「仲間の軋み」
翌日
政悟は畳の上で寝転がりながら、ぼそっと言った。
「今度の任務、本部がかなり慎重だよね。情報、どうやって回ってるんだろう」
「上からの指示経路はいつも通りだろ。班長が上から受けて、俺たちに指示する」
「うん。でも、誰がどこまで知ってるのかな。僕たちに届く前に、何人くらい通ってるんだろうね?」
八真人は答えに詰まった。その瞬間を、政悟はちらりと見た。
「そういえばイチくん、前に京都で何か話をしたがっていたじゃない?」
その問いは、まるで世間話の延長のようだった。けれど、問いそのものは核心に限りなく近い。
「そうだったか? 覚えてないな」
机の上には、コーヒーが入ったマグカップが二つと、政悟の教科書やプリントが広がっている。
「イチくん、ここいる時間、前より増えたよね」
政悟がふとつぶやくように言った。
「ん? ああ、まあな。静かだし、落ち着く」
「家に帰るより?」
「まあ、そんなところだ」
「ふぅん。こんなにずっといるなら、滞在料金でもとっちゃおうかなぁ」
政悟はそう言って笑った。
八真人は黙って、マグカップのコーヒーをひと口飲んだ。
(……気づいているのか? 政悟)
それでも、彼は責めない。ただ、静かに距離を置いていく。それが余計に、胸を痛めた。政悟が笑うたびに、八真人は罪を思い出していた。
(俺は、こいつに……嘘をついている)
八真人はコーヒーを飲み干した。苦味だけが、口の中に残っていた。
――――――――――――――――――――――――――
少しのわだかまりを抱えたまま、班には急遽、新しい任務が入った。
任務内容は違法薬物取引に関わる人物の殲滅。今まで一度も摘発に成功していない手強い相手だ。
というのも、これまで警察の薬物銃器対策課や麻薬取締官が事前に踏み込んでも、なぜか常に現場は空振り。強制捜査に踏み切った捜査官たちは、逆に反撃に遭い、死傷者を出した。さらには、その場に控えていた税関や入国管理局の職員まで巻き込まれる惨事となった。
そして、どうやら――このルートに政府の人間が関与している、内部情報がどこからか漏れているという話が上がってきた。
真っ当に捜査しても、もみ消されるだけ。その間にも違法薬物は市場に流通している。そう判断した上層部が、TNTに任務を依頼したのだった。
表には出ず、証拠も残さず、ただ確実に「危険の芽」を摘み取る。
和大たちは、関係者を秘密裏に排除するよう命じられた。
狙うは組織の中枢にいる5人。失敗は許されない。
コンクリートでできた二階建ての建物は、不気味な沈黙に支配されていた。建物の内部ではかつての作業音も命の気配もすっかり過去のものとなっている。
建物から少し離れた資材置き場に、和大たち6人は集まっていた。
「――狙うは、この中にいる5人。未明に取引があるため、現在、建物内にいることは確認済みだ。俺たちは正面突入と裏からの潜入で、挟み撃ちにする」
和大が全員の顔を見回した。
「まずは裏口から地下ルート。八真人とシンイチ、政悟で行く。地下の貯蔵庫に、違法薬物が保管されている。隼斗、イハラは正面から。上階の監視部屋に用心してくれ」
「了解」
イハラは短く答えたが、その声音に熱はない。隼斗がちらりと横目でそれを見るが、何も言わない。政悟はそれに気づいて、少し眉をひそめた。
「対象者は5人。全員武装している。特に二階の監視部屋にいる一人は狙撃の腕がある。油断するなよ」
和大の言葉にみんなが頷く。
「地下はどうなってるんですか?」
八真人が問うと、シンイチが補足する。
「通気が悪くて音が反響しやすい。足音と会話は最小限に。あと、薬品の保管室は爆発物がある可能性もある。手荒には扱うな」
「分かりました」
政悟が頷く。
その時、和大が目を細めて全員を見渡した。
「ひとつだけ言っておく」
その声が少しだけ低くなる。
「今回の任務、外に漏れたら俺たちは終わりだ。証拠は残すな。相手はただの犯罪者だけじゃない、後ろに政府の人間がついてる。俺たちの存在など、簡単に消される」
一瞬、空気が張り詰めた。が、隼斗が小さく肩をすくめた。
「問題ないよ。言われなくても分かってる」
「いちいちつっかっかるな」
イハラが低く返す。その目は、隼斗のほうを見ようとしない。
政悟は横目でそのやりとりを見ながら、そっと八真人の袖を引いた。
「大丈夫かな、あの二人」
「さあな。俺に聞くな」
八真人は目を細める。
準備が整い、和大が無線を渡しながら言う。
「予定通り、10分後に行動開始」
「じゃあ、行こうか。政悟、八真人」
シンイチが背を向け、政悟たちは頷いてその背中を追う。
そしてその直前――ほんのわずかに目が合ったイハラと隼斗は、互いに視線を逸らした。それは、ほんの数秒のすれ違い。だが、そのわずかな違和感は、確かにそこにあった。
金網を越え、政悟たちは建物の背面に回り込んでいた。夜風の音と、遠くで軋む鉄骨の軋み。足音ひとつ立てれば反響しそうな静けさだった。
裏口は半ば錆びついていたが、八真人が持っていた工具で静かに解錠する。
「……行ける」
政悟が低く囁き、三人は暗闇の中へ滑り込む。内部は薄暗く、機械の残骸が影を落としている。足音を最小限に抑え、政悟は遮蔽物の陰をぬうように進んだ。
「こっち、中央部に通じてる……」
息を殺しながら政悟が先導する。
「じゃあ、俺はあっちの扉を見てくる」
シンイチが静かに二人と別れた。
「このまま行ける」
政悟は短くそう呟くと、遮蔽物を飛び越え、一気に開けた中央部へと躍り出ようとした。
「――政悟、死に急いでるのか」
静かで鋭い声が、背後から落ちた。ぴたりと動きを止めた政悟が振り返ると、薄闇の中で八真人の視線が鋭く光る。構えた銃口は、寸分のぶれもなかった。
「そこ、見通しが効いてる。敵がいるかもしれない。あと3秒、待て」
その声音に、政悟は無言で従った。
3秒後、パン、と乾いた銃声が響く。八真人の射撃の先、物陰で待ち伏せしていた男が、崩れ落ちた。
「……ナイス」
政悟が息を吐くように言った。八真人は返事をせず、しばらく無言のまま進んだ。
「あの扉は入り口じゃない。搬出路から地下へ行くぞ」
戻ってきたシンイチが告げる。
『こちら突入完了。二階制圧に入る』
イハラの声だ。緊張が、再び現実に引き戻した。




