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―2―

「アタシなら……藤を助けられるのに」

 藤の背中を見ながら、呉葉は小さくこぼした。

 ぐっと拳を握る。

 力があるのに、使えない。役に立てない。

 それがなによりも悔しい。


「そんな力を見せたらバケモノ扱いされちゃうわよ」

 はっとして振り向くと、秩父がいた。屏風の影から、すっ、と姿を表す。

「あなた、すごい怪力なんでしょ? たしかに、あなたなら準備が間に合うかもね」

 秩父は扇の影でくすくすと笑う。まるで値踏みするように呉葉を見つめてくる。

「でも、そんな恐ろしい力があるってみんなに知られたら、屋敷にいられなくなるかも。

 ……それでもいいの?」

 言葉に詰まる。

 優雅に扇を動かす秩父の手つき。なのに、扇の裏の目は笑っていない。


「それは、困る」

 その言葉に秩父の目がきらっと光った。

 呉葉は扇の奥の眼差しを見返した。

「……でも、藤を泣かせるほうが嫌だ。だから、やる」

「あら、どうして?」

 秩父の眉がわずかに吊り上がる。

「藤なんて見捨てちゃいなさいよ。屋敷を追い出されてまで、あの子を助ける義理なんてないでしょう?」

「ある」

 呉葉はまっすぐ秩父を見た。

「藤は、いつもアタシを助けてくれた。いろいろ教えてくれたんだ。だから、アタシも藤を助けたい」

「……そ」

 秩父の目に怒りの色が滲んだ。

「じゃあ勝手にすれば」

 秩父はそう吐き捨てると、踵を返して歩き去っていった。



 すぐさま呉葉は動き出した。

 几帳を寄せ、屏風を畳み、離れの間へ運ぶ。重たいはずのものが、手の中で妙に軽い。

 飾り紐の房が揺れ、鈴がちいさく鳴る。

 音を立ててはいけない、と思いながら、ばたばたと走っていく。息がせりあがる。

 香炉、それから衝立も。……置くときだけは、静かに、そうっと。


 途中、すれ違う下女や女童がちらちらと呉葉に視線を向けた。

 好奇の目。恐れるような顔。ひそひそ声。


(バケモノみたい……)

(本当に人……?)

(まるで鬼……)


 人を呼ぶように走る者もいる。

 呉葉は奥歯をぎりっと噛む。

(うるさい。こっちはわかってやってるんだ)

 ──なにを言われるかなんて。

 わかってる。けど、知ったこっちゃない。

(今はただ、藤のために。そのために力を使っているんだ)

 お腹にぐっ、と力を込める。


 そのとき。

「え、ちょっと!」

 騒ぎに気づいたのか、藤が急いで戻ってくるのが見えた。

 息が上がっている。


「なにやってるの!」

 叱るような声。

 衝立を床におろしながら、呉葉は振り向いた。

「藤。いいところに来た。どこになにを置けばいいのか、教えてくれ」

「そうじゃなくて! なんで紅葉がそんな仕事──」

「急ぐんだろ?」

 藤の顔を見る。

 藤は青い顔で周囲を見回した。

 残っていた下女、女童、そして女房たち。呉葉を見る視線に気づいて、指が震えている。

「叱られるのは、あとで全部聞く。

 ……だから今は、準備を急ごう」


 なおも藤は逡巡するように目を動かす。

 それからひと呼吸おいて言った。

「……わかった」

 続けて、消え入りそうな小さな声。

「……ありがとう」


 その言葉に、呉葉はにっと笑顔を向けた。




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