「咎と弾丸」
今回の任務は他の班との合同作戦。政悟にとっては初めて他の班員と接触する任務だ。
銃器を装備した5人は、ワンボックスカーに乗り込んだ。
対象者の潜伏先は事前に確認している。
今回の対象者は、とある犯罪者集団だと教えられていた。対象者の人数はいつもより多い13人。おまけに武器を所持しているという。今まで何度も強盗や詐欺、強姦などあらゆる犯罪を繰り返しているが、様々な理由で逮捕、起訴できるかどうかもわからない。もし、逮捕起訴されて有罪になったところで、更生の見込みはない。刑務所から出所すれば、また同じ罪を重ねるだろう。
そこで組織は判断した。これ以上被害者を増やさないためにも殲滅せよ―――と。
上からの判断だと言われたが、誰が判断を下したとか、どうして更生の余地がないと言い切れるのかと疑問に思うところがあっても、一切の質問は受け付けられなかった。
自分たちの任務には、いつも多方面の意思が絡んでいた。しかも、その意思が何かなど、和大たちに分かるはずもなかった。
和大がかつて夢見ていたものは、もっと違う何かだった。
やっていることが正しいのかどうか――もう分からない。正義なんて、視点が変わればどうとでも解釈できる。
「殺してはいけない」と、心の片隅では思っていた。
けれど、「殺すことが正しい」と命じられれば、黙って従っていた。
他の班との合同任務は顔合わせから始まる。
「今日はよろしくお願いします」
和大が挨拶し、相手方の班長と握手を交わす。それぞれの班員は、緊張した面持ちで班長の横に整列した。その時、
「え、女の子? おい、冗談だろ。TNTにはこんな子どもがいるのか?」
整列した中にいた政悟の姿に他班の男たちがざわついた。
「いや、マジで。可愛いじゃん」
「なあ、いくつ? 中学生?」
「まさか、戦うとか言わないよな?」
戸惑いと好奇の視線が一気に政悟に集まる。
和大が苦笑いで頭を掻いた。
「ええと、こいつはちゃんと訓練は修了済みで、腕は確かです。それと……男です」
「よろしくお願いします」
政悟は平然と頭を下げた。
色白で大きな瞳に飴色の髪。まるで少女のような容貌と裏腹に、彼には緊張の色もない。静かな自信だけが漂っていた。
「お前達、ちょっと落ち着け。すみません、いきなり失礼なことを言って」
相手方の班長が和大に頭を下げる。和大はまぁまぁと言いながらそれを制した。
「うちの班はちょっと、変わり種が揃ってましてね」
和大が苦笑いした。
実際、和大と隼斗は警察官で、シンイチは定職についていない。イハラは医者で、政悟にいたっては中学生だ。
「対象者たちは銃器を所持している。気を抜くな」
その言葉を合図に、全員が一斉に視線を前方へ集中させた。廃ビルの裏手、割れた窓から月の光が差し込んでいる。
和大が手元の簡易マップを確認し、静かに口を開く。
「俺と政悟が先行。シンイチ、すぐに続け。イハラは後方から援護。隼斗は右の外壁を回って遮断を頼む」
「了解」
短く返す声の中で、政悟だけがまっすぐ前を見ていた。表情は硬くもなく、怯えもない。ただ、淡々と集中している。
その様子を、イハラがそっと見る。イハラは若いその背に、思わず声をかけそうになるのを、飲み込んだ。
代わりに、後ろから声をかけたのはシンイチだった。
「おい、相変わらず落ち着いてんな」
軽口のようでいて、どこか驚きと感心が滲んでいた。
政悟はその言葉に気づいていないのか、ただ前だけを見つめていた。
「じゃあ、行くぞ」
和大の声に、全員が無言でうなずいた。
そして突入。
「ん? 子供? ガキがこんなところで何やってんだ?」
「いや違う、お前たち! 誰だ!」
「警察か?」
「銃を用意しろ」
「撃ち殺せ」
怒号が飛び交い、何かが割れる音が響いた。
政悟は銃声がする中、何の躊躇もなく飛び込んだ。気が付けば彼は最前線に立っている。
「おい待て」
隼斗が呼ぶが、政悟の耳には入らない。
政悟はまるで相手の動きを先読みしているかのように、敵を一発で仕留め、次々と新しい対象者に向かって行った。一発、また一発。銃声が空間を裂く。政悟の目は、次の標的を正確に捉えていた。
合同任務のメンバーたちは目の前で繰り広げられる光景に目を疑った。そして、激闘の末、和大たちは指示された場所にいる人間たちを殲滅した。
「それにしてもこいつら、結構な腕でしたね。銃も持ってたし、どこで訓練したんだろう。合同任務の人たち、結構いい仕事ぶりでしたね。またどこかで一緒になるかな。ああ、ところで隼斗は何人殺しました? 僕は……」
政悟は興奮しているのか、饒舌になっている。
「静かにしろ」
隼斗の右手が政吾の口の前で止まった。
「え……?」
意味のわからない指示に首を傾げながらも、政悟は口を閉ざした。
沈黙の時間が続く。そして、政悟は微かな違和感に気付いた。転がっている人間は全て息絶えていた。味方は既に場所を移動している。でも、政悟の耳には3人分の呼吸音が聞こえていた。
なぜ今まで気がつかなかったのか。隼斗はいつから気が付いていたのか。
政悟は周囲を見やり、自分が立っている場所から5メートルほどの距離にある古びたキャビネットに目を向けた。そこの扉は、数センチほど開いていた。
政悟はキャビネットの隙間に銃口を向け、迷うことなく引き金を引いた。
「ぎゃっ」
叫び声と共に、キャビネットから男が転がり落ちてきた。と同時に微かに聞こえていた呼吸音が消えた。
「隼斗はいつから気付いていたんです?」
男が息絶えていることを確認して、政悟は聞いた。
「お前がべらべらと喋り出した頃からだ」
「そうですか」
政悟は不貞腐れたように口を尖らせた。全く気が付かなかったことが悔しかったのだ。
「まぁ、気にするな」
隼斗は労うように弟の頭に掌を乗せる。だが、あっさりと払いのけられた。
「僕は何も気にしていませんけど? 血のついた手で触らないでくださいよ」
「全く、可愛げがない奴だな。お前は」
隼斗は武器を手に、転がっている死体の確認を始めた。
「自分たちが殺めた死体を数えるなんて、警察官のすることじゃないな」
隼斗が苦い顔をしながら言う。
「僕は任務に支障がなければ、気にしません。警察官でもないし」
政悟は無表情で答えた。事実、彼は兄たちのようにそんなことを考えなくてもよかった。言われた仕事をするだけだった。
「そうかよ」
隼斗はぶっきらぼうに答える。
「でも、思ったんです」
「何を」
隼斗が怪訝な顔で弟を見た。
「たまたま僕はこっち側にいますけど、僕がこいつらみたいにならないという保証はない。もしも、僕が犯罪に手を染めたら、こいつらみたいにあっさり殺されるのかなって」
「犯罪に手を染めなくても、TNTから逃げ出せば殺される。でもお前は死なないよ。俺と和兄がいるから」
「まぁ、隼斗はともかく、僕が和兄さんの傍を離れることはありませんね」
政悟は微かに笑った。
「ほんと可愛くねぇな」