「灼熱の洗礼」
訓練は、太陽が真上から容赦なく照りつける夏休み中に行われた。
「辛くなったら逃げろよ。無理はするな」
出発前、灼熱のアスファルトが揺らめく玄関先で、和大が弟に優しい声をかける。
「逃げません。行ってきます」
政悟の答えは、暑さのせいかいつもより乾いて聞こえた。
── 訓練場所は人気のない山奥だった。
マイクロバスが濃い緑の峠道を上がるにつれ、最初は饒舌だった参加者も口数が減り、額から流れる汗をぬぐう仕草だけが増えていった。車内クーラーはとうに悲鳴を上げ、窓辺から入り込む熱気は真夏の湿った土と青葉の匂いを運んできた。
バスを降りると、蒸し暑さが肌にまとわりつく。照り返しに眩暈を覚えたのも束の間、手荷物は容赦なく没収され、これから一ヶ月の訓練が始まると告げられる。
政悟はまず、たった一人でコンテナのような鉄製の空間に押し込められた。熱せられた外壁がじんわりと内部を蒸し焼きにし、天井近くの小さな窓から差し込む光が白く滲む。遠くで鳴く蜩の声だけが時折、夏を思い出させた。
鍵がかかると同時に、むっとする鉄錆と汗の匂いが鼻を突く。裸電球がぶら下がる薄暗い室内の隅に、大きな塊――人のような影が転がっていた。
「何だよ、これ」
用心しながら近づくと、転がっていたのはすでに息のない若い男だった。血は乾いて黒く、真夏の湿気の中で鉄臭さが濃く漂う。
「死んでる……」
全身血まみれ。ナイフ傷か、銃痕か。わからない。訓練の参加者だろうか。
「誰か! 誰かいませんか!」
声を張り上げても、蝉の鳴き声すら届かない密閉空間。反響する自分の声だけが、蒸し暑さの中で虚しく跳ね返った。
仕方なく死体と過ごすことにした政悟は、喉の渇きを覚え、死体の持ち物を探る。ぬるい水の入ったペットボトルに口をつけると、少しだけ温んだ甘みが舌に広がった。夏の水は命綱だ――そう悟りながら少しずつ嚥下する。
ポケットにあったナイフ類も躊躇なく奪った。
── どうしてこの男は死んだのか。次は自分の番かもしれない──
不安を押し込め、少しでも体力を温存しようと眠ることにした。汗で背中が張り付く鉄板の床に横たわり、目を閉じれば二人の兄の顔が浮かぶ。
「兄さんたちも……これを超えたんだ」
政悟は決意を固めたまま眠りに落ちた。
――――――――――――――
夢うつつの中、政悟は初めて銃を握った日を思い出していた。
銃を握った政悟は、記憶の中では朧げな人———父さんならどう撃つか、ずっと考えていた。父さんと同じ警察官になった二人の兄。だが、ある日を境に、家の中の空気が変わった。
政悟は少しずつ兄たちの行動に違和感を覚えるようになった。
兄たちは経済的に余裕ができたようで、「大学に行って、普通に生きろ。お金の心配はいらない」と、ことあるごとに口にするようになった。出勤時間は不規則になり、数日どころか、数週間帰ってこないことも増えた。
電話の声が震えているのを聞いた夜もある。
食卓での会話は減り、目もあまり合わせなくなった。
政悟は、そのひとつひとつを、誰にも言わず静かにメモしていった。
そしてある日、疑惑を確信に変えるために、兄たちのあとを追った。
尾行を繰り返し、ようやく――その「秘密」を見た。
秘密を知ったとき、政悟は思った。
(僕も、あそこに行きたい。あの背中に、追いつきたい)
家に残された書籍や父のメモから銃の基本構造を理解した。あらゆる情報媒体で射撃術・分解整備・反動制御・標的の急所を学んだ。模倣訓練を山奥や廃倉庫で独自に行ったこともある。
兄たちの背中を、真似するだけじゃ追いつけないってわかっていた。
そこで政悟は、本物を身体に覚え込ませることにした。