第17話 雨の日のリストバンド修理店
しとしとと、細い雨が降り続く午後。商店街のアーケードの下にある「タケル修理工房」のガラス戸には、雨粒が筋になって流れ落ちていた。店主のタケルは、眼鏡の奥で細い光を宿す瞳を凝らし、繊細な工具を操ってリストバンドの内部基盤を調べている。彼の指先は、まるで医者が患者の患部を探るように、優しく、そして的確に故障箇所を探り当てていく。
「はぁ、また下がっちゃいましたよ、女子力。この間まで絶好調だったのに……」
カラン、と軽やかな音を立ててドアが開き、濡れた傘を畳みながらOL風の女性が入ってきた。彼女のリストバンドは、いつもなら鮮やかなピーチ色に輝いているはずなのに、今日はどこかくすんで見える。
「最近、仕事でストレスが溜まってて……。帰ってからも、なんだか気が乗らなくて、リストバンドも全然光らなくて。タケルさんのところに来れば、何か変わるかなって」
女性はどこか諦めたように笑う。タケルは彼女のリストバンドを受け取ると、ゆっくりと指でなぞった。彼の指先からは、微かな温かさが伝わってくるようだった。
「リストバンドは、心の鏡ですからね。無理に輝かせようとしなくても、大丈夫ですよ。少しお疲れのようですね」
そう言って、タケルは彼女のリストバンドのエネルギー循環路を丁寧に調整し始めた。数値上の女子力発電量を上げる修理ではない。彼女の心とリストバンドが無理なく繋がり、穏やかな光を取り戻せるような調整だった。女性はタケルの言葉に、ふっと表情を緩めた。
次に店を訪れたのは、流行最先端のカスタマイズが施されたリストバンドを両手に嵌めた女子学生だった。彼女のリストバンドは派手なチャームがごちゃごちゃと付いていて、見るからに重そうだ。
「これ見てくださいよ、タケルさん! 友達と『映え』るリストバンドを競い合ってたら、どっちも壊れちゃって。全然発電しなくなったし、もう最悪!」
彼女のリストバンドは、見るからに配線が絡まり、いくつものチャームが無理やり取り付けられたせいで負荷がかかっているようだった。タケルは少し困ったように眉を下げたが、何も言わずにその複雑な装飾を一つ一つ丁寧に外していく。
「カスタムは、自分らしさを表現するためのもの。でも、無理しすぎると、本当に大切な輝きが見えなくなっちゃいますよ」
絡まった配線を解き、余分なチャームを外すと、リストバンドは元のシンプルな形に戻った。そして、心なしかその光も、前よりも穏やかで自然な色を帯びたように見えた。女子学生は、自分のリストバンドから放たれる柔らかな光を見て、ハッとした表情を浮かべた。
雨脚が少し強くなった頃、小学校低学年くらいの小さな女の子が、ぎゅっと握りしめた古びたリストバンドを持って店に入ってきた。そのリストバンドは色が剥げ、光もほとんど失っていた。
「おばあちゃんがね、これ、大事なものだからって。でも、動かなくなっちゃったの。直してくれますか?」
女の子の瞳は、不安そうに揺れていた。タケルはそのリストバンドを一目見て、すぐにそれがかなり昔のモデルだと分かった。修理用の部品があるかも分からない。だが、彼は諦めなかった。
「おばあちゃんの大事なものなら、僕も頑張らないとね」
タケルはそう言って、優しくリストバンドを受け取ると、修理台の奥に置かれた古い工具箱を開けた。埃を被った工具たちが、彼の手によって再び命を吹き込まれるように動き出す。
女の子は、修理中のタケルをじっと見つめていた。時折、タケルが工具を当てると、リストバンドの表面に微かな光が走る。そのたびに、女の子の顔に期待の表情が浮かんだ。長い時間がかかったが、やがてタケルの手の中で、古びたリストバンドが淡い、しかし確かな光を放ち始めた。それは、まるで遠い記憶が呼び覚まされたかのような、温かく優しい光だった。
「わぁ!」
女の子の顔に、この日一番の笑顔が花開いた。彼女はリストバンドを両手で包み込むようにして、大切そうに抱きしめた。
「ありがとう、タケルお兄ちゃん!」
タケルは、その笑顔を見て、静かに微笑んだ。彼の修理工房は、単に機械を直す場所ではない。そこは、人々が自分の中にある大切な輝きを再発見し、心の曇りを晴らす、小さな、けれど確かな光の場所なのだ。雨音は変わらず降り続いていたが、工房の中には、それぞれの「女子力」が放つ、温かい光が満ちていた。