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空の色は変化し続ける、ということだけが変化しない。~宵と暁の空~  作者: 来夢創雫
任務 「護衛任務003:京都、2泊3日の護衛任務」
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「年上の後輩」

 都市の外れに建つ、築50年、二階建ての木造一軒家。


 TNTへの加入を機に、政悟はこの家へと引っ越してきた。ここに住み始めてもう一年が経つ。


 長らく空き家だったこの場所は、お世辞にもきれいだとは言えないが、雨風はしのげるし、電気と水道も通っている。この家は、彼らの生活の拠点であると同時に、班の集合場所、連絡所でもある。

 もともとは、歓楽街にある廃ビルの地下にある空き店舗を拠点にしていた。だが、中学生である政悟が出入りするには目立ちすぎる、という判断から、より目につきにくいこの住宅街の空き家が新たな拠点として選ばれたのだった。

 床には、政悟の教科書が散らばっている。


 シンイチが分厚い無線機の手入れをし、イハラは壁に背を預けて居眠り中。隼斗は何も言わず、窓際でナイフを磨いていた。

 政悟は宿題のワークを開いているが、あまり頭には入っていない。


「ただいまー。おーい、お客さん連れてきたぞ」

 鍵を開け入ってきたのは、TNTの班長・和大。


 その背後に、もう一人若い男がいた。鋭い黒髪、静かな目。顔立ちは整っているが、沈黙そのものをまとっている印象だった。学生服の詰め襟をきちんと閉めていて、姿勢が妙に整っている。


 隼斗がナイフを研ぐ手を止め、静かに目を細めた。


「紹介する。この子は伊知八真人(いちやまと)。先日TNTの試験をパスした高校生だ」


「え、高校生……?」

 政悟がペンを置き彼を凝視した。


「政悟も今年は受験生だし、一緒にどうだって紹介があってな。彼、希望先にうちを挙げたんだ。上の人も政悟と年が近いからいい話し相手になるって言ってたぞ」


「それで、連れてきたのかよ」

 隼斗が聞いた。


「ああ。最近の任務、ちょっと人手が足りないと感じていたんだ。ほかの班との合同でも、もう少しこっち側に意思疎通できる相手が欲しいと思っていたところでな」


「伊知八真人です。よろしくお願いします」

 彼の声は落ち着いていて、表情にも無駄な動きがない。隼斗と似た黒髪だが、雰囲気はまるで違った。隼斗が鋭くて尖っているなら、彼――伊知八真人は研がれた石のように無感情に見える。


「TNTの人から政悟くんの存在を聞いてここの班を希望しました。よろしくお願いします」


「僕の話し相手なんて、いらないと思うんですけど」

 政悟は口を尖らせた。


「なんか転校生っぽくて良いじゃないか。クラスの真面目なやつ、って感じで」

 シンイチが笑った。


「どことなく、隼斗に似てるな」

 イハラが零した。


「見た目は似てるが、中身は違うぞ。こっちは尖ってなくて物静かだ」

 和大が笑う。


「……この写真、みなさんですか?」

 伊知八真人は視線を壁に向けた。壁には幼いころの三兄弟の写真が飾ってある。


「そうだよ。ずっと昔の写真だけど、なんでそんなこと聞くの?」

 政悟が顔を上げて声をかけた。伊知ははっとして、視線を戻した。


「いや、何でもありません。ふと気になっただけです」


「なぁ、政悟、年も近いし、いろいろ話せる相手になるだろ?」

 和大が言う。


「だから、いりませんって」


「政悟くん」

 その声は、政悟の名を呼ぶのに少しだけ間があった。伊知は政悟の前に広げられたワークをのぞき込む。

「これ、違ってる。ここの符号。マイナスじゃなくて、プラス」

 覗き込んだ彼の目は、冷たいわけではない。だが情も見えない。まるで、観察記録をつけるようだった。


 政悟は無言でワークを閉じた。少しの間が空き、政悟は苛立ちを隠さずに告げた。

「きみさ、上の人に言われて僕の面倒を見に来たの?」

「命令じゃない。……俺が来たかった」

「……ふぅん」


数日後

「あの人、いちいち気に障るなぁ」


 夕暮れ、自転車のスタンド音が、夕暮れの住宅街に乾いて響いた。政悟は自転車に鍵をかけながら小さく舌打ちする。


 あの人――伊知 八真人。最近、班に入った高校生だ。

見た目は静かで真面目そう。だが一言、いや一挙手一投足が引っかかる。


 政悟は学校でもうまく他人と距離をとっていた。誰にでも心を許しているようで、実は少しも心を開いては居ない。人懐こそうに見えるが、実はかなり気難しい。目立つ外見からいろいろと噂の的にはなるが、本人は過剰に反応もせず、かといって無視を決め込むのではなく、その辺はうまく周囲に溶け込んでいた。

  班の中でも政悟は、大人の中で守られるだけの子供ではなく、大人と同じ立場の子供になろうとしていた。それが最近、伊知八真人の登場でこのバランスが崩れてきている。


 彼は政悟より2つ年上の高校二年生。はっきり言って何を考えているのかわからない。クラスにはいないタイプなのだ。


「ただいま――」

 ドアを開けると、生活感のない家にほんのりと人の気配があった。


「おう、帰ったか」

「政悟。おかえり」


 部屋の隅でシンイチがラジオを調整していて、イハラは資料の山をひっくり返していた。兄たちは警察官としての仕事に従事して今日はいない。


 そしてその奥、窓際に座っていたのは――


「……で、なんでこの人までいるんです?」


 八真人が持っていたのは、どこか見覚えのあるプリント。近づいて見れば、自分の中間テストの答案にそっくりだった。


「ちょっと! なんで勝手に見るの? ホントいちいち……」

「ん? 呼んだか?」

「あ、いちって、きみの苗字だった……」

「ああ。伊知 八真人だ」

「じゃあ、いちくんって呼んでいいよね」

 

 八真人は、政悟の言葉を一拍だけ遅れて理解したように瞬きをした。そして、目を細める。その微笑には敵意も嘲りもなかった。


「それ、誤魔化してるつもりか? さっきいちいち気に障るって言ってただろう?」

 冷静な口調で告げられる。


「何の話? 僕はこれからきみを『いちくん』って呼ぶ。なんかきみにぴったりな気がする」


 政悟も負けじと冷静に返した。八真人は少し眉を上げて、すぐに短く笑った。


「……勝手にしろ。でも、呼ばれて悪い気はしない」

「それで、どこからそれ持ってきたの? 見ちゃダメだろ、人のテストとか」


「これは俺のだよ。政悟くん」

 よく見ると、氏名欄に『伊知八真人』と、整った字で書かれている。点数は九十八点。政悟は思わず顔をしかめた。


(ほんと、いちいち、気に障るなぁ……)


「まぁ政悟、落ち着けって。今まで最年少でみんなに可愛がってもらっていたからな。お前の気持ちはわかる」

 シンイチが同情の眼差しを向けた。


「年の近い仲間がいたほうがいいと思うけどな。俺たちに言いにくいことも、話すようになるかもしれない」  

 諭すようにイハラが言った。


「そんなんじゃありませんよ。あのさ、いちくん。僕のことはくん付けしないで。僕のほうが年下でも、先に入った先輩だよ」

「じゃあ、政悟先輩?」

「いや……もう政悟でいいよ」


(なんなんだろう。この人。いちいち、いちいち……気に障る)

 そう思ってるのに。「先輩」と言う響きが、政悟の胸のどこかをくすぐった。


「そういえば班長が、新しい任務が入ったって言ってたぞ。なんでも急な話で、政悟と八真人に任せたいらしい」


『え?』

 シンイチの言葉に、政悟と八真人は思わず顔を見合わせた。


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