「沈黙の標的」
作戦会議の後は誰も口を開こうとしなかった。
ただ任務の重さが空気を圧し潰していた。
曇天の下、目的の島は静まり返っていた。海風が吹き抜けるたび、木々のざわめきがかすかに耳に届く。いつもなら襲撃する場所は多くても二か所までだ。だが、今回は違った。対象者は一か所にいるわけではなく、島の至る所にある家の中にいると言う。
任務は島に潜んでいる諜報員の殲滅。家は全部で9軒、対象人数は40名。大人、子供関係なく全員を射殺。彼らは大きなテロ事件を企てているという。テロが実行された場合、この国は未曽有の大惨事になる。その前に全員を殲滅せよとの命令が出ていた。
政悟はふと一人の男に目を留めた。集まったメンバーの中に警察官の制服を着た大柄な男がいる。制服姿の彼は明らかに浮いて見えた。彼以外の人間は上下黒ずくめの格好で、目出し帽を持っていた。
「あんた、何で警察官の制服なんて着てるんだ。動きにくいだろう」
隼斗が思わず注意をすると、男は首をすくめた。
「俺、こんな任務は初めてで、気合が入っているんです。でもそうですよね、着替えて来ます」
陽の昇らない夜明け前、任務は想定よりも早く終結した。抵抗はほとんどなかった。
島民たちは武器を持たず、ただ逃げ回っていたのだ。
島は静かに沈黙したまま、血の気の引いた空気だけが、あとに残った。
「僕と同じ年頃の子供がたくさんいましたね。彼らは一体、何者だったんでしょう? 本当に諜報員だったんですかね。誰一人、武器を持っていなかったし、あっさりと片付きましたよ」
政悟の声は落ち着いていたが、その瞳の奥に揺れるものがあった。
島の風景、子供たちの目線――いくつもの断片が脳裏に焼き付いている。
「さあな、俺達はただ指示された任務をこなすだけだ」
「そう言えば、子供が二人ほど逃げたんです。どうも撃ち損ねた人がいたみたいで。その人、警察官の階級章も失くしたらしいんですよ。なんであんな人が今回のメンバーに選ばれたんでしょうね。今回は腕の立つ精鋭を集めたって和兄さんは言ってたけど、あの人が腕の立つ精鋭だとは思えません。一人で興奮していたし、変な人でした」
「ああ、確かに使えない奴がいたな」
隼斗は制服を着た大柄な男を思い出した。人懐っこく話しかけられたが、男の目は笑っていなかった。
「逃げた子供は隼斗がいた方向へ行ったと思うのですが、ちゃんと始末しました?」
「そんなガキ知らねぇな。見てないよ」
「そうですか」
政悟はそれ以上、何も聞かなかった。
逃げた子供は知っている。隼斗が逃がしたのだ。
―――草むらの陰から、不意に人の気配がした。隼斗が銃を向けると、そこにいたのはまだ十代の少年だった。ほんの一瞬、目が合う。子供の目が警戒と恐怖と、言葉にならない問いで満ちていた。
まず隼斗の目に入ったのは飴色の髪の毛。武器は手にしていない。年のころは政悟と同じ位かもう少し幼く見える。目の前の子供は髪型も背格好も弟によく似ていた。
子供は恐怖に満ちた顔で隼斗を見ていた。なんだ、似てねぇなと隼斗は思った。政悟は絶対にこんな怯えた顔はしない。
ふと見れば、彼の傍らに黒髪の女の子がいた。怯えている彼とは対照的に、彼女は敵意を込めた鋭い眼で隼斗を睨み付けていた。
「ねぇ、どうしてこんなことをするの? あたし達が何をしたの?」
はっきりとした声で女の子が言った。隼斗は無言で銃を構えた。全員殺せと命令がでているのだ。彼はいつも躊躇せず命令を実行していた、相手が子供でも容赦はないはずだった。
隼斗が二人に銃口を向けると同時に、政悟によく似た彼は、女の子の手をしっかりと握りしめた。そして震えながら隼斗の前に立ちはだかった。彼の目は相変わらず怯えていて、政悟には似ていなかった。それでも、必死に彼女を護ろうとしている姿を見た瞬間、隼斗の中で何かが動いた。似ていないと思った彼の姿が不意に弟と重なったのだ。似ていないのに、何かが似ている。
隼斗は彼が守ろうとしているものを、自分が奪ってしまうことに初めて躊躇した。
隼斗は銃を下ろし、ゆっくりと口を開いた。
「このまま振り向かずただ走れ。島の突きあたりに崖がある。そこから飛び降りろ。運よく海に飛び込めたら助かるかもしれない。お前たちを殺す理由は、俺も知らない。もしも生き延びたら自分で見つけろ。早く行け、5秒待ってやる。行かないと撃つ」
女の子がひゅっと息をのんだ。そして、まだ何かを言おうとしたが、
「行こう、レイラ」
男の子は女の子の手を引き、駈け出した。風が強まった。潮の匂いが鼻をついた―――。




