「偽装の初日~職場実習1日目①」
翌日
「高校生の職場体験って。僕、もっとカッコいい任務がよかったなあ」
政悟は寝転がったまま、天井にぼやいていた。ちゃぶ台では、八真人が黙々とPCの画面をスクロールしている。
政悟が何を言っても、いつものように無反応。
「ねぇイチくん、これ、どうしたの?」
政悟は近くに置かれた、畳まれたままの作業服を手に取った。
「まさか本物?」
「貸し出し用を手配した。入退室のICカードも複製した。隙を見て忍び込む」
「さすが、完璧。仕事が速いね」
政悟は半ばあきれながら、作業服を眺めた。
「なんか、これ着ておとなしく仕事してたら、もう戻ってこれなくなる気がする」
「それが理想だ。疑われるな、目立つな、余計なことをするな。上手く溶け込むんだ」
「はいはい」
八真人は反応を示さず、別のファイルを差し出した。
施設周辺の地図と、搬入スケジュール、スタッフの顔写真が整然と並んでいる。
「え、待って。これ全部覚えるの?」
「そうだ」
「うっわ」
政悟はうなだれながらも資料に目を通し始めた。
しばらくして、不意に手が止まる。
「ねぇ、イチくん」
「何だ」
「中学のとき、職場実習どこに行った?」
政悟がふと思い出したように問いかけると、八真人は手元の資料を片付けながら短く答えた。
「銀行だ」
「うわぁ、ぴったりすぎるね」
政悟はにやりと笑う。
「なんか黙々と、お札数えてそう」
「実際には触らせてもらえなかったけどな。代わりに帳簿の整理と、窓口対応のマニュアルを延々読まされた」
八真人は淡々と答える。
「でも、黙々とやる作業は嫌いじゃない。それに――銀行強盗を撃退するシミュレーションなら、好成績だった」
「……え、なにそれ」
政悟が一瞬きょとんとしたあと、吹き出す。
「イチくん、それもう職場実習の範囲を超えてるよ」
「で、お前は?」
「僕はホームセンターだったよ。いろいろな工具とか、ねじとか、便利グッズとかあって楽しかった。パートの人たちも、みんな親切だったし」
「まぁ、そうだろうな」
ふっと口元が緩んだかに見えた八真人の顔を見て、政悟も微笑んだ。
そのとき、廊下から足音が近づき、白いワイシャツにスラックス姿のイハラが姿を見せた。
「おい、そろそろ行くぞ」
「はい」
外に出たイハラは、服装とは合っていないラフなスニーカーを履いていた。その姿が、どこから見ても『教師』にしか見えない。
「イハラさん、すっかり先生みたいですね」
政悟が言うと、イハラは眼鏡を押し上げながら口をとがらせた。
「みたいじゃなくて、先生だ。ちゃんと先生と呼べ」
「はぁい、先生」
政悟はどこか楽しげに返事をしながら、イハラの後ろにぴょこぴょことついていった。
その背中を見送りながら、八真人も無言のまま歩き出す。
職場実習――とは名ばかりの、緊張と探りの3日間が、静かに始まろうとしていた。
――――――――――――――――――
建物の外観は、倉庫とオフィスを組み合わせたような中途半端な作りだった。隼斗と霞、そしてシンイチがいる建物とは、ほんの数10メートルの距離だ。
倉庫の外壁には大きな企業ロゴと、「人に優しい暮らしを、あなたとともに」の標語が掲げられている。
事務所のドアを静かに開くと、思わず政悟は一瞬、足を止めた。入口には観葉植物が配置され、壁紙は淡いベージュ。清掃が行き届いていて、ほこりひとつない。
3人の姿を確認した受付の女性が笑顔で頭を下げ、澄んだ声で挨拶をくれる。
「職場実習の学生さんですよね。今日はよろしくお願いします。こちらへどうぞ」
受付を抜けて案内されたのは、細く長い廊下。その先にグレーのドアがあり、3人は倉庫内に入った。倉庫内には軽作業場が広がっていた。作業姿のスタッフたちが、静かにパッケージに商品を詰めたり、伝票を貼ったりしている。
その一角に設けられた小さな応接スペースで、3人は短い面談を受けた。
「初日は見学が中心です。安全第一で、簡単な作業や雑用をお願いする予定です」
「はい、よろしくお願いします」
イハラが頭を下げ、政悟と八真人もそれに倣った。
「なんか緊張しますね」
ごまかすように笑いながら、政悟はふと横を見る。
八真人はずっと無言で、資料の隅にメモを取り続けていた。
この場所は確かに「会社」だった。だがその奥に、もっと深くて重い何かが、静かに横たわっている――そんな気配があった。
作業場の見学を一通り終え、3人は休憩の時間を与えられた。
休憩室で、政悟は出された紙コップの麦茶を手に、ぽつりとつぶやいた。
「……隼斗、大丈夫かなぁ?」
「隼斗さんがミスするとか、ありえないだろ。何が心配なんだ」
八真人が首を傾げる。
「イチくん、わかってないなぁ」
政悟は麦茶をぐるぐる回しながら、わずかに唇を尖らせた。
「あの人だよ、霞さん。隼斗が、女の人と一緒に任務なんて、できるのかなあって思って」
「ああ、なるほど」
八真人がようやく合点がいったようにうなずいた。
「確かに、隼斗さんは女性というカテゴリに、過剰反応していたな。任務に支障が出る可能性は――」
「イチくん、支障って言っちゃってるよ……」
政悟は思わず笑いながら、ふっと表情を緩めて続けた。
「いや、ほんとに。霞さんってたぶん、優しいけどちょっと怖いっていうか……」
「確かに心配だな」
と、いつの間にか背後に立っていたイハラが静かに言った。
「そもそもあの二人は恋人を装って潜入するんだ。あの隼斗が……恋人、だぞ? まぁ、お前たちも気を抜くなよ。俺はこれで帰る予定になっている。近くで別作業をしているから、何かあればすぐに連絡しろ」
「はい」
二人は顔を見合わせてしっかりと頷いた。




