―2―
月明かりが、山道を淡く照らしている。
秋の風が木々を揺らし、枯れ葉がかさかさと舞う。
山道は、崖にそって這うように曲がりくねっている。木々が頭上を覆っているせいでところどころ暗い。
その先になにがあるか、まるで見えない。
こういう場所には、悪い連中が隠れている。
呉葉は呼吸を整えるように、静かに息を落とした。
体は熱い。指先まで火が入ったみたいに温かい。心の中だけが、不思議と軽い。
ふと、呉葉は足を止めた。
前方の茂みが不自然に揺れている。
耳を澄ませる。
枝を踏む音。そして、かすかに金属の音。
続けて、ぬっ、と髭面の男が顔を出した。すり切れた直垂。手には幅広の大刀を持っている。
さらに、横や背後からも人影が立ち上がった。
月の光に刀の刃がきらめいている。
「なんだ。女一人ではないか」
髭面が馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
山賊たちもざわめく。
「なんだこいつ、山ん中に女一人?」
「罠か?」
髭面はともかく、周りの連中は刀を持つ手が震えている。
(なんだこいつら。これでも山賊か?)
呉葉は眉を寄せた。
「怖気づくな!」
髭面は仲間を怒鳴りつけた。そして呉葉に大刀を向ける。
「おい女。路銀をおいてけば命だけは見逃してやる」
偉そうに顎を上げる。
……女一人に脅し文句?
呉葉は内心あきれながら、きっと睨み返した。
「お前が山賊の頭目か」
髭面の眉がぴくっと動く。
「名前を教えろ。誰を退治したかわからないと追捕使に知らせようがないからな」
「なんだと?」
沈黙の間。
次の瞬間、ひげ面の顔がみるみる赤くなった。
「我が名は熊武」
そう名乗って、熊武はのしのしと呉葉の前に出ていく。
「覚えなくていい。この場で殺してやる」
巨大な山刀をこれ見よがしに振り回す。低い風切音。
その後ろに、五、六人の山賊が続いて出てきた。さらに呉葉の背後を塞ぐように足音が動く。
呉葉は口の端をゆがませた。
「熊武、な。覚えた」
瞳の奥でじわりと紅い光が滲む。
呼吸一つの間。呉葉の拳が熊武の腹にめり込んでいた。
うめき声すらあげずに、巨体が仰向けに倒れた。土と落ち葉が舞い上がる。
「は?」
「なんだ今の?」
山賊たちが声を失う。
呉葉は拳を軽く振り、指をほぐすように開く。
我に返った山賊たちが声を張り上げた。
「囲め囲め!」
「一気にかかれ!」
「相手は女一人だ!」
叫び声。刃が月光に光る。
……正面に二人。背後からは三人。
呉葉は半歩だけ下がった。刀が空を切る。
間髪入れず、左の顔面に拳を叩き込む。鈍い音とともに、左の男はのけぞった。
続けて右側の男の腹に蹴り。男の体がくの字に折れ、転がる。
「うおお!」
後ろから、雄叫びとともに振り下ろされる刀。
呉葉は足元の小石を後ろに蹴り上げた。背後にいた男は反射的に目をつぶる。
軸足で地面を蹴り、そのまま回し蹴りを脇腹に叩き込む。
男は吹っ飛び、後ろの数人を巻き込んで倒れた。
「ひっ……!」
短い悲鳴。
逃げ腰になった瞬間を逃さず、一気に懐へ飛び込み、顎に拳を一発。骨の鳴る音。
男は糸が切れたみたいに崩れ落ちた。
残りの一人は、尻餅をついて後ずさる。
刀を必死にこっちに向けているが、体中がぶるぶると震えている。
「つ、つええ……」
「なんだこの女……」
遠巻きにしていた山賊たちがどよめいた。その表情には、はっきりと怯えの色が浮かんでいる。
「お、おい! 弓だ! 弓を使え!」
誰かが思い出したように叫ぶ。
その声で山賊たちが急いで矢をつがえる。
ひゅん、と風を裂く音。
矢が次々と呉葉の足元に突き刺さる。
呉葉は張っていた息をゆっくりほどいた。
そして山賊たちをじろっと眺め回す。
「ここは都じゃないからな」
にやりと、笑う。
両手を広げ、静かに息を吹く。
光る煙が立ち上る。
それは風に乗って広がり、落ち葉を巻き上げる。ざわっ、と枝が揺れる。
風が唸る。──まるで泣き声のように。
煙が、落ち葉が、人の形を作っていく。
「ひっ……」
「バ、バケモノ……!」
山賊たちを取り囲むように、無数の淡く光る人の形が現れた。
その場で頭を抱えてうずくまる者。弓を投げ捨て、ひれ伏す者。
刀を取り落とす音。
「お、おたすけ……!」
「取り殺される!」
山賊たちは次々とその場にへたり込んだ。
武器を投げ捨て、許しを請うように、呉葉に向かって手を合わせる。
「……あ? もう終わり?」
呉葉はぽかんと口を開けた。
拍子抜けして肩の力が抜ける。
「まだ暴れ足りないんだけど」
「助けてくれ……!」
「い、命だけは!」
「恐ろしや……!」
その言葉に震え上がる山賊たち。
呉葉は目をぱちぱちさせた。
「ちょ、なんなんだよ」
あきれたように、呉葉はこぼした。




