「絆の裏側」
和大、イハラ、そしてシンイチ──。
この三人は、班の結成当初からともに任務に当たってきた仲間だった。和大・隼斗・政悟の兄弟とはまた異なる、言葉にしがたい結束があった。
ある日の夕方、くだんの一軒家にいるのは政悟とシンイチ。
「おっ、宿題か。偉いな、政悟」
ちゃぶ台にノートや教科書を広げている政悟を見て、シンイチが声をかける。
「テストが近いんです。シンイチさん、数学って分かります?」
「えっと……それはイハラに聞いてくれ。俺、数学は苦手なんだよ」
シンイチは苦笑いしながら、徐に銃器の手入れを始めた。政悟は気まずそうな顔で話題を変えた。
「シンイチさんって銃器に詳しいですよね? ここに入る前はそういった仕事をしていたんですか?」
「いや、俺はただのミリタリーオタクさ。10歳位からジュニアでサバゲ―にも参加して、結構凄腕だったんだぞ。勉強はそっちのけで、戦略やエアソフトガンの研究もして、いつの間にか銃や軍事全般にも詳しくなったんだよ」
そこまで言ってから、シンイチはふっと笑う。
「でもな――本物の銃を撃った時は、さすがにビビったよ。音も衝撃も桁違いでさ。構えはサバゲーで慣れてたけど、指が震えて引き金がまともに引けなかった。頭でわかってても、身体がついてこないんだよな……あの感覚は今でも覚えてる」
語尾に静かさが残る。
政悟は、少しの間だけ目を伏せてから、ぽつりと呟いた。
「……でも、乗り越えたんですね」
シンイチがちらと視線を向ける。政悟はその目を真正面から見返し、言葉を継いだ。
「知識だけじゃ、命は守れない。でも、知識がなければ、守る術もない。僕は、どっちも持ってる人が羨ましいです」
それは、素直な敬意だったが、あくまで淡々としていた。照れも、持ち上げる意図もなく、ただ、思ったことを口にしただけ。
シンイチは苦笑を浮かべた。
「まぁ、それより、お前たち兄弟三人とも全然似てねえよな。普通は、もうちょい似るもんだろ。ほら、どんなに理不尽な命令でも、班長は大人の対応で受け止めるし、隼斗は男らしく受けとめる。それで、お前はいつも無反応ときてる」
「そうですかね」
政悟は首を傾げた。
和大と隼斗が兄弟だと聞けば、聞いた全員が『正反対だな』と言う。どちらも強いが、玄武岩のようにどっしりと構えている和大に、鋭利な刃物のように歯向かうものを容赦なく切り捨てる隼斗。
「まぁ、どっちも強ぇって点は共通してるけど」
シンイチが口の端を上げた。
「確かにそうですね」
政悟も思わず笑みをこぼす。その笑顔を見たシンイチは一瞬、目を丸くした。
「おいおい、お前が笑うなんて珍しいな……って、笑うと余計に可愛いんだな。……あ、悪い、可愛いとか言われんの、嫌だったよな?」
政悟の整った容姿は、よく『かわいい』と言われた。学校でも、任務先でも。だが本人はもう慣れてしまっていた。
「いえ、もう慣れましたから。それに、班長と隼斗は血が繋がっていないので、似ていないのは当然かと。でも班長の家族がチームにいるのって、やりづらいですよね? すみません」
政悟は少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「俺は別に気にしてないさ。ただ──イハラはどうかな。あいつ、政悟のことは気に入ってるみたいだけど、隼斗とは相性が悪いんだよな。この前の京都だって、いろいろあったみたいでさ……」
「そうだったんですか……何があったんです?」
「……あ、いや、悪い。今のは聞かなかったことにしてくれ」
シンイチは少しバツが悪そうに苦笑いし、話題を変えた。
「なぁ。俺、実は息子がいるんだ」
「えっシンイチさんって、結婚してたんですか?」
驚きだった。政悟は、班員は全員独身だと思い込んでいたのだ。
「まぁな。で、班長から政悟を迎えたいって話があった時、最初は反対だった。俺なら息子にこんな事、絶対させたくないと思ったから。政悟、お前は後悔してないのか? ここに来たこと」
「全然、してません」
政悟は静かに、でもはっきりと言った。
「僕、ずっと思ってたんです。兄さんたちと、同じ世界を見てみたいって。家族って、綺麗事だけじゃない。大変なことばかりです。でも、僕はいつも一番安全な場所にいた。和兄さんは、急に弟二人を背負うことになって、大変だったはずなのに、一度も僕を責めたり、叱ったりしませんでした。隼斗とはよくケンカしたけど……だから、僕だけが守られる存在にはなりたくなかった。ここに来てよかったって思ってます」
「……そっか。……でもな、無理だけはするなよ。政悟見てると、時々……頑張りすぎてるんじゃねえかって思う時がある。任務中も、もう少し俺たちを頼ってくれよ」
シンイチの声には、父親のような柔らかさが滲んでいた。
「シンイチさんの息子さん、おいくつですか?」
「まだ5歳だ、今病院にいてな。治療費が高額で困ってた時、イハラに班長を紹介されて、TNTに入ったんだ。給料が良かったし、もともと銃器には詳しかったし……やってみようかなって。いや、違うな。……金が欲しかったんだ。あの子のために、できるだけの治療を受けさせたくてさ」
シンイチは遠くを見つめる。
「でも……まさか、人を殺すようになるとは思ってなかった。……矛盾してるよな。命を救う金を稼ぐために、命を奪ってるなんて。……軽蔑するか?」
「いいえ」
政悟は、まっすぐにシンイチの目を見た。
「守りたい人がいる気持ち、僕にもわかります。それに、僕たちは無差別に人を殺してるわけじゃない。殺すべき相手は、選ばれています」
「選ばれてる……か」
シンイチはぽつりと呟き、目を宙に泳がせた。
「シンイチさんの息子さん、早く元気になるといいですね」
その言葉に、シンイチは少しだけ目を伏せて、静かに頷いた。