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「銃声の代償」

 ブレーカーが落ちると同時に、突入部隊が宴会場になだれ込んだ。和大たちは後に続き、人質の姿を探した。


「何? どうしたの? 助けて、殺さないで!」

 

 真っ暗な室内に男の子が響く。人質はふくよかな体形の男の子だった。足首が縛られてはいるが、両手は自由なようだ。犯人は三人。手に武器のようなものを持った犯人たちは、突然の暗闇に驚き、慌てて人質の元へ行こうとしている。


「もう大丈夫だ。助けに来たよ」


 犯人が近づくより早く、和大は男の子を抱きかかえた。10歳の子供と聞いていたが、思ったよりも体重があった。イハラとシンイチが和大の両脇を固めた次の瞬間、銃声が鳴り響いた。


 犯人の一人は頭が吹き飛ばされ、もう一人は心臓を撃ち抜かれ、逃げようとした最後の一人は背中から何発も銃弾が撃ち込まれた。あまりに悲惨な光景に、和大たちは言葉を失った。 

 和大は子供には何も見せてはいけないと思い、暗闇だったことも忘れて、咄嗟にきつく抱きしめた。息苦しいのか、腕の中から男の子のくぐもった声が聞こえる。


「ごめん。ごめんな。でも、俺がいいと言うまで、しっかり目を瞑っておくんだよ」

 腕を少し緩めた和大の言葉に、男の子はこくりと頷いた。


 廊下に出て安全な場所へと移動する。拘束された脚のロープを解くと、男の子がポツリと零した。


「あいつ、パパの秘書だし、良い奴だと思っていたのにな。あの二人に騙されたんだよ。僕を誘拐すれば、借金が返せるとか言ってたし」


「そうか。それよりも、どこか痛い所はないかい? ひどいこと、されてない?」


 和大が優しく尋ねると、男の子は首を横に振った。


「ちゃんとご飯も食べたし、家ではだめって言われてたゲームもしたよ。ねぇ、あいつ死んだの?」


「ええと、それは……」

 男の子の問いに和大は口ごもった。イハラとシンイチに助けを求めるが、二人とも顔を見合わせるだけで何も言わない。


 その時、

「人質を引き取りに来た。キミたちの仕事は終わりだ。何度も言うようだが、今回の件は絶対に他言しないように」


 黒づくめの格好をした責任者が、スーツを着た男と共に現れた。子供の表情がパッと明るくなる。


「パパ!」

 どうやらスーツ姿の男は子供の父親らしい。


「ああ、無事でよかった」


 感動的な親子の再会を見届けて、三人は現場を後にした。


「まるで映画みたいだったな」

 シンイチが言うと、


「ああ、そうだな。あの子の父親って政治家だろう。二世だか三世だかでTVやネットで見たことがあるよ。犯人はどうやら秘書みたいだし、マスコミに知られたくないって話も納得だ」

 イハラが答える。


「それにしても、犯人は三人とも即死だったな。撃った人たちってTNTだろ。俺達もいずれあんな任務をすると思ったら、ちょっと考えるよな。まぁ、今更引き返せないけれど」


シンイチが険しい顔で言うと、和大も渋い顔で「そうだな」と頷いた。


 結局、誘拐事件も、犯人が射殺されたことも全く表に出なかった。和大は保護した子供の今後が気になったが、二度と会うことは叶わなかった。


 しかし、この子供は16年後ハニートラップにかかり、もう一度TNTに救出される。


 任務を終えた後。 

 空気は冷たく、星ひとつ見えない曇り空だった。廃業した小料理屋の裏手。柱の影に、シンイチが立っていた。


「こんなことになるなんて、思ってなかった」

 イハラの声は低かった。


 シンイチは無言で壁にもたれていたが、やがてぽつりと口を開いた。

「俺も、だよ」


 沈黙。しばらく、何も言葉が続かなかった。


「悪かった。俺が……俺がきみに声をかけなければ――」

 イハラの声が震える。喉の奥で何かを押し殺すように。


 シンイチは少しだけ笑った。けれど、それは優しさではなく、痛みを覆い隠す笑みだった。

 「イハラだって、知らなかったんだろ? まさか、人を殺す任務だなんて」


 イハラはうつむいた。

 和大と組んでから行った任務は、監視や警護、情報の引き出し、盗聴、ハッキング、文書のすり替えなどだった。確かに訓練は受けたし、銃も携帯していた。だがそれは「いざというとき」に身を守るためのものだと信じていたのだ。


 初めて出会ったTNTの人間が、病院で言った場面を思い出す。――退院後、正式に処理します―――と。けれど、それは例外的な存在で、自分はそんな任務には関わらない――そう、どこかで高を括っていた。自分には、そんな任務は回ってこないと、勝手に信じていたのだ。

 だからこそ、シンイチを誘った。


――なのに、誘拐犯の男の頭が撃ち抜かれあの瞬間。あれが現実だった。あの血の温度と、脳裏に焼き付いた音。

自分に、できるのか?

自分が、それをシンイチにやらせるのか。

喉が、詰まるようだった。


 思いつめた顔のイハラの肩を、シンイチがポンと叩いた。

「あの夜、公園で俺を救ってくれたのは、班長だった。今、こうして俺がここにいるのは――イハラ、あんたが俺に生きる選択肢をもう一つくれたからだよ」

 少し間を置いて、シンイチは続ける。

「正直、今日の現場は、キツかった。でも、誰かがあれをやらなきゃいけなかった。俺じゃなくても、誰かが」


 風が吹き、枝葉が小さく鳴った。

「だから俺は、後悔してないよ。ここにいるのは、自分で決めたことだ」


 イハラは言葉を失ったまま、ただその横顔を見つめていた。

 目の前の男が、何か一つを受け止め、歩き出したことが、確かに伝わってくる。


「シンイチのそういうところが、少し悔しいよ」

 イハラが小さく笑った。


「イハラ、あんたは優しすぎるんだよ。昔、俺に援助するって言い出すところとか」


 シンイチは振り返らずに言った。背中を向けたシンイチに、イハラはそっと言葉を落とした。


「ありがとう」


 シンイチはそのまま、手だけを軽く挙げて歩き出した。遠ざかる足音と共に、夜がまた、深く静かに包み込んでいった。


※人質の子の16年後の姿は、前作「群青と茜色の空」ep1に出ています。回想シーンばかり続いてすみません。

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