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―2―

 ふと呉葉は視線を上げた。

 門のほうが騒がしい。

 前のほうに人だかりが見えた。


「罪人が逃げたぞ!」

「囲め! 取り押さえろ!」

 怒鳴り声。続いて悲鳴。土を蹴る足音。

 武器を打ち合う甲高い音。

 人だかりがうねるように広がっていく。

 その隙間から門番が倒れているのが見えた。それも複数。


(……?)

 呉葉は目を凝らした。

 地面に転がっている金砕棒を、体格のある大男が拾い上げる。

 次の瞬間、門番が大男になぎ倒された。


 逃げ惑う人々。

 右へ、左へ──。誰かが転び、踏まれ、うめき声があがる。

 人ごみの中で大男に蹴倒された旅人が起き上がろうともがいている。そこを金砕棒で殴り飛ばされ、動かなくなった。

「マジかよ、めんどくせぇな」

 維茂が舌打ちするのが聞こえた。

 続いて刀の鞘走る音。

 耳慣れない音に体が硬くなる。


「罪人は大人しくしとけ!」

「うるせえ!」

 門番が大男に飛び掛かるのが見えた。しかし腹を金砕棒で殴られ、倒れる。


(罪人は大人しく……?)

 呉葉はその光景を見ながら思った。


 みんなが言うから。そう見えるから。

 疑われるほうが悪いから。

 ……だから、罪人は大人しくしてろ、ってこと?


(冗談じゃ、ない)

 眉間に力が入る。

 胸の中で冷たい火が燃え上がる。


 維茂が走ってくる大男の前に立ちはだかった。

 大男は、刀を抜いた維茂を見て別の方へ。


 その先。

 逃げようとしていた子供が転び、とっさに女がかばうように覆いかぶさる。

 大男は金砕棒を振り回しながら走っていく。


(このまま終わってたまるか)

 拳にぐっと力を込める。

 手首に縄が食い込む痛み。それを無視して、無理矢理に引きちぎる。

「……?!」

 郎党が目を見張った。慌てふためいて、持っていた腰の縄を引っ張る。

 一瞬、呉葉はよろけた。

「邪魔だ」

 腰の縄を掴んで力いっぱいねじ切り、投げ捨てる。

 そして呉葉は一息に走り出した。

「大人しくなんて、してやるもんか」

「ちょ、オイ!」

 維茂が叫んだ。その声を背に、呉葉は大男の前に飛び出した。

「やめろバカ!」

「どけ小娘!」

 維茂の焦った叫び。大男が金砕棒を容赦なく振り下ろす。

 ぶん、と風を裂く音。


 ぱぁん! と小気味の良い音。

 呉葉は片手で金砕棒を軽々と受け止めていた。

 大男は目を見開いた。


「……マジか」

 維茂があっけにとられてつぶやく。


 呉葉は大男を睨みつけた。

 視界の端から紅く染まっていく。体の内側がカッと熱くなる。


 周囲がざわつく。

「なんだあれ?」

「バケモノか?」

「人じゃない……!」


 呉葉はふん、と鼻を鳴らした。


 なんとでも言え。

(そんなに見たきゃ、見せてやる)


「悪いな」

 悪そうな笑みを大男に向ける。

「機嫌が悪いから、手加減はできない」

 呉葉は金砕棒を掴んだまま、男の腹に蹴りを叩き込む。

 衝撃音とともに、大男の体は後ろへ吹っ飛んだ。


「……はあ?」

 維茂は口を半開きにして固まる。

 舞い上がる土埃。

 その中でしなやかに跳ね回る呉葉の姿に、つい見惚れた。

「もう隠すのはやめた」

 怖がられようが、疑われようが、関係ない。

 転がり落ちていた金砕棒を拾い上げ、ぶん、と一振り。

 風を切る音が気持ちいい。

 門番たちも、郎党たちも、あっけに取られている。


「アタシは、アタシのやり方で戦う!」

「なにわけのわかんねえことを……!」

 大男は腹を抑えながら起き上がる。

 思ったよりもしぶとい。呉葉は舌打ちした。


「オイ、もういいから下がれ」

 維茂が呉葉の横に駆け寄る。

 呉葉はちらっと維茂に目を向ける。

「やだ。アタシは誰の指図も受けない」

「馬鹿かお前、状況を──」

 その言葉が終わるより先、男が突っ込んできた。

 呉葉は重たい拳を金砕棒で受け止め、さばく。続けざまにもう一撃。

 と見せかけて、大男は隠し持っていた短刀を抜いた。

「──っ!」

 その切っ先が頬を掠める。

 とっさにのけぞったものの、バランスを崩してしまった。

 金砕棒を地面に突いてどうにかしのぐ。土が跳ねる。

 大男はほくそ笑んで短刀を振り下ろした。

(しまっ──)

 間に合わない。痛みを覚悟して目を閉じる呉葉。

 ひゅっ、と風を切る音。続く硬い金属音。

 目を開ける。維茂の刀が守るように突き出され、短刀が弾け飛んでいた。

「余計なことすんな!」

 とっさに悪態が口をつく。

「うっせえ。素人が調子乗んな」

 怒鳴り返す維茂。と同時に、一瞬身をかがめて大男に足払いをかける。大男がよろめいた。

「今だ! やれ!」

「だから指図すんな!」

 呉葉は維茂に叫び返しながら、金砕棒を大男の脳天に叩き込む。

 ごん、と鈍い音。

 大男は膝をつき、そのまま地面に倒れ込んだ。


 群衆は静まり返って、その光景をただ見ていた。




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