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空の色は変化し続ける、ということだけが変化しない。~宵と暁の空~  作者: 来夢創雫
任務「潜入任務007:「信仰の影 潜入の3日間」
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「観察者たちの朝」

 翌朝。

 

 居間には、ちゃぶ台を囲んで6人が座っていた。

 シンイチは妻子のもとに帰っていて、今朝は不在。代わりに霞が加わった6人の朝食だった。

 ちゃぶ台の上には、トーストとゆで卵、インスタントのスープ。

 それでも、誰かが運んできたらしいフルーツや、霞が淹れたという香りのいい紅茶が、いつもと違う空気を漂わせている。


 政悟がパンを咥えたまま、隣に座る八真人に顔を向ける。


「……イチくん、なんか顔がこわいけど。大丈夫?」


 八真人は、視線を霞に一瞬だけ流したあと、政悟に向き直る。

 わずかに口元を崩し、小さく頷いた。


「……いや、なんでもない」


 その返事に、政悟は首をかしげつつも、パンを咀嚼しながら黙ってうなずいた。


 その向かい側、霞は隼斗の隣にぴたりと寄り添っていた。


「はい、隼斗さん、朝ごはん、ちゃんと食べて」


「……俺は子どもか」


 眉をしかめながらも、隼斗は差し出された皿を受け取る。霞はくすっと笑い、冗談めかして言葉を重ねる。


「じゃあ、お兄ちゃん。はい、あーん」


「……やめろ。からかってんのか」


「違うわよ。元気でいてもらわないと、困るでしょ」

 霞の声は、からかい半分、本気半分。

 隼斗が渋々パンをひと口食べるのを見て、すかさず言葉を重ねる。

「どう? おいしい?」

「……ああ」


「朝からアツいですねー」

 やり取りを見ていた政悟が、あからさまに嫌な顔をして言った。


 部屋の中に一瞬、薄い沈黙が落ちる。

 

 和大はスープを啜りながら目を伏せ、イハラは気まずげに曖昧な笑みを浮かべた。

 ――誰も、空気を壊そうとはしなかった。それぞれが別の思惑を抱えながら、朝は静かに流れていった。


 政悟が「先に片づけてくる」と言って台所に立ち去ったあと、一瞬だけ、場の空気が緩んだ。

 

 その隙を突くように、霞が八真人を見た。

 

「ふふ、伊知くんって、朝は無口なのね」

 微笑をたたえたまま、紅茶のカップを口元に運ぶ。


「……もともと、しゃべる方じゃないので」

 八真人の返答は素っ気ない。けれどその目だけは、霞の表情を正確に測っていた。

 無邪気を装った声色。わざと他の誰かにも聞こえるように話す、軽い調子。

 それでいて、視線だけは鋭く、ひとつも笑っていない。


 霞はわざと隼斗の食器に手を添えながら、続ける。

「職場実習はどうだった? いろいろと社会勉強になった?」


 八真人は目を細めた。

「あなたは、朝からよく喋りますね」


「だって、同業者に会う機会なんて、そうそうないもの」


 その言葉に、八真人の視線がわずかに揺れた。次の瞬間、和大の声が割って入る。


「あ、そうだ、政悟、蛇口ひねりすぎるなよ! 最近調子がおかしいんだ!」

 その場に流れる、また別の会話。


 霞も八真人も、表情を変えずにそちらへ向き直った。一瞬のやり取りは、他の誰にも気づかれないままだった。


 静けさの中、霞は何のためらいもなく、隼斗の方へ身を寄せた。

「あら、隼斗さん、ネクタイ、少し曲がってる。動かないで……はい、いいわよ」


「……自分でやるから、触るな」

 隼斗はわずかに身を引きながら、眉間に皺を寄せた。霞は怯むどころか、むしろ楽しそうに笑う。


「照れ屋さん」


「いや、違う。……距離感を守れって言ってるだけだ」

 ピシャリと言い放たれた言葉に、霞は一瞬だけ表情を止める。

 が、すぐにまた笑顔を貼りつけて「意地悪ね」と囁いた。


 ――そのやり取りを、イハラは黙って見ていた。

 スープを啜るふりをしながら、視線だけで隼斗と霞を観察する。


 (隼斗のやつ……慣れてないな)


 隼斗の肩がごく僅かに強張っているのを、イハラは見逃さなかった。無関心に見せているが、内心は明らかにうんざりしているのがよく分かった。


 (しかし、こんな空気の中でよく笑ってられるな、彼女……まぁ、男ばかりの中でいろいろと気を遣っているんだろう。けなげだな……)


 「隼斗、モテモテですねー」


 紅茶のお代わりをと席を立った霞と入れ替わりに、居間に戻ってきた政悟がわざとらしく声を伸ばして言った。和大が苦笑いをし、イハラはスープを啜る音で誤魔化した。


 隼斗は無言で政悟の方をにらむ。

「茶化すな」


「だって、こんなに構われて、拒否してないし? もしかして、照れてるんですか?」

 政悟の声は軽い。けれど、その目だけはどこか冷めている。

 隼斗はわずかに身を屈めて、政悟にだけ聞こえる声でぼそりと呟いた。


「……朝からめんどくさい女にまとわりつかれて、うんざりしてるだけだ」


「なら、もっとちゃんと断ったらどうです?」

 政悟は小声で返す。その口調には、珍しく皮肉が混じっていた。

 隼斗が一瞬だけ政悟を見やったが、すぐに視線を逸らした。


「……任務の都合もある」


「ふーん。そういうことにしておきますよ」

 政悟の目には、どこか釈然としないものが残っていた。


 戻ってきた霞が

「私、台所を片づけてきます」

 そう言って食器を手に取ったとき、背後から声がかかった。


「手伝いますよ」

 イハラだった。


 霞が、ほんの一瞬だけ動きを止める。その視線が、肩越しにゆっくりと彼を振り返った。

「……あら」


 微笑んではいるが、わずかに、ほんのわずかにだけ目が揺れる。イハラはにこやかに言葉を続けた。


「霞さんが一人でやるのは大変でしょう」


「ありがとう。助かります」

 霞はもう一度微笑んだ。


 その笑みは自然だった――けれど、八真人は黙ってそれを見ていた。

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