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前編

 

「なぁ兄ちゃん、知ってるか?」


 酒場兼宿屋で、朝っぱらから酒を呑んでいる男に声を掛けられたので、そちらにチラリと目を向ける。


「なんでもレーヴァンってぇ〝最強の狩人〟が、領主一家を殺して城を徘徊してる怪物を狩りに来るらしいんだが」

「噂は昨日、散々聞いたよ。貴方も狩人みたいだが、怪物を狩りに行かないのか?」


 見た感じ割と良い装備なので、多分この街の住人ではなく他所から来た狩人だろう。

 宿屋の店主に部屋の代金を払いながら答えると、酔っ払いはガハハ、と笑った。


「冗談はよせよ。この街の狩人連中が手も足も出なくて帰ってきた、っていう不死身の怪物なんだろ? 俺はその〝最強の狩人〟がどうやって不死身を狩るのか、興味があってここに来たんだよ」

「なるほど」


 不死身を狩る。

 確かにそれだけ聞けば、不可能と思えるおかしな話だ。


 そんな風に思いつつ、二階に続く階段の方に目を向けると、連れ合いが丁度降りてきた。

 こちらが視線を動かすと、酔っ払いも釣られるように目を向けて……ポカン、と口を開ける。


 降りてきたのは、紫の瞳に銀色の髪を備えた、絶世の美少女。

 首に『אמת』と刺繍されたチョーカーを巻き、冒険者服を身に纏い、腰にはナイフを差している。


「支払いは終わった?」


 問われて頷くと、彼女はニッコリ微笑んだ。


「じゃ、行きましょう♪」

「ああ」

「おいおい兄ちゃん、随分な別嬪さんを連れてるじゃねーか! 羨ましいねぇ!」


 我に返ったらしい酔っ払いに言われて、小さく首を傾げる。


「連れてるんじゃなく、ただの道案内だよ」

「ガハハ! 何だ、別嬪さんの方が強ぇのか? 兄ちゃんと一緒にこれからどこに行くんだ?」


 鼻の下を伸ばした酔っぱらいの問いかけに、彼女はにこやかに笑みを浮かべたまま答える。


「ええ、ちょっと『怪物がいる』っていう噂のお城にね。ーーーその為に、ここまで来たのよ♪」


※※※


「……こいつがそうか?」


 城に着いて、中を慎重に探索すると。

 おそらく領主の部屋と思しき場所に、それは居た。


 見た目は、一見クラゲである。


 ただ、半透明ではなく影のような漆黒であり、体の周囲に黒い靄が掛かって輪郭が曖昧だ。

 ふよふよと宙に浮かんでおり、大きさは人間の背丈ほど。


 ただし、傘の下から伸びる無数の触手が部屋を埋め尽くすように蠢いており、それが壁や床に触れる度にシュゥ、シュゥ、と白煙を上げている。


 おそらく、強酸のような猛毒を体から放っているものと思われた。


「中に入るわね♪」

「……先に行くのか?」

「焼かれたって別に死なないもの」


 そんな風に答えながら、さっさと中に入って行く少女の小さい背中を見送りながら、手にした荷物を廊下にどさりと置いた。


 クラゲの怪物はこちらに気付いたのか、触手が一本、入口の方向に這い寄ってくる。

 そして、その先端から魔力の波動が放たれた。


『……』


 キィン、という耳鳴りがして、思わず眉根を寄せる。

 同時に、波のように満ち引きする言葉が、頭の中に直接響いた。


『死……死……死……』


「……精神干渉、か?」

「心配しなくても、これ自体に害はないわ」


 落ち着いた様子の連れ合いは、逆にその精神干渉を受け入れるように、軽く両手を広げる。

 その体の中に入り込んでくるような波動の音に、少し気持ち悪さを覚えつつも彼女に従って受け入れると、頭の中にぼんやりと幻影のような映像が浮かび上がって来た。


 ―――怪物の記憶。


 脳裏に映し出されるそれは、おそらく、怪物がまだ幼生エフィラだった頃のもの。


『あら、あなた珍しい生き物ね!』


 木の影に潜んでいたそれを見つけたのは、人形を手に持った、ドレス姿の幼い少女だった。

 どこかの貴族のご令嬢らしく、金髪碧眼、快活そうな様子の彼女は、興味津々に幼い怪物を抱き上げる。


『ケガをしているの? 大変!』


 怪物から紫の血が滴っているのを見て、少女はパタパタと屋敷に帰っていった。


 怪物の姿に、最初は驚いていた彼女の両親と使用人だったが、恐る恐る包帯を巻くのにも特に抵抗せず、害もないと分かると、少女と同じように興味津々な様子で怪物を見ていた。


『不思議な生き物だな』

『魔物なのかしら?』

『でも、襲ったりして来ないわ!』


 そこで映像が乱れ、先ほどよりかなり成長した少女が、部屋の中で怪物に話しかける。


『ねぇ、ジェリー。私のお父様って子爵領の中にある小領を預かる、男爵様なの。この間、子爵様のパーティーに初めて連れて行って貰ったんだけど、私、子爵令息様のお嫁さんになるんですって』


 金髪の少女は人形を胸に抱いて、不安と期待が半分ずつくらいの顔で、怪物に話しかける。


『今度、令息様が遊びに来るのよ。……もし結婚することになったら、ジェリーとお別れしないといけないのかしら。連れて行っても良いって、言ってくれるかしら』

 

 また映像が乱れ、次は庭の景色になった。


『バケモノッ!』


 恐れを顔に浮かべて後退っているのは、少女より少し年上くらいの少年だった。


『おい、庭にバケモノがいるぞ!』

『ジェリー!』


 少年の叫びに、慌てて庭に出てきた使用人と、その後ろから顔を見せた少女。

 遠くでやり取りし始めた声は、怪物には聞こえない。


 そうして、令息が急いで去っていくのを、少女は青ざめた顔で見守っていた。


 次の映像は、涙を浮かべて微笑む少女に、小領の端らしき森に置き去りにされた場面。


『さようなら、ジェリー。戻ってきちゃダメよ』


 だが、馬車で去っていく少女の背中を追って、怪物は触手を動かして歩き始める。


 そして住んでいた屋敷に着いた時に、見てしまった。

 子爵と令息に、馬車に乗せられてどこかに連れて行かれる、少女の両親と、人形を持った少女の姿を。


 怪物は、その馬車が走っていた方向に、少女の匂いと魔力を追って歩き始めた。


 映像が、乱れる。

 

 怪物は、追っていった先で自分を見て逃げていく人々を意に介さず、少女の匂いのする方向へ歩いていく。

 やがて、血の匂いがそれに混じって……怪物は、見た。


 首が胴体から斬り落とされ、断頭台の近くに晒されている、両親と少女の姿を。

 彼女の足元に転がる、血塗れの人形を。

 

 映像が、これまでにないくらい乱れた。


 怪物は、人を見下ろす程に巨大な姿となり、領主の城にいた。

 襲いかかってくる護衛兵を体から放つ猛毒で振り払い、子爵と令息を探し、泣き喚く彼らをドロドロに溶かして殺した。


『死……死……死……』


 誰もいなくなった城の中で、怪物は待った。


 何人もの人間が怪物の前に現れた。

 襲いかかって来たが、怪物はもう抵抗しなかった。


 ただ、映像を見せ続けた。

 その中で少女を死なせ続けた。


 しかし誰も、怪物は殺せなかった。


 何度も、何度も、少女と共に生きた日々を人に見せた。

 何度も、何度も、少女が死んだ心の痛みを人に見せた。


 その度に、さらに傷つきながら。


『死……死ニ……』


 だが誰も、怪物の望みを叶えてはくれなかった。

 そこで、ブツン、と映像が途切れたので、大きく息を吐く。


「なるほどな……」


 怪物から滲む強酸の量は、ボタボタと垂れるくらい増えていた。

 それは多分、怪物の涙なのだ。


『死ニ……タイ……』


「お前は、飼い主のところに行きたいのか」


 記憶と共に、怪物の感情も知った。


 怯える怪物を拾って、優しくしてくれた少女。

 怪物を逃がそうとしてくれた少女。

 そして、死んでしまった少女。


 ―――彼女のところに行きたい、と、そう望んでいた。

 

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