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―4―

 秋の山道は、すでに風が肌寒い。

 指先がかじかむほどではないとはいえ、呉葉は肩をすくめた。

 木々は少しずつ色を変え、落ち葉が馬の蹄に踏まれて湿った匂いを上げる。


 木々の向こうに、谷間の集落が見える。

 低い屋根、土色の壁。田畑がへばりつくように並び、煙が細く立っている。

 水音もする。どこかで小川が流れているらしい。


「鬼無里だ」

 維茂の声がこぼれた。


 狭い谷間にへばりつくように、田畑と建物が並んでいる。

 屋根は低く土色の壁。暮らしの匂いが染みついているみたいだった。


 一番大きな建物の前まで進んでいく。

 そこで維茂と呉葉は馬から降りた。

 細かい砂利が音を立てる。その上を落ち葉が風に乗って滑っていく。


 建物の前に立っていた男は、荘官を名乗った。

 維茂は郎党に指示して、文書を荘官に渡す。荘官は軽く頭を下げて受け取った。

 続けて「追捕使ついぶし」と声をかける。

 水干すいかんに刀を差した男たちが、呉葉のそばまで歩いてきた。


「おや……手縄と腰縄は?」

 追捕使の一人が呉葉の手首を見た。

 維茂は一瞬、目を泳がせた。そして誤魔化すように笑う。

「あー……わりぃ、古い縄使ったら、途中で切れちまって」

 追捕使たちは首をひねったものの、それ以上の突っ込みはせずに黙った。

(……嘘つくの下手すぎだろ)

 そのやり取りに、呉葉はつい笑いそうになった。



 静かで、のどかな風景。

 張り詰めたような空気は、どこにもない。ただ風が冷たいだけだ。


「ようやく、ここでお役御免だな」

 維茂が大きく伸びをした。

 こきっ、とどこかの骨が鳴る。

「ここまで大人しくしててくれて助かったぜ」

 言葉とは裏腹に、その表情はどこか寂しそうに見える。

「逃げたら維茂はしつこく追いかけてきただろ」

 呉葉は返した。

「よくわかってんじゃねえか」

 維茂は声を上げて笑った。


(違う……)

 こんな、文句を言うような感じじゃなくて。お礼?じゃないな……。

 うまい言葉が浮かんでこない。


 荘官が受け取った文書を読み終えて、顔を上げた。

「確かに、身柄をお預かりいたしました」

「……おう、まかせたぜ」

 咳払いをして、維茂は背筋を伸ばす。

 呉葉をちらっと見る。

「あー……その」

 目が泳ぐ。

 それから、もう一度目を呉葉に戻す。

「ちゃんと大人しくしてろよ。……何年かしたら迎えに来てやる」

「何年か?」

「追放はともかく、流罪はいずれ解けるだろ。都にこだわんなきゃ暮らしやすい土地もあるぜ」


 流罪。

 罪。

(じゃないのに)

 ざらっと胸が荒れる。


「嫌だ」

 苛立ちがそのまま声に出ていた。維茂の目がわずかに大きくなる。

「アタシは必ず、都に戻る」

 その目を見ながらはっきりと口にする。

 これは願いじゃない。祈りでもない。

 誓いだ。


 維茂が大げさに息をつく。

「都のどこがいいんだよ。腹の探り合いしてる連中しかいねえだろ」

 そして肩をすくめる。

「これでもう少し聞き分けがよけりゃなあ」

「アタシは間違ったことしてないのに、なんで素直に聞き分けなきゃいけないんだ」

 呉葉はにらみつけた。

「間違ってるのは都のほうだ」

「だから子供だって言ってんだよ」

 維茂の眉が困ったように下がる。

「ま、都に合わせようとするよりも、そっちのほうがよっぽどお前らしいけどな」

 あきれたような口調。でも、その口元はわずかにやわらかい。

 呉葉はむっとして黙った。

「当分はここでおとなしくいい子にしてるんだな」

 そう告げると、維茂は馬にまたがった。

「また会うことがあったら、唐菓子買ってやるよ」

「子供扱いすんな!」

 維茂は手綱を引き、馬を回す。

 維茂は肩越しに手を振って、遠ざかっていった。


 呉葉はその背中をじっと見送っていた。

 追捕使に背中を押され、仕方なく歩き出す。


「都に戻って藤に言ってやるんだ」


 呉葉は吐き捨てた。



◇◆◇◆◇◆◇



 荘園の隅。

 他の建物から遠ざけるように、ぽつんと小さな小屋が建っている。

 追捕使が戸をガタガタと開けた。戸板は薄く、軽い。

 板の継ぎ目からは風が入り、ひゅっと音がする。

 中は、板敷きに古いむしろが一枚。小さな桶と、欠けた木椀。


「荘園の外には出ないように」

 追捕使と一緒に来た荘官が告げる。いかにもめんどくさそうな表情。

「それ以外であれば、なにをしていてもかまわない。くれぐれも問題だけは起こさぬように」

 言い残して、荘官は追捕使とともに足早に去っていった。

 呉葉は鼻先で息を鳴らした。


 薄暗い小屋の中から外を見る。

 裏手には狭い畑があった。日当たりはいい。

 しばらく使われていないのか、落ち葉や小石が混じっている。でも手入れすれば使えそうだった。

 たぶん種や苗も言えば分けてもらえるのだろう。


 ──ここで大人しくしてりゃ、何年かしたら流罪は解ける。

 維茂の言葉を思い出す。


 静かに、大人しく。

 罪が許されて解放されるまで、つつましく暮らしながら、待つ。

 ……そういう、ことか。


「冗談じゃない」

 呉葉は乾いた笑いを浮かべた。

 拳をぐっと握りしめる。

 その手の中には、たしかに熱がある。


「だーれが大人しくなんてしてやるもんか」

 呉葉は顎を上げ、吐き捨てるように言った。




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