第5話 雨のち晴れ
「はあ……もう、何もかもどうでもいいや」
ユキは一人、カフェの窓際の席でため息をついた。目の前には、ほとんど手を付けていないケーキと、冷めてしまった紅茶。リストバンドのランプは、以前は淡く光っていたのに、今はほとんど消えかかっている。
「ユキ、大丈夫?」
心配した友人のコナツとミドリが、ユキの向かいに座った。
「大丈夫なわけないじゃん……あんなに好きだったのに」
ユキの声は小さく、力がない。コナツとミドリは顔を見合わせた。
「でも、いつまでも落ち込んでいても……」
ミドリが慎重に言葉を選ぶが、ユキは首を横に振る。
「もう、誰のことも好きになれない気がする」
そんな時、カフェのドアが開き、一人の男性が入ってきた。丁寧に本を抱え、窓際の空いている席を探している。店員に声をかけようとしたその男性と、ユキは偶然、目が合った。
男性は、少し驚いたような表情をした後、優しく微笑んだ。その笑顔は、どこか寂しげな光を宿しているように見えた。
数日後、ユキは大学の帰り道、雨に降られて困っていた。傘を持っておらず、途方に暮れていると、「よかったら、これ使いませんか?」と、傘を差し出す男性がいた。それは、あのカフェで微笑んでくれた男性だった。
彼の名前はハルキ。哲学を専攻しているという、穏やかな雰囲気の男性だった。ハルキは、雨宿りをしながら、ユキの最愛の人だった人との思い出を静かに聞いてくれた。無理に励ますわけでもなく、ただそばで温かい言葉をかけてくれるハルキの優しさに触れるうち、ユキの心に、ずっと忘れていた穏やかさが戻ってくるのを感じた。
別れ際、ハルキは少し照れながら言った。
「あの……もしよかったら、またどこかで」
ユキは、思いがけなく胸が高鳴るのを感じた。憂鬱で色を失っていた世界に、かすかながら光が差し込んできたような気がした。
家に帰り、何気なく自分のリストバンドを見てみると、ランプが以前より、ほんの少し明るく灯っている。それは、まだ完全にはではないけれど、ユキの心に、確かに前向きな気持ちが戻り始めようとしている証だった。