「遺恨の余白」
数日後。
兄弟3人の空気がぎこちないまま、任務は開始されていた。場所は深夜の廃工場。辺りは静まり返っていた。風にあおられた鉄板が、ギイギイと音を立てて揺れている。
「突入開始」
通信に乗った和大の声が、チームの耳に届いた。
隼斗はシンイチと並び、工場の正面から侵入し、八真人がその後に続く。政悟は屋上からスコープをのぞき、イハラは工場外の車両で電波の妨害状況を確認していた。廃材の山を越えて、薄暗い通路を進む。
「……人の気配、ないな」
シンイチが囁く。
「いる。奥だ」
隼斗の声は低く鋭い。足音を殺して進みながら、壁に手をつけ、角をゆっくり曲がった。
その瞬間――
『バンッ!』
至近距離から銃声。
コンクリに弾が弾け、隼斗の肩が反射的に引いた。
四方から複数の男たちが飛び出してくる。
「クソッ、囲まれた!」
シンイチが壁に伏せ、すぐに応射する。だが、隼斗の位置は孤立していた。
横に遮蔽物がない。正面、右、左、三方から狙われている。
「……やられる……」
隼斗自身もそう感じた一瞬。
『パンッ』
乾いた音が響いた。敵の一人が、音もなく後ろへ倒れた。
『パンッ』
もう一人。正確無比な弾丸が、次々に男たちの武器を撃ち落としていく。
「狙撃だ。屋上に誰かいる!」
男たちが叫び、散る。隼斗は瞬時に背後へ跳び、鉄骨の柱の陰に滑り込んだ。肩にかすり傷。血は出ていたが、命中はしていない。
「助かった……」
思わずつぶやく。
『隼斗さん、まだ一人残っています。8時の方向、ナイフを持っている』
八真人の冷静な声がイヤーピースに届いた。隼斗が動きを止めると同時に、最後の男が背後から飛びかかった。
その刹那――
『パンッ』
ナイフごと、その腕が弾き飛ばされた。
「クリア」
政悟が告げた。
「班長、屋内の制圧完了。銃器も押収」
イハラの落ち着いた報告が無線に入る。
『よし、全員退避。合流地点へ向かえ』
和大の声に、ほっと息をつく隼斗。左腕は痺れていたが、まだ動く。
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任務は滞りなく終わったように見えた。
だが、その裏で交わされた視線も、感情も、まだ何一つ解決してはいなかった。
兄弟3人の車内の空気は重い。隼斗は助手席、和大が運転席。政悟は後部座席で窓の外を見ていた。
「さっきは、助かった」
ぽつりと、隼斗が言った。
「和兄が最初に撃ってくれなかったら、後ろからやられてた」
「助けるのは当たり前だろ」
和大の声は淡々としていた。
「……説教されると思ってた」
「疲れてるだけだよ。説教する気力もない」
ふと、ミラー越しに政悟と目が合った。政悟はほんの少しだけ、目を伏せた。
「僕はわかってますよ」
政悟がぽつりと呟いた。
「和兄さんが……父さんのこと、他人だなんて思ってないってこと」
和大はハンドルから手を離さず、ただ前を向いたまま言った。
「俺はお前たちを、ずっと本当の弟だと思っている」
その言葉に、政悟は少しだけ表情を緩めた。
「それなら、よかったです」
「いや、俺はまだ……引きずってるから……あれは、俺が悪かった」
隼斗が助手席の背もたれに頭をもたせかけ、ポツリとこぼした。
「いいえ。僕が悪かったんです」と、政悟。
「いや、俺が……じゃあ、みんな悪かったってことにしとこう。そうすりゃ、誰も責めずに済むから」
和大が、ふっと笑った。
その夜、久しぶりに3人が同じテーブルを囲んだ。夕飯は冷凍の唐揚げと、カップ味噌汁と、コンビニのサラダ。箸がそろって動く音が、今は妙に心地よかった。
「でもな、父さんが死んだことは……あいつは……やっぱり、許せない」
隼斗が言った。彼は続ける。
「それでも……たぶん俺は、俺たちは、ちゃんと生きていかないといけないんだろうなって、思った」
政悟は頷いた。そして言った。
「怒っても、恨んでも、父さんは帰ってこないんですよね……」と。
和大は何も言わず、黙って2人の話を聞いていた。けれどその手が、いつもよりゆっくりと箸を動かしていた。




