第15話 カスタム狂想曲
秋風がショーウィンドウのディスプレイを揺らす頃、エミリーの通うファッション専門学校は、早くも次のシーズンのトレンド予測で持ちきりだった。エミリー自身、最新の流行には誰よりも敏感で、彼女の手首で複雑なパターンを描きながら点滅するリストバンドは、常に友人たちの注目の的だった。自作の幾何学模様のカバーに、海外から取り寄せた希少なLEDチャーム。その日のコーディネートに合わせて光の色や点滅速度までプログラミングするこだわりようだ。女子力発電が社会の基盤となって久しいこの世界で、リストバンドは単なるエネルギー供給装置ではなく、個性を表現する最も重要なファッションアイテムとなっていた。
「ねえエミリー、今日のリストバンドもヤバいね!そのグラデーション発光、どうやってるの?」
「これ?新しいアプリでカスタムしたんだ。ちょっとコツがいるけど、教えようか?」
友人たちに囲まれ、得意げに最新技術を披露するエミリー。彼女にとって、リストバンドのカスタマイズは、自己表現そのものであり、尽きることのない情熱の源だった。
そんなある日、ファッション業界に激震が走った。カリスマ的な人気を誇るファッションインフルエンサー、「LUNA」が、自身のSNSアカウントで一つのリストバンドチャームを紹介したのだ。それは、月の光を閉じ込めたような乳白色に輝くムーンストーンと、繊細な銀細工が施された、神秘的でロマンティックなデザインだった。「この『セレネ・チャーム』を身につければ、月の女神のご加護で女子力も運気もアップ間違いなし!」というLUNAのキャッチーな言葉と共に、そのチャームは瞬く間に社会現象となる。
翌日から、エミリーの周りは「セレネ・チャーム」一色になった。学校のクラスメイトも、街ですれ違う女子たちも、誰も彼もが同じ月のチャームをリストバンドに飾り、誇らしげに輝かせている。もちろん、それに応じて彼女たちのリストバンドの発電量も、心なしかいつもより高い数値を叩き出しているように見えた。
エミリーも、最初は焦った。トレンドセッターを自負する彼女が、このビッグウェーブに乗り遅れるわけにはいかない。数々のショップを巡り、オンラインストアをチェックし、ようやく手に入れた「セレネ・チャーム」を意気揚々と自分のリストバンドに装着した。
しかし、鏡に映った自分の手首を見て、エミリーは首を傾げた。確かに可愛い。LUNAが言うように、幸運が舞い込んできそうな気もする。でも……何かが違う。クラスの半分以上が同じチャームをつけている光景を見た時、エミリーは強烈な既視感と、ほんの少しの虚しさを感じた。
(これって、本当に私らしいのかな……?)
流行を追いかけることは楽しい。でも、みんなと同じものを身につけて、同じように輝くことが、果たして本当の「おしゃれ」なのだろうか。LUNAが「良い」と言ったから良い、というのは、なんだか自分のセンスを放棄しているような気さえした。
その週末、エミリーは自室で、使わなくなったアクセサリーや手芸用品の詰まった箱をぼんやりと眺めていた。その中から、ふと、小さな布袋に入った古いブローチが転がり出てきた。それは、数年前に亡くなった祖母の形見分けでもらった、アンティークの鳥のモチーフのブローチだった。銀色の金属に、エナメルで繊細な彩色が施された、手の込んだ品だ。もらった当時は、その古めかしいデザインがピンとこなくて、しまい込んだままだった。
しかし、今改めて手に取ってみると、その精巧な作りと、どこか物語を感じさせるユニークなデザインに、エミリーは強く心惹かれた。この鳥は、どんな空を夢見ていたのだろう。祖母は、どんな気持ちでこれを身につけていたのだろう。
ひらめきは、突然やってきた。
(これを、リストバンドチャームに作り変えられないだろうか?)
「セレネ・チャーム」とは対極にあるような、ノスタルジックで、誰の真似でもない、自分だけのチャーム。考えただけで、胸が躍った。
早速、工具を取り出し、リメイク作業に取り掛かる。友人たちにその話をすると、「えー、エミリーらしくないじゃん!」「LUNAのチャームの方が絶対可愛いって!」「なんか、それ地味じゃない?」と、口々に否定的な言葉が返ってきた。リストバンドの輝きも、新しいものに比べて見劣りするかもしれない、と。
一瞬心が揺らいだが、エミリーは自分の直感を信じることにした。ブローチの裏側のピンを丁寧に取り外し、小さなリングを取り付けて、リストバンドに下げられるように加工する。作業に没頭するうち、エミリーのリストバンドが、彼女の集中力と創造性に呼応するように、静かだがクリアな、ミントグリーンの光を放ち始めた。
数日後。完成した「青い鳥のチャーム」をリストバンドにつけて、エミリーは学校へ向かった。友人たちの反応は、やはり芳しくなかった。「やっぱり、ちょっとオールドファッションかも……」と遠慮がちに言われ、少しだけ落ち込んだ。周りの「セレネ・チャーム」の華やかな光に比べれば、自分のリストバンドの輝きも、どこか控えめに見える。
だが、エミリーは、手首で揺れる小さな青い鳥を見るたびに、不思議と心が落ち着き、愛着が湧いてくるのを感じていた。これは、誰かの受け売りじゃない、私だけの宝物だ。そう思うと、自然と背筋が伸びた。
その日の放課後、エミリーが街を歩いていると、突然、ファッションスナップのカメラマンに声をかけられた。
「すみません、あなたのリストバンド、すごく個性的で素敵ですね!一枚撮らせてもらえませんか?」
驚いたのはエミリーの方だった。「セレネ・チャーム」ではなく、自分の手作りのチャームに注目してくれる人がいるなんて。
カメラマンは、「最近はみんな同じようなチャームばかりで食傷気味だったんですよ。あなたのは、ストーリーを感じるし、何より自分らしさがあって素晴らしい」と褒めてくれた。その言葉に、エミリーのリストバンドが、まるで嬉しそうに羽ばたく鳥のように、軽やかで、しかし力強い、鮮やかなターコイズブルーの光をパッと放った。
その写真は、マイナーなアート系ファッションSNSで紹介され、大きな話題にはならなかったものの、「オリジナリティが最高!」「自分も好きなものを大切にしたい」といった共感のコメントがいくつか寄せられた。
それは、LUNAのような巨大な影響力とは比べ物にならない、ささやかな反響だった。しかし、エミリーにとっては、何よりも価値のある出来事だった。
流行を追いかけることが全てではない。自分の「好き」を信じ、それを自分の手で形にし、表現すること。その時に生まれる内側からの自信と輝きこそが、本当の「女子力」なのかもしれない。
エミリーのリストバンドは、もう流行の光を追いかけることはなかった。けれど、彼女自身の心と共鳴するように、クリアで、個性的で、そして何よりも生き生きとした光を、毎日放ち続けていた。そして、そんな彼女の姿に影響されたのか、専門学校の友人たちの中にも、少しずつ「自分だけのリストバンドカスタム」を模索し始める子が現れ始めていた。