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空の色は変化し続ける、ということだけが変化しない。~宵と暁の空~  作者: 来夢創雫
「最終章~群青の継承~宵を超えて暁を待つもの」
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「過去との邂逅」

―――政悟の死から9年経った。

白兎レイラと高垣翔がこの世を去った数日後―――


 灰色のコンクリートで囲まれた、無機質な建物。

 かつて「本部」の名で呼ばれていたその施設は、機能性重視のまま、今もそこにあった。 天井の高いロビーには警備の目が行き届き、壁には新たな任務や方針を示す掲示板が並ぶ。

 時代が変わっても、ここだけは時計の針が止まっているようだった。


 隼斗は時々、任務のためここに訪れていた。背後から足音が響く。その音に、隼斗は足を止めた。振り返ると、ひとりの男と目が合った。目元に少し影があるが、整った輪郭、落ち着いた佇まい――間違えようがない。


「……お久しぶりです。隼斗さん」

 静かな声だった。


 黒に近い濃紺のジャケット姿。以前より背が伸び、大人びた印象を与える青年――八真人だった。


 隼斗の口元がわずかに動いた。

「八真人……」

 その名を呟くだけで、いくつもの記憶がよみがえった。


 政悟と過ごした日々。失われた仲間たち。別れと裏切りの果てに、今日がある。

 だが今、目の前にいるのは、そうしたすべてを飲み込んだ者の顔だった。


「何も告げずに班を抜けたこと、本部の人間だと黙っていたこと、そして政悟のこと。あなたにはどれだけ恨まれても仕方がない。いろいろと……すみませんでした」

 八真人は深く頭を下げた。その動作に嘘はなかった。


 だが隼斗はすぐに手を上げて、それを制した。

「いや、俺はお前を恨んでいない」


 言葉は静かだったが、迷いのない口調だった。


「八真人があの場にいてくれたから、俺は最後に政悟と話ができた。むしろ、感謝してる。それに政悟は、お前と会ってからやっと、学校でも友達ができたんだ」


「友達……ですか?」

 八真人の声は小さく、どこか遠くを見つめるようだった。


「ああ。それまでは同世代の人間とうまく距離が取れなくてな。いろいろ苦労してたんだよ。お前が来てから、政悟は年相応の笑顔を見せるようになった。あいつは、お前に会えてよかったと思ってるよ」


「そう……ですか」

 八真人の口元に、曖昧な笑みが浮かんだ。


 それは喜びとも、悔いとも言い切れぬ、不思議な色を帯びていた。

 そして、少しの間を置いて、ふと思い出したように言った。


「俺にできることがあるなら言ってください。あの班で過ごして、俺はいろいろなものを教わりました。少しでも恩返しがしたい」


「恩返しか……。あ、そうだ。白兎レイラと高垣翔の遺体は今どこにある? 検体に回される前に、もう一度見ておきたいんだ」

 隼斗の声に含みはなかった。ただ、確認しておきたかった。


 あの時、いつもなら迷わず引き金を引くはずの自分が、一度だけ見逃した子供たち。その行く末を――ほんの少しだけ見届けておきたかった。


「白兎レイラ……確か、隼斗さんが監視していた班の人物ですよね」

 八真人が静かに応じた。


「ああ」


「わかりました。調べて、すぐに連絡します」

 そう言いかけたところで、ふと何かを思い出したように顔を上げる。

「そういえば――シンイチさんも白兎レイラについて調べていたんです。何か、引っかかることがあるらしくて」


「シンイチ? あいつとは連絡を取っているのか?」


「ええ。彼は今、新たな班の班長ですよ」


ほどなくして、八真人から連絡を受けた隼斗は、指定された夜更けに、二人の遺体が安置されている部屋に忍び込んだ。

 当然、規則違反だった。監視カメラの死角を縫い、階段を降り、静かに扉を開ける。

 だがそれでも――どうしても、もう一度、あの二人に会っておきたかった。


 通話の向こう、八真人の声が淡々と告げる。

「鍵は非常扉の裏に隠しておきます。終わったら、元の場所に戻しておいてください」

 まるで何事でもないかのような口調だった。

 けれどその声音は、どこか昔のままだった。初めて会ったあの日のように、落ち着いていて、必要以上に干渉せず――だが、確かに優しかった。


 二人は穏やかな顔で眠っていた。まるで、長い旅路を終えた者のように。

 その表情には、もう苦しみも怒りもなく、静かな安らぎだけが宿っていた。見逃したあの日の判断が正しかったのか、今でも答えは出せない。けれど、あの瞬間に引き金を引かなかった自分を、少なくとも今は否定しないでいられる。 


――あの時の風の匂いを、ふと思い出した。

 潮の香り。草の葉擦れ。少年が少女の手を引いて走る足音。

 言い訳も正当化もせず、ただ「殺せなかった」あの一瞬。

 けれど、確かに、あのときの自分は救われていたのだと今なら思う。

 政悟によく似た子は、怯えながらも誰かを守ろうとしていた。それでも、二人は結局、生き延びられなかった。

選択は無意味だったのかもしれない。だが――

 それでも、あの夜、あの一瞬だけでも、彼らは生きていた。

 風を感じ、海の匂いを吸い込み、誰かと手をつないで、走っていた。

 それを奪わなかったことだけは、きっと間違いではなかった。

 そう思わなければ、今の自分はとっくに壊れていただろう。



※隼斗はレイラの記憶の中で「群青と茜色の空」ep21に出ています。

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