―3―
落ち葉の人影が揺らめいている。
風が吹くたび、きらきらと光の粉が舞って、次第に形が崩れていく。
「お前たち山賊のくせに弱すぎるだろ」
呉葉はぽかんとしたまま、瞬きをした。
手のひらに込めた力の行き先がなくなり、だらんと腕をたらす。
山賊たちは地面に額をなすりつけていた。
刀も弓も放り出して震えている。
そのうち、一人の男──痩せた若い男が、恐る恐る目だけ上げた。
涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。
「お、俺たちは……その、山賊じゃなくて……」
隣でうずくまっていた男も体を起こす。
「近くの荘園から逃げてきただけなんだ。……食い物が、なくて……」
男たちの指は赤く、ひび割れている。畑仕事の手だ。
呉葉は顔をしかめた。
「どれだけ作っても、貴族がみんな税として持ってっちまう。収穫した米も、織布も絹糸も全部だ」
「材木も、それを売った銭も、根こそぎ取られた」
悔しいのか、涙をこぼす者までいる。
皆どこか痩せていて、目の下が落ち込んでいる。
呉葉は眉間に力を入れたまま聞いていた。
胸の中の熱が次第に落ち着いていく。
「そこに熊武の兄貴が来たんだ」
小柄な男が続けた。
「このままみんなで飢え死ぬよりも、一緒に戦おう、って」
「だから俺たちは山賊になった。生きるために、しかたなくて……」
だんだん小声になっていく山賊たち。
落ち葉の人影は、すっかり消え去っていた。
「大変だったのはわかった」
呉葉はふうっ、と息を整えた。
そして痩せた男を鋭く睨みつける。
「けど旅人を襲うのはダメだろ」
「それは……」
下を向く。他の山賊たちも黙り込む。
「鬼無里に追捕使が大勢集まってた」
呉葉の言葉に、ざわっと恐怖の波が走る。
「やっぱり……」
「だからそろそろ逃げようってて……」
焦って上ずった声。
「逃げるってどこへだよ」
「行くあてなんて……」
ささやきあう山賊たち。
目線は地面を這い、背中は縮こまったまま。
呉葉はそれを見て小さく舌打ちする。
「戦えば、いい」
低い声に振り向く。
倒れていた熊武が、むくりと体を起こした。
「でも俺たちじゃ……」
「無理だよ」
山賊たちの視線が行き交う。
熊武は眉間にしわを寄せて、山賊たちを見回した。
そして切り出す。
「……一つだけ方法がある」
熊武は呉葉の前に進み出た。
そしておもむろに両拳をつき、地面に額をつける。
「お願いいたします。どうか我々の頭領になってください!」
「……え?」
呉葉はぽかんと口を開けた。
熊武は顔を上げる。
「私は安房の住人長狭保時の子。通り名を熊武と申します。
……坂東の戦乱の後、父は都の軍勢に攻められ、家は滅びました。私は敗軍の残党として、命からがらこの地へ逃れて来たのです」
「いやよくわからないんだけど……」
いっぺんにごちゃっと言われても困る。
呉葉は眉をひそめた。
「……ようするに捕まったら殺される、ってこと?」
「はい」
熊武はうなずいた。
そして周囲の山賊たちに目を向ける。
「ここにいるものたちもみな同じです。荘に戻れば、ただでは済まない」
周囲の連中も必死に首を縦に振る。
熊武はまっすぐ呉葉を見た。
「私は死を恐れてはいません」
「なんでだよ」
呉葉はすかさず突っ込んだ。
「死ぬことよりも、父や一族郎党の無念を晴らせぬまま、志半ばで果てるのは耐えがたく……」
呉葉は頭を掻いた。
言い回しが堅苦しい。喉が詰まりそうになる。
(こういうの、苦手だ)
ため息のあと、呉葉は熊武をじっと見た。
「かっこつけてないで本音を言えよ」
熊武は戸惑うように首を傾ける。
少しして言い直した。
「タダじゃ死なない。仕返しに一発ぶん殴ってやる、ということです」
「……言えるじゃないか」
「はい」
呉葉はかすかに表情をやわらげた。
熊武は再び頭を深く下げる。
「どうか力を貸してください。あなたのお力があれば追捕使たちを追い返すことができる」
「そうだ! この人がいてくれれば」
「どうかお願いします」
他の山賊たちも拝むように伏せる。
呉葉は腰に手を当てて黙り込んだ。
こいつらの事情なんて、知ったことじゃない。
アタシには関係ない。
(けど)
ここで見捨てたら。
こんな弱っちい集団、あの人数の追捕使に勝てるはずがない。
──タダじゃ死なない。仕返しに一発ぶん殴ってやる。
その気持ちは、わかる。
負けて、追い出されて、逃げるだけなんて嫌だ。
(それは、アタシもおんなじだ)
呉葉は顔を上げた。
「条件がある」
一斉に視線が集まった。
期待と不安で山賊たちの目が揺れている。
「山賊するのはダメだ」
えっ、と山賊たちはざわついた。
「弱いヤツが弱いヤツをいじめるのは、間違ってる。弱いヤツから物を奪ったら、そいつらはもっと困るだろ」
「けど……」
「それじゃ、どうやって……」
不安そうに山賊たちはささやき合う。
「簡単だ」
呉葉は鼻で笑った。
「強いヤツから奪えばいい。都の貴族が荘園から全部奪ってくんだろ?だったら──その貴族どもから奪い返せばいい」
そうだ。
あいつらが、しきたりだとか決まりだとかで全部奪っていくというのなら。
アタシはアタシのやり方で戦ってやる。
呉葉は拳を握りしめた。
熊武が、ぽんと膝を打った。
目の色が変わる。
「もうすぐ戸隠の荘園から都へ、租税の荷駄隊が通ります」
「租税?」
「貴族に収める年貢です」
息をのむ音。
「じゃあそいつを取り返そう。
……お駄賃のぶんくらいは貰ってもいいけど、あとは全部返す。そうすれば、荘園の連中も助かるんだろ?」
再び、互いの顔をうかがう山賊たち。
その目の中に光が戻ったように見えた。
熊武は周囲を見回した。
「……みな、それでいいか?」
山賊たちは頷いた。
熊武は肩の力が抜けたように、やわらかな笑みを浮かべた。
おもむろに、大刀を両手に捧げ持って、膝をついた。
それを呉葉に差し出す。
「お願いいたします、頭領」
熊武の言葉に続いて、山賊たちも次々に地に伏した。
「わかった」
呉葉は熊武たちを見渡し、小さく肯いた。




