そして腿。たまらず男はもんどりうって倒れた。
右の男が怯む。呉葉はその刀を金砕棒で叩き折った。飛んだ先端が近くの木に突き刺さる。
ひっ、と情けない悲鳴を上げて、その男は後ずさろうとして転んだ。
熊武と切り結んでいた男は、仲間があっという間に倒れる光景を目の当たりにして震え上がった。刀を放り出し、林の中へと逃げ去っていく。
それが合図になったのか、山賊たちと戦っていた郎党たちも散り散りに逃げていった。
熊武は手で制して、追いかけようとした山賊を止める。
「大したことないな」
呉葉はふん、と鼻を鳴らした。
暴れ足りない。吐息が熱い。
……力をぜんぜん出しきれてない。
「さすがです。……ですが後続が来ます。今のうちに」
落ち着いた声。熊武は息の一つも乱れていない。
場馴れしている、と呉葉は思った。
山賊たちは馬の荷物をほどいて背負う。
そして林の奥へと運び始める。
しかし早くも足音が近づいてきた。
「山賊だ! かかれ!」
どどっ、と集団の足音。荷駄隊の来た方向から、二、三十人の郎党が一斉に走ってきた。
「迎え撃て!」
熊武が叫んだ。
倒木を盾に山賊たちは弓をつがえる。ひゅう、と矢が飛ぶ。
しかし矢はほとんどが地面に刺さり、残りは鎧に弾かれるか郎党の刀に叩き落された。
郎党たちはみるみる倒木に取りつき、よじ登り始める。
山賊たちは無我夢中で刀をふりまわした。
しかし武器を持った敵が相手では場数が違う。見ればわかる。
もうすぐ倒木を超えられる。
……このままじゃ押し切られる。
そのとき。物見たちが通って行った方向から馬の蹄の音。かなりの速度で近づいてくる。
このままだと挟み撃ちにされる。
「……まずいな」
熊武が舌打ちした。
呉葉は物見たちが来る方の倒木に飛び乗った。
「ここはアタシに任せろ」
ぺろっ、と唇を舐める。
山道の向こうから、馬が大急ぎで戻ってくる。
「戻れ戻れ!」
「なんだあの女は」
夕日の中。倒木の上に立つ呉葉の姿は紅く照らされ、影が横に長く伸びている。
呉葉は両手を広げ、目を閉じた。
肺の奥底から息をふーっ、と吐き出す。
光る煙。風に乗り、紅葉した落ち葉を巻き上げる。
夕日に紛れた紅い葉が、まるで燃え盛る炎のように舞い踊った。
美しく、禍々しい。
そして紅い葉は渦を巻き、次第に人の形を作っていく。
──ひとり、ふたり。いや、十、二十。
淡く光る人影の群れが山道を取り囲む。
「バ、バケモノ……!」
「鬼だ……!」
物見たちは一斉に凍りついた。
馬が怯え、暴れる。
落馬する郎党もいる。
先頭にいた郎党は、呉葉を指さして叫んだ。
「紅葉の、鬼女……!」
「鬼って言うな!」
反射的に呉葉は叫んだ。
その声で物見たちは泡を食うように逃げ出した。
見ていた山賊たちが歓声を上げる。
呉葉は今度は反対側に手を伸ばす。
再び煙と紅葉が舞い上がる。
山賊と斬り合っていた郎党たちの背後に、無数の人影が出現する。
悲鳴。そして倒木から落ちる音。
慌てふためいた郎党たちは、来た道を転げるように戻っていった。
「あっははは」
可笑しくて、声を上げて笑った。
やっぱり間違ってなかった。
都からは追い出された。けど、アタシは自分が正しいと思うことにしか、力を使っていない。
藤の顔がよぎる。
なんの感情もこもっていない目つき。冷たい声。
(藤に言ってやるんだ。アタシは間違ってないって)
呉葉は握りしめた拳を空に突き上げた。
山賊たちが歓声を上げる。
「さすが姐さんだ!」
「紅葉の鬼女だもんな!」
とっさに呉葉は怒鳴った。
「鬼じゃない! アタシは人だ!」
その剣幕にびくっとして、山賊たちは黙った。
「けど……なあ?」
「あいつらも、言ってたし……」
おどおどと言葉をかわす。
「それでも、やめろ!」
呉葉に言われて、山賊たちは戸惑いながらうなずいた。
ふん、と呉葉は鼻を鳴らした。
里では、この力をずっと怖がられてた。都でも、使っちゃダメな力だった。
……でも、今は違う。
この力は人を助けられる力だ。
アタシが、アタシの正しさを証明できる力だ。
(でも)
呉葉は頭布に触れた。
指先でかさつく表面をなぞる。その下にある硬い感触。
これだけは絶対に見られてはいけない。
──そうしたら、今度こそ人として扱ってもらえなくなる。
背筋が冷たくなって呉葉は歯をぐっと噛みしめた。




