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「仮面の崩壊」

 政悟の体調も回復した午後、和大は全員を呼び出した。


「任務は順調に進んでいるだろう? 改まってみんなを集めるなんてどうしたんだ」


 怪訝な顔でイハラが聞いた。政悟も首を傾げている。シンイチと隼斗は神妙な面持ちで、八真人は無反応だ。


「俺から何か言うより、本人の口から言ってもらった方が良いだろう。なぁ、霞さん」

 和大が霞を見た。


「え? 私……ですか?」


「ああ。得意だろ? それらしく喋るの」

 隼斗が皮肉に口元を歪めた。

「恋人のふりも、心配してるそぶりも、ぜんぶ上手だったよな。さっさと吐けよ。洗いざらい」


「……隼斗、どうしたんですか? ちょっと落ち着いてください」

 隣で政悟が小さく口を挟む。


「うるさい!」

 隼斗の声が鋭く跳ねた。

「お前は黙ってろ! 知らずにのんきに信じてたくせに!」


 政悟がわずかにたじろぐ。


 そんな二人の間に霞が歩み寄った。ふぅっと深く息を吐いて、やわらかい声を出す。


「もう……やめてよ。兄弟げんかなんて、こんな時に」


 手を差し伸べるようにして、まるで母親が仲裁するような口ぶりだった。


「隼斗さん、そんな言い方はやめて。あなたはお兄ちゃんでしょ……もっと……」


 しかし、彼女がすべてを言い終える前に隼斗は怒鳴っていた。


「誰がお兄ちゃんだ! その顔でそんな台詞を言うな!」

 隼斗は続ける。

「こっちがおとなしくしてると思って調子に乗りやがって! バカにしてんのか? こっちが何も知らないとでも思ったか?」

 ものすごい剣幕で怒る隼斗に一同はあっけにとられた。


「待て、どういうことだ?」

 事情が呑み込めないイハラが首をかしげる。


「こいつはな、上から送り込まれたスパイなんだよ! 俺たちの仲間になるふりをして行動を逐一監視して、報告していたんだ」 


 隼斗が言うと同時に、霞の顔から笑みが消えた。


「そう――バレてたの。じゃあ言わせてもらうけど、私、知ってるのよ。この顔にそっくりの女が、あなたたちをおいて死んだんでしょ? かわいそうな人たち。いつまでも母親の幻想に縛られて哀れな人たち」


 霞は隼斗に一歩近づいた。ふっと息を吐いて隼斗の顔をじっと見つめる。


「私がこの任務であなたを恋人役に選んだ理由、わかる?」


「は? 知るかよ。他にいなかったからだろ」


「違う。あなたが精神的に一番崩れやすいって判断したからよ」


 隼斗の目が細くなる。


「俺が?」


「ええ。あなたは理屈を通り越して、瞬間的に動く。でもその直感の裏には過去の傷や情がこびりついてる。優しさなんて否定してるくせに、誰よりも早く飛び込んでる。そういう人は、壊すのが簡単。少し踏み込むだけで、深いところまで落ちる」


 隼斗は何も言わなかった。


「もういいだろう。霞さん、俺たちはもうあなたと任務はできない。本部には連絡した。この任務はここで終了だ。悪いが、これから俺と一緒に本部へ行ってもらう」


  和大が立ち上がり、部屋から出るよう霞を促した。霞は何も言わず、ただ頷いた。


 背筋を伸ばして歩き出した彼女の表情には、いつもと同じ仮面のような微笑が浮かんでいた。だがその肩は、かすかに震えていた。

 

 一歩、また一歩と足音が遠ざかっていく。

 彼女は廊下の前でほんの一瞬、立ち止まる。

 何か言いかけたように見えたが、やがて小さく息を吐くと、そのまま家の外へ消えていった。


 残された5人は、誰も言葉を発することができなかった。




 霞の正体が明らかになった後、誰もが何かを言いかけては飲み込み、沈黙が場を支配していた。

 

 その中で、ぽつりとシンイチが口を開いた。

「最初は、俺、反対だったんだよ。霞さん、ちゃんとやってるじゃないか、仲間を疑うなんて良くないってな。でも隼斗が、『何もなければそれでいい』って言うもんだから」


 政悟が静かに問いかける。

「で、何かあったんですか?」


「あったよ。彼女の前の班にいた人間で、俺が訓練所時代に一緒だったやつがいてな。気になって、直接聞きに行ったんだ。最初は黙ってたけど、何度も食い下がったら、ポロッと口を滑らせた」


 シンイチの声が少し低くなる。


「――霞のせいで、班が崩壊した。死人も出た―――ってな。しかも、そいつが見せてくれた当時の写真……顔が今と全然違ったんだ。たぶん、お前らの母親に、似せてる」


 言葉が、音ではなく、重みとして政悟に降りかかる。

 隣で隼斗が動いた気配がしたが、誰も何も言わなかった。


 ただ、シンイチの声だけが静かに続いた。

「彼女、最初は班のみんなに慕われてたらしい。良く気がきくってな。でも気づけば、班長やメンバーを手玉に取って、人間関係をかき回して……。ある任務の時、彼女が起こした行動で計画は失敗、班は崩壊。それなのに、彼女だけ処分されなかった」


 場の空気が凍りつくような沈黙のなか、彼は続けた。


「他の連中は処理班や裏方に異動させられたのに、彼女だけは無傷でうちの班に来た。調べたら、彼女がいた班が解体したのは1つじゃなかった。どうやら彼女は上からの指示で、班の監視・必要とあれば解体させているようだ」


 そこまで言って、シンイチは黙った。


 誰もすぐには言葉を返せなかった。

 シンイチの話が終わったあと、しばらくの沈黙が流れた。


 重い空気を切ったのは、イハラの声だった。


 「どうして俺に黙っていたんだ、シンイチ」

  その声は、抑えていた怒りが滲んでいた。


 「話す機会なんて、いくらでもあったはずだろう。前の任務のあとも、帰り道だって……」


  シンイチは顔を伏せ、かすかに肩をすくめた。

 「……悪い」

 

 その一言だけ。釈明の意図は感じられなかった。

 

 イハラが言葉を続けようとしたとき、隼斗が割り込むように言った。


 「敵を欺くには、まず味方から――って言うだろ。正直、イハラにまで話してたら、霞にバレてたかもしれない。俺たちが警戒してるって」


 言い捨てるようなその口調に、イハラの目が鋭く細められる。


 「つまり、お前たちは、俺は信用できないと思ったってことか」


 「そういう意味じゃない。お前が真面目で真っ当すぎるのは分かってる。だからこそ、迷いが顔に出る。それを見て、霞が気づいたら意味がない」


 隼斗の言葉は理屈が通っていた。だが、それはあくまで合理的であって、誠実ではなかった。


 「それでも、話すべきだった」

  イハラの声は静かだったが、そこに怒りと悲しみが混じっていた。


 「俺は最初に和大と班を作った初期メンバーだ。ずっと、お前たちと同じ現場をやってきた。それなのに――」

 その言葉の先は、彼自身が飲み込んだ。


  本部に報告に出かけている和大の姿はその場になかったが、イハラがちらりと視線を向けて、つぶやいた。


 「和大―――班長は知ってたんだろう?」


  シンイチがわずかにうなずいた。

 「ああ、報告はしてた。あの人なりに、全体を見てたんだと思う」


  イハラは拳を握ったまま、何も言わなかった。

  何に怒ればいいのかも分からず、ただ、自分には「知らされなかった」事実が胸に残った。

 

 政悟が視線を動かすと、八真人は、少しうつむいたまま黙っていた。八真人はもともと無口だ。最初は、それほど気にも留めなかった。

 

 けれど、ふと気づく。

 この話題になってから、彼は一言も口を開いていない。彼も自分とイハラと同様「知らされなかった」一人だ。だが、霞の正体が明かされても、彼はまるで何も驚いていない――まるで、初めから知っていたかのように、ただ黙って皆の会話を聞いていた。


 政悟は、自分と八真人のやり取りを思い出す。

 霞のことを話すたび、彼はいつも同じ言葉を繰り返していた。

「――用心しろ」

それだけだった。何も説明せず、感情も表に出さず、ただ短く。


 政悟は違和感を感じ――それから確信した。そうだ、八真人の反応には、最初からずっと驚きがなかった。むしろ、すべての答え合わせを見届けていたようだった。


 だがそれはまだ、疑いと呼ぶには小さく、けれど完全に無視できるほどには、淡くなかった。


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