「共謀者の影」
一方、同じころ。
居間には和大と隼斗、二人だけが残されていた。空気は妙に静かで、時計の針の音だけが、やけに耳についた。
「……以上が、八真人からの報告だ。イハラは俺たちに黙って班を抜けようとしているんだよ」
隼斗が低く言った。彼は続ける。
「……あいつ、家に戻ったらしいが、これが本当の理由じゃないか。イハラに唆されて、仲間にならないかって言われて、黙っているわけにもいかず、俺に報告して……イハラと俺たちの板挟みになって――だから――班を抜けたんじゃないか?」
隼斗は腕を組んだまま、視線を窓の外に向けた。その目は曇っていて、何かを見ているようで、見ていなかった。
「八真人には、悪いことをしたな。政悟にも」
ぽつりと漏れた和大の言葉に、隼斗が目だけを動かす。
「そう思うなら、イハラを切れ。あいつは俺たちを裏切って、新しい班を作ろうとしてる」
「いや、それは……」
「何を迷うんだよ。もう昔のイハラじゃない。裏切ろうとしてるんだぞ。しっかりしてくれ、班長」
声を荒げたわけではなかったが、その言葉は鋭く、まっすぐに和大を刺した。和大は目を伏せ、小さく息をついた。
「あいつが、完全に俺たちから離れたという証拠は、まだない」
「甘いよ、和兄。そういうことは、早めに手を打たないと」
隼斗が苛立ったようにちゃぶ台を軽く叩いた。乾いた音がした。
「今現在、イハラは仲間だ」
和大の声には、わずかな熱が宿っていた。それでも語尾は静かで、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
――この班は、和大とイハラの二人で始まった。ただの同僚ではない。信頼していた。だからこそ、裏切られたとは、どうしても信じたくなかった。
「仲間だからこそ、裏切りなんて許されないだろ」
隼斗の声が、冷えた空気を切り裂いた。短く、強く、感情を押し殺した一撃だった。
「上は下を罰するためにあるんじゃない。守るためにある。イハラが困ってるのなら、俺は――助けたい」
和大は一言一言、噛み締めるように言葉を継いだ。その目は、過去のどこかを見ているようだった。
「おいおい……冗談だろ」
隼斗は肩をすくめ、苦笑混じりに吐き捨てる。
「俺たちが不穏な動きに気付いているってイハラに伝えるのか? あいつの思うツボじゃないか。和兄はどこまでお人好しなんだ。いい加減にしてくれ」
その声には、苛立ちだけでなく――どこか悲しみも混じっていた。
けれど、和大は何も言わなかった。
――――――――――――――――――
今回、政悟に与えられた任務は、通報者の監視だった。通報者には「保護するので安心して欲しい」と嘘の情報を伝えてある。彼には強要した人物たちの排除が終わるまで、山間の廃研究施設で外部と遮断された生活をしておくようにと言いくるめていた。
政悟のイヤホンから、くぐもった音声が流れ出した。微かな機械音の中に、人の声が重なる。
『……僕はそんなつもりじゃ……』
通報者の声だ。電話なので相手の声は聞き取れない。
『……でも、殺されるんですよね? 逃げたほうが良くないですか?』
一瞬の沈黙。
政悟はノートPCの画面に目をやりながら、再生タイムを確認する。
『カワキタさんがいるっていう、組織の人ってそんなに危険なんですか? 表に出ない国の組織ってそんなにすごいんですか? わかりました。お願いします』
『本当に助けてくれるんですよね。カワキタさん…………俺、信じていいんですよね……』
声が震えていた。心底、誰かを信じようとしている。だが――返事は録音されていなかった。もしくは、通話がそこで切られたのかもしれない。
政悟は眉をひそめた。
「あ、カワキタって……あの時に聞いた名前だ」
ふと、記憶を手繰り寄せる。
全国から瀬戸内海の島に集められた20数名のTNTメンバー。集まった面々の顔にはまだ余裕が見えて、軽口を叩きあって時。
『あれ? もしかして、一緒に訓練した人だよね?』
『うわー懐かしいな。久しぶり。あの訓練はきつかったなぁ。みんなどうしているんだろ』
『俺、カワキタさんには会ったよ。まだTNTで頑張ってるって』
『そっかー』
まるで同窓会のような会話が政悟の耳に残っていた。
政悟は、イヤホンを外した。
―――TNTの人が排除命令の出ている通報者を逃がそうとしている。とりあえず、班長に電話しよう。でも、本部が動くまでに通報者が逃走してしまったら――そうだ、イチくんに連絡しよう―――と思って辞めた。
いくら彼が本部の人だからと言っても、自分とはもう立場が違うのだ。




