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空の色は変化し続ける、ということだけが変化しない。~宵と暁の空~  作者: 来夢創雫
任務「潜入任務007:「信仰の影 潜入の3日間」
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「選別の儀式~セミナー潜入3日目①」

隼斗と霞は今日も、施設の奥にある特別棟へと案内されていた。


 食材にこだわった朝食の後、「内観」と名付けられた軽い瞑想セッションが行われた。参加者たちは円になって座り、講師の言葉に合わせて呼吸を整えていく。

 霞は穏やかな顔で目を閉じていたが、周囲の様子には意識を向けていた。前方に座る幹部の男が、何度かこちらに視線を送っているのを感じる。


 終了後、昨日の幹部が声をかけてくる。


「羽瀬川さん。やはりあなたは、他の参加者とは明らかに違う……。次の段階に進むことを考えてみては? 選ばれし者として」


 霞は一瞬考える素振りを見せるが、あくまで柔らかく返す。


「私はまだ、自分の何を選ばれたのか分かっていないんです。だから、もう少しだけ、考えさせてください」


 幹部は満足そうに笑った。

「では、またお話ししましょう」


 一方その頃、隼斗はトイレを口実に、昨日呻き声を聞いた区画に再び足を踏み入れていた。

 前日と同じ廊下の突き当たり。赤ランプは点灯していない。

(空いてる……?)


 無音のまま、隼斗はノブをゆっくりと回す。中には誰もいなかった。窓もなく、簡素なベッドと棚があるだけの殺風景な部屋。だが、棚の引き出しには「違和感」があった。

使用済みの拘束具。色あせた薬品リストには向精神薬・鎮静剤の名前が並んでいる。

誰かの私物らしき古びたスニーカー、空のバッグ……

隼斗は一つひとつを記憶に刻みつけるように見つめ、扉の外の気配に耳を澄ませた。

(長居は危険か)

そして何もなかったように部屋を後にした。


 午後は「選ばれし者だけが進める特別なワーク」へと進んでいた。

 照明が落とされ、壇上に立つ講師がゆっくりと手を広げる。


「これより、内なる目覚めの儀式を始めます」

 参加者たちが一斉に姿勢を正す。誰もが緊張し、次の動きを講師の指示に委ねていた。


「まずは、感謝の証をこの箱に――ご自身が最も大切にしている象徴を納めてください」


 壇上に置かれた金属製の箱。その前に、列ができる。

 動きが止まる中――霞が、迷うことなく立ち上がる。

 バッグから小さな封筒を取り出し、それを箱に納める。

 その一連の動きに、隼斗はごくわずかに眉をひそめた。

(……早いな)

 他の参加者たちは、何を納めるべきか戸惑っている。

 「象徴って何?」「財布でいいの?」「この指輪とか……?」と、ささやき合いながら立ち尽くしているというのに、霞はすでに戻ってきていた。

 しかもその表情には、わずかな迷いもない。

 

 さらに、次のステップでも同じことが起きた。

「これから自己を開く宣言を一人ずつ行っていただきます」


 進行役がそう言ったとき、会場にざわめきが走る。誰が最初になるのか、誰がどう話すのか――その迷いが支配するなかで、またしても霞が静かに席を立った。


「……私からでいいですか?」


 進行役が驚いたように目を見開くが、すぐに頷いた。

「もちろん、どうぞ」


 霞は中央に立ち、落ち着いた声で話し始める。


「私はこれまで、どこかで与える側でいなければならないと思ってきました。でも今は――与えられることの意味も、少しずつ分かってきた気がします」

 その言葉は、いかにもこの場にふさわしい内容だった。


 壇上から戻ってきた霞に、隼斗はぽつりと呟いた。

「……なんで、そんなに迷いがないんだよ。まるで手順を知ってたみたいだな」


 その声に、霞は意味ありげに微笑んで見せた。

「慣れてるから、かしら」


夕刻。

セミナーを終えた参加者たちはロビーのような大部屋に集められている。


「自分のなかに、他人を赦せない子どもがいるって話、あれ、すごく刺さって……」

「おふたりも、何か気づきましたか?」


 桂木崇と妻の千晶が目を細めて話始めた。霞は微笑みながら頷くだけで、何も言わない。


「でも羽瀬川さんって、なんか……ちょっと警戒されてる気がして、怖いなぁ」

 千晶が唇に笑みを乗せたまま言ってくる。


 それを聞いた隼斗が口を開きかけたとき――


 突然の警報に、部屋中の空気が一変する。


「えっ、なに?」

「火事?」


 扉の外から、焦げたような臭いが漂ってきた。


 赤い警告ランプが明滅し、スタッフが「こちらです! この階段を使って!」と叫んでいる。

数名の参加者が悲鳴をあげ、動揺の波が広がる中――


「大丈夫です!こちら、避難ルートは安全が確認されています!」

 堂々とした声が響いた。


 見れば、桂木 崇が両手を広げて参加者の先頭に立ち、スタッフと一緒に誘導を始めていた。


「怖がらないで。これはきっと本当の自分を知る試練なんです。私たちはこの困難を乗り越えられる。皆さんで乗り越えましょう」

 彼の言葉に、不思議と何人かが落ち着きを取り戻す。


 霞はその光景を見つめながら、小さく呟いた。

「仕掛けてきたわね。全員を目撃者にした、なるほど」


 隼斗は煙の濃度と流れを観察し、低く吐き捨てる。

「煙突が逆流してるだけだ。火災じゃない。演出だ」


 避難後、参加者は再び別のホールに集められた。

 壇上には幹部が立ち、静かに語り出す。


「皆さん、本日はご不安をおかけしました。ですが……これは、決して偶然ではありません。恐怖を前にして、あなたは何を感じ、何を選んだか――それが選ばれし者の証となるのです」


照明が落ち、スポットライトが壇上を照らす。

静寂のなか、幹部が手元の名簿を開いた。


「……八神 湊 様」

「羽瀬川 芽衣 様」

「桂木 崇 様」

「桂木 千晶 様」


 参加者の間にどよめきが走る。


 それぞれ名前を呼ばれた者たちは、一歩前へ出て、スタッフに導かれていく。


「選ばれなかった方々は、どうかご安心ください。これはあなた方の準備が整っていないというだけ。次の機会に、またお会いしましょう」

 そう言って、スタッフが優しく退所の案内を始める。

名残惜しそうに後ろを振り返る人、涙ぐむ人――それぞれが部屋を後にした。



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