第3話 憧れの先輩と秘密の発電
高校に入学して二ヶ月。一年生のミナミは、同じ高校の女子たちが持つ、キラキラとしたオーラにいつも圧倒されていた。特に、ハルカ先輩は、その中心にいるような存在だった。明るく、おしゃれで、誰にでも優しく、そして何よりも、彼女のリストバンドはいつも眩しいほどに輝いていた。ハルカ先輩がいるだけで、周囲の空気まで温かくなるような、そんな高い女子力発電量を持っているのだ。
「はあ……ハルカ先輩みたいになれたらなあ」
ミナミは、自分のリストバンドをしょんぼりと見つめた。控えめな光は、彼女の自信のなさを映しているようだった。メイクも頑張ってみるけれど、なんだか決まらない。流行の服を着てみても、自分が着るとどこか不器用に見える気がする。
ある日の放課後、ミナミは忘れ物をしたことに気づき、慌てて教室に戻った。廊下を曲がると、人気のない美術室から、小さな物音が聞こえてきた。そっと扉を開けると、そこにいたのは、憧れのハルカ先輩だった。
しかし、いつもの輝くような笑顔はなく、ハルカ先輩は真剣な表情で、たくさんのスケッチブックや参考資料に囲まれていた。額には小さな汗が滲んでいる。そして、彼女のリストバンドの光は、普段よりもずっと弱かった。
ハルカ先輩は、芸術的な作品のコンクールに出品する作品を制作していたらしい。複雑なデッサンに何度も線を重ね、納得のいくまで色を調整している。その姿は、ミナミが普段見ている、きらきらしているハルカ先輩とはまるで別人だった。
ハルカ先輩は、ミナミに気づくと、少し慌てたように微笑んだ。
「あ、ミナミちゃん。ごめんね、こんなところで」
ミナミは首を振った。
「いえ、あの……ハルカ先輩、すごいですね。コンクールの作品、頑張ってるんですね」
ハルカ先輩は、少し照れたように頬を掻いた。
「ありがとう。でもね、コンクールって本当に大変で……なかなか納得いくものができなくて、実は昨日からほとんど寝てないんだ」
ミナミは、ハルカ先輩の目の下に薄く隈ができていることに気づいた。そして、リストバンドの弱い光を見て、ハルカ先輩も、常に高い女子力を維持しているわけではないのだと悟った。
「私、ハルカ先輩って、いつもとってもキラキラしていて、全然苦労なんてないんだと思ってました……」
ミナミは率直な気持ちを口にした。
ハルカ先輩は、少し寂しそうに微笑んだ。
「みんなにはそう見えるかもしれないね。でも、美しさも、コミュニケーション能力も、そして女子力も、磨き続けなければすぐに鈍っちゃうものだと思うんだ。コンクールのために集中してると、外見に気を遣う余裕もなくなっちゃうし……」
ハルカ先輩は、自分のリストバンドを少し見つめて続けた。
「それに、女子力って、ただ外見が美しいだけじゃなくて、一生懸命何かに取り組む真剣さとか、目標に向かって努力する姿も、きっと含まれていると思うんだ」
その言葉は、ミナミの胸に深く響いた。たやすく手に入れているように見えたハルカ先輩も、裏では多くの努力を重ねている。そして、本当の女子力とは、目に見える美しさだけではないのだと。
「ハルカ先輩……ありがとうございます。なんだか、私も少し頑張ってみようって思えました」
ミナミは、ハルカ先輩を見つめた。
ハルカ先輩は、以前のような明るい笑顔を取り戻した。
「ミナミちゃんがそう思ってくれたなら、嬉しいな。ミナミちゃんも、きっと素敵な魅力を持っているよ」
その日以来、ミナミは、ハルカ先輩のようにコンクールに打ち込むことはないけれど、自分なりに頑張ることを見つけ始めた。まず第一に、授業に真剣に取り組むこと。そして、興味のある本を少しずつ読むこと。小さなことだったけれど、頑張ることで、心の奥に少し温かい光が灯るような気がした。
数週間後、コンクールの結果が発表された。ハルカ先輩の作品は、見事に入賞を果たした。ハルカ先輩は、いつもの眩しい笑顔でミナミに報告してくれた。そのリストバンドは、以前よりもさらに輝いているように見えた。
そして、ミナミのリストバンドの光も、ハルカ先輩の努力を知る前よりも、ほんの少しだけ、温かい色を帯びていた。それは、憧れの先輩の背中を追いかけ、自分なりに頑張ることを見つけた、ミナミの小さな成長の証だった。