第8話 発電しない僕らの街
「だからさ、ウチの街、ちょっと……いや、かなり不便なんだよ」
放課後のファストフード店。隣町の高校に通う友人たちに、ソウタは少しだけ自嘲気味に言った。話題は、最近発表された都市別の平均女子力発電ランキング。ソウタが住む「汐見が丘」は、今年もまた、リストの最下位に近い位置に甘んじていた。
「低発電エリア、だっけ? なんか聞いたことあるわ」
「そうそう。地質的な問題とか、なんかよく分かんない理由らしいけど。とにかく、他の街みたいにエネルギーが潤沢じゃないんだ」
ソウタはポテトをつまみながら、内心の小さな劣等感を隠すように早口で続ける。家のスマート家電は時々反応が鈍いし、冬場の暖房もフルパワーにするとブレーカーが心配になる。母親や妹の手首で光るリストバンドも、他の街の女性たちに比べると、どこか控えめな輝きに見えた。それが少しだけ、ソウタのプライドを傷つけていた。女子力発電が社会の豊かさの指標とされるこの世界で、自分の街は、そして自分の家族は、どこか「足りない」存在のように感じてしまうのだ。
「まあ、エネルギーは隣の湾岸都市から送ってもらってるから、生活できないわけじゃないんだけどさ」
そう言ってソウタは無理に笑ってみせたが、友人たちの同情するような視線が少し痛かった。
その日の夕方、ソウタが自宅で宿題をしていると、突然、部屋の照明がプツリと消えた。同時に、動いていた空気清浄機の音も止まる。
「停電?」
最初は、また家のブレーカーが落ちたのかと思った。しかし、窓の外を見ると、隣の家も、その向こうの家も、街灯さえも、すべての明かりが消えていることに気づく。スマートフォンでニュースサイトを開こうとしても、電波状況が悪く、なかなか繋がらない。ようやく表示された地域情報サイトのトップには、「原因不明の大規模送電トラブル発生。湾岸都市からのエネルギー供給が完全に停止。復旧の見込み不明」という、信じられないような見出しが躍っていた。
汐見が丘は、外部からのエネルギー供給という生命線を、完全に断たれてしまったのだ。
夜が更けるにつれて、街は深い闇と静寂、そして人々の不安に包まれた。スマートロックがかかったまま開かない家、暖房が止まり毛布にくるまる家族、情報が入らず混乱する人々。ソウタの家でも、母親が心細そうに妹の手を握り、父親は難しい顔で窓の外を眺めていた。ソウタ自身も、何もできない自分の無力さに苛立ちを感じていた。いつも当たり前のように享受していたエネルギーが、いかに自分たちの生活を支えていたかを痛感させられる。
しかし、その重苦しい沈黙を破るように、街は少しずつ動き始めた。
「おい、ソウタ! ちょっと手伝え!」
父親の声に呼ばれて外に出ると、近所の男たちが数人、集まっていた。彼らは、自治会の倉庫から古いガソリン式の発電機を引っ張り出し、唸るような音を立てて稼働させようとしていた。限られた燃料で、せめて集会所だけでも明かりを灯し、情報拠点にしようというのだ。別の家では、庭で薪ストーブが焚かれ、その周りに近所の人々が集まって暖を取っていた。
「うち、まだプロパンガス使えるから、豚汁でも作るわよ!」
「こっちは井戸水があるから、必要な人は遠慮なく言って!」
女性たちも黙ってはいなかった。電力に頼らない昔ながらの知恵で、食料や水を確保し、互いに分け合おうと動き出す。ソウタの母親も、カセットコンロで備蓄していた米を炊き、大きな鍋で何かを煮込み始めた。妹は、不安がる近所の幼い子供たちを集めて、絵本を読んでやっている。リストバンドの輝きは、闇の中ではほとんど見えないくらい弱々しい。けれど、彼女たちの表情には、困難な状況に立ち向かおうとする強い意志の光が宿っているように見えた。
ソウタも、父親に言われるまま、発電機用のガソリンを運んだり、集会所から各家庭へのお知らせを届けたりと、走り回った。最初は、ただただ面倒で、早く電気が復旧することばかりを考えていた。
だが、真っ暗な道を懐中電灯の明かりを頼りに歩きながら、彼は見たのだ。発電機の騒音の中で、必死に配線作業をする大人たちの額の汗。薪ストーブの火を囲み、不安を分かち合い、それでも冗談を言って笑い合う人々の姿。母親が作った温かいおにぎりを、「ありがとうね」と言って受け取る老婆のしわくちゃの手。
エネルギーがなければ、何もできないと思っていた。女子力が低いこの街は、どうしようもなく弱いのだと。でも、違った。電気がなくても、人は互いに声をかけ、知恵を出し合い、体を動かし、助け合うことができる。暗闇の中で交わされる短い言葉や、焚火の暖かさ、分け合われる一杯のスープに、ソウタはこれまで感じたことのない、確かな「豊かさ」のようなものを感じ始めていた。それは、リストバンドの輝きや、発電量のランキングでは決して測れない、人と人との繋がりの温かさだった。
数日後、湾岸都市からのエネルギー供給は部分的に復旧し、街には少しずつ明かりが戻り始めた。しかし、ソウタの心には、あの暗闇の中で見た光景が強く焼き付いていた。
低発電エリア。それは、エネルギーに依存しきれないという、ある種のハンデかもしれない。でも、だからこそ、この街には、他の街が失ってしまったかもしれないものが残っているのではないか。助け合いの精神。隣人との繋がり。電力に頼らない生活の知恵。そして、人間の逞しさ。
ファストフード店で友人たちに卑下するように話した自分の街が、今は少しだけ誇らしく思えた。ソウタは窓の外に広がる汐見が丘の街並みを、以前とは違う、新しい気持ちで見つめていた。この街の本当の豊かさは、リストバンドの輝きだけでは測れないのだから。