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空の色は変化し続ける、ということだけが変化しない。~宵と暁の空~  作者: 来夢創雫
任務「潜入任務007:「信仰の影 潜入の3日間」
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「微笑みの来訪者」

 今日は朝から騒がしい。


「なんだよ。朝からうるせぇな」


 二階で寝ていた隼斗が不機嫌な顔で階段を下りた。彼の目に飛び込んできたのは、普段なら物が置きっぱなしの玄関に広がる雑巾とモップ、そして掃除機のコードが這う居間だった。

 キッチンでは、政悟がシンク下の収納から何かを取り出している。奥の部屋にはゴミ袋が大量に積まれていた。


「和兄さんが朝6時から急に掃除を始めたんです。いつも使ってないほうの和室まで。ほら、隼斗も早く手伝ってください」

 政悟が顔をしかめて言った。


 廊下では、和大が腕まくりをして掃除機を動かしている。明らかに本気のやつだ。


「俺たち、昨日も任務だったろうが」


 ぶつぶつ言いながら隼斗は座り込み、カーテン越しの朝の光に目を細めた。


 その時、短く玄関のチャイムが鳴った。政悟が来客者を確認し、ドアを開けると朝から呼び出された、シンイチ、イハラ、八真人が挨拶もそこそこに家の中へと入っていった。


「おいおい、どうした? 引っ越しでもするのか?」

 シンイチが笑いながら靴を脱ぐ。


「まだ年末の大掃除時期じゃないだろ」とイハラが続く。


「この家、大掃除なんて絶対にやってないですよね」

八真人が淡々と言うと、


「ちょっと、イチくん失礼じゃない? まめに掃除してたら大掃除は必要ないの!」

 政悟がムッとしながら雑巾を振り回した。


「やっぱりやってないんじゃないか……」八真人は小さな声で言った。


「なぁ、任務の話じゃないのか? 何、これって俺たちも手伝うの?」

 不満そうな顔でシンイチは家の中を見回している。



「ああ、みんな揃ったか。じゃあ集合」


 和大が掃除機を止め、みんなを居間に呼んだ。


「今回の任務なんだが、長期間かつ大がかりだ。ある施設に潜入する」

 和大の声が静かに響く。


「潜入?」

 隼斗が眉をひそめる。


「対象は某宗教法人の施設だ。政治家も多額の献金を受け取っていて、下手に手を出すと、こちらが潰されかねない。関連団体や信者個人が宗教法人の代わりに金を出して、政治家を支援している。その見返りに、多少のグレーな行為は見逃してもらえるってわけだ」


「なるほどな。表じゃ立派な宗教法人って顔して、裏で信者を使い潰してるってわけか。厄介なんだよ、こういう連中は」

 和大の言葉に隼斗が相槌を打つ。


「ああ、だからこそ、確かな証拠を押さえる必要がある」


 資料が一枚ずつ配られる。イハラが眼鏡越しに目を細め、ページをめくる。

―――表向きは、社会貢献に熱心な団体。政治家も後援し、講演会では感謝状が並ぶ。

だが、表には出ない死者がいる。告発できない被害者もいる。それでも、法は何も見なかったふりをする。「信仰の自由」の陰に隠れたその場所は、真っ黒ではない。だが、決して白でもない――

イハラには、それがいちばん質の悪いグレーに見えた。


「これ……本当に宗教か?」

 シンイチがぽつりと呟く。


「実態はほぼセミナー商法と洗脳だ。会員には不審死も多くてな。だが、外からの告発では動けない。中から情報を持ち出す必要がある」


「……それで、誰が潜入するんです?」

 政悟の問いに、和大が視線を巡らせた。


「潜入には男女ペアが必要らしい。そこで、本部から女性を一人紹介された」


「……女?」


 一瞬で空気が変わった。ざわつき、視線が和大に集中する。


「彼女がいた班は任務中に死傷者が出て、解体されたようだ。今回の任務はお試し期間で、上手くいけばそのまま、うちの班に入ってもらう形になる」


「で、その女はどこにいるんだ?」と隼斗。


「明日、連れてくる」

 和大が答えると、


「だから掃除をしてるのか。このむさくるしい男所帯に女が来るから」

 納得したようにシンイチが頷いた。


「いや、まぁ、そんなところだ」


「班長は彼女に会ったんですか?」

 政悟が聞いた。


「ああ、面接を兼ねて一度」


「どんな人?」


「ええと……まあ、明日会えばわかる」

 言いよどむ和大の頬がわずかに赤い。


「美人だな」と隼斗。


「美人なんだろう」とイハラ。


「班長の好みってどんな人なんだ?」とシンイチが茶化す。


「お試しってことは、合わなかったら加入しないってことなんですよね」と政悟。


「美人って、誰基準ですか? どこからが美人なんですか?」

 八真人がまっすぐに問いかけたところで、


「もう、イチくんは黙って!」

 政悟がぴしゃりと言った。

――――――――――――――――――


翌朝――。

 天気は快晴。けれど、家の中には妙な緊張感が漂っていた。


 掃除の余韻が残る居間では、政悟が朝食の後片づけをしており、イハラは新聞を読みながら珈琲をすすっている。シンイチはぼんやりと窓の外を見ていた。八真人は正座して読書をしており、隼斗は黙ってナイフを研いでいた。


 チャイムが鳴る。


 その瞬間、皆がわずかに反応した。


「来たな」と、和大が立ち上がる。


 玄関に向かう背中を見送りながら、居間の空気はわずかに引き締まった。


 数秒後――。


 和大の声が聞こえる。


「こちらです。どうぞ」


 足音が近づく。

 そして、現れた。


 彼女は、淡いベージュのトレンチコートを羽織り、肩までの栗毛を緩く巻いていた。品のある雰囲気で、穏やかな微笑みをたたえている。

 目元には柔らかい光があり、それでいて、誰にも見せない鋼の芯が潜んでいそうな気配もあった。


「霞です。本日から、どうぞよろしくお願いします」


 静かな声だった。張り上げるでもなく、気弱でもなく、ちょうどいい距離感。

 一瞬、誰もが言葉を失った。


「ああ、どうも」

 シンイチが唸る。


「なるほど」

 イハラが呟いた。


 政悟は挨拶しようとして、彼女と目が合った瞬間、言葉が喉に引っかかる。

(あれ……?)

 何かが、どこかで、引っかかったような感覚――。けれど思い出せない。


 隼斗は何も言わない。


「初めまして。伊知八真人です」

 八真人は立ち上がり、深く頭を下げた。


「まぁ、適当に座ってください。むさくるしいところで申し訳ないですが」

 和大がその場を仕切った。


 居間の中央に据えられた、年季の入ったちゃぶ台は、7人が囲んでもまだ余裕のある大きさだ。少し歪んだ脚は古びているが、磨かれた天板は意外に艶があり、過去の誰かの生活の気配が残っている。


「早速だが、まずは霞さんと隼斗の二人に現地へ先行してもらう」

「問題ないです」


 霞があっさりと頷く。が、隼斗は小さく舌打ちした。


「何で俺が女とペアなんだよ」


「おいおい、隼斗は任務を選り好みするのか? 変わるチャンス到来かもよ」

 シンイチが笑いをこらえながら茶々を入れる。


「うるさい」


 隼斗が資料でシンイチの頭を軽く叩くと、政悟がにやりと笑った。


「デート任務かあ。いいなあ。僕も行きたいな」


「ガキは黙れ」


 和大がまぁまぁと言いながら隼斗をなだめる。


「政悟、お前と八真人は関連会社への潜入だ。高校生の職場実習を装って内部情報を探れ」


「職場実習……ですか?」

 政悟は八真人と顔を見合わせた。


「ああ、企業の帳簿に不審点が多い。金の流れを掴みたい。あと、信者から奪った権利証の類の確認もしたい。高校生にしては危険だが、お前たちならやれる。イハラは二人のサポートに回れ」


「了解」

 イハラが淡々と答えた。


「シンイチ、お前は隼斗たちの支援。車両、通信、必要なら武器の準備も」


「了解。また車中泊か?」


「覚悟しろ」

 和大の即答に、小さな笑いが漏れた。


「俺は全体を把握して指揮をとる。何かあればすぐ報告しろ。――これは単なる潜入ではない。誰か一人でも疑われたら、全員が危険に晒される。肝に銘じろ」


 空気が引き締まる。


「以上だ。各自、準備にかかれ」


「わかったよ」

 隼斗は視線を逸らしつつ、ちらりと霞を見る。


 霞はその視線に気づいているはずなのに、微笑んだまま何も言わなかった。


 視線を合わせないまま隼斗は、黙って支度のために部屋を出ていった。


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