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「覚悟の形」

イハラに紹介されたその男を、和大は一瞬、じっと見つめた。


どこかで見たような気がする。しかし、それがどこだったかは思い出せなかった。

シンイチは軽く頭を下げた。整った礼儀、無駄のない所作――だが、どこか「戦場の空気」を知っている男の動きだった。


「イハラから事情は聞いた。だが、この仕事は危険だ。そして表には決して出ない。失うものがあるなら、考え直した方がいい」


「もう、守るものしか残ってませんよ」


シンイチは静かに答えた。その言葉に、和大の目がわずかに揺れた。


「……そうか」

 和大は立ち上がり、肩の力を抜いた。


「なら、歓迎する」

 そう言って、手を差し出した。


シンイチがその手を握ったとき、和大の手が一瞬だけ力強く返した。

言葉では語られなかった何か――それは、確かに彼の中に残っていたのかもしれない。


「それにしても……どこかで会ったことがあるような……」


和大がふとつぶやくと、シンイチは小さく笑った。


「かもしれませんね。でも、あのときは俺、何も話さなかったので」

和大は首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。


ただその日、新しい仲間が一人加わった。


「それにしてもイハラはどうして俺みたいなのに声かけたんだ?」


和大との面接を終え、TNTへの加入を決めたシンイチはイハラに聞いた。


「――シンイチがあの頃の俺に似てたからだよ」

イハラは、静かに答えた。

「死にたくないくせに、死んでもいいって顔をしてた」


シンイチが、少しだけ眼を見開いた。

「あの頃って?」


「俺さ、昔、大切な人を殺されたんだ」


「……え?」


「中学のとき。彼女はただ、そこにいた。それだけで殺されたんだ」

 イハラは笑った。自分でも驚くほど、乾いた笑いだった。


「そうか―――それは大変だった―――」


「その男に会ったんだよ。彼女を殺した男に――なんの反省も罪の意識もないあいつを見て、殺してやろうと思ったんだ。でも――できなかった」


――――――――――――――――――



イハラの脳裏にあの日の光景がよみがえった。


 もう10年以上も前――彼女の両親から渡された、最後の贈り物。


 手のひらに収まるほどの革のしおり。

 季節は冬に差しかかるころ。放課後の夕焼けが、教室の窓を赤く染めていた。


「……ねえ、イハラの誕生日、いつだっけ?」

 彼女が何気なく尋ねた。


「え? あー来週。たしか月曜かな」


「ふーん」と返しながら、彼女は笑っていた。


 その意味を、イハラは気づきかけていて――けれど、口に出せなかった。ふとした瞬間に目が合っては逸らし、制服の袖が触れるたびに心臓が跳ねるような、そんな関係だった。お互い、きっと気づいていた。でも、言えなかった。何も言わなければ、今のままでいられると信じていた。


 そんな彼女が、次の日――帰らぬ人となった。


「イハラね、もうすぐ誕生日なんだ。プレゼントを買いに行ってくるね」と言って家を出た帰り道、男に襲われたのだと、人づてに聞かされた。

 別の友人からは「誕生日プレゼントを渡すとき、こっちから告白しようかな?」と冗談交じりに言っていたと教えられた。


 あのときの世界の色も、音も、ぬくもりも――すべて、あの男によって奪われたのだ。

 

 葬儀が終わった数日後、彼女の母親が震える手で差し出されたのは、革製のしおりだった。


「これを、あなたに渡すつもりだったみたい。イハラくんは読書が好きだからってよく言っていたの。良かったら受け取ってくれる?」

 声は涙に濡れていたが、どこか優しくて、静かだった。


 イハラは何も言えなかった。

「もちろんです。ありがとうございます」と言うのがやっとだった。


 今でも、イハラはそのしおりを持っている。本を読むたびに使うわけではない。ただ、ときどき取り出して、指先でなぞる。もし、あのとき想いを伝えていたら、と答えのない問いを胸に抱えながら。


 そんな時に出会ったのがシンイチだった。

 彼を見ていると「自分には届かなかった未来」を重ねてしまう。

 子どもを寝かせているシンイチを、イハラは時々見ていた。この光景が、自分にもあったかもしれない。けれど今はもう、絶対に手に入らない。感情的には巻き込まれすぎてはいけないと分かっていても、シンイチのことは放っておけなかったのだ。


――――――――――――――――――


 和大、イハラ、シンイチの三人は様々な任務を行った。極秘の要人警護や、不穏な組織の潜入・下見……そんな中、新たな任務が入った。


 今回の任務は、誘拐された人質の救出。一番の重要事項は、誰にも知られず人質を保護すること。マスコミはもちろん、誰にも知られてはいけない。警察内部でも、この事件を知っているのはごくわずかだと聞かされた。

 既に犯人の特定もできており、人質の居場所も分かっているらしい。

 人質は10歳の男児、和大たちの任務は人質を安全に保護するだけ。犯人への対応は別の班が行うので、関与しなくていいと説明を受けた。


 集合時間は夜。任務を行う場所は山の中腹にある古びた木造の建物。もとは旬の食材を売りにした小料理屋。数年前に廃業したらしく、看板は外され、庭には雑草が伸び放題になっていた。平屋ながら奥行きのある造りで、建物の中央には20人ほどが座れる畳敷きの宴会場がある。厨房は広く、電気と水道はまだ通っていた。身を潜めるには十分すぎる場所だった。


 和大たちは、集合場所で他の班員と合流した。彼らは突入部隊だと言い、自分たちの後に続いて建物内に侵入し、子供を保護しろと告げられる。ブレーカーが落ちた時が、救出開始の合図だった。 


 三人は渡された暗視スコープを装着した。犯人と人質がいるのは、建物中央にある宴会場らしい。




 


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