第13話 おばあちゃんのリストバンド
「ねえ見て!このチャーム、最新なんだよ!発電効率がちょっぴりアップするんだって!」
月曜日の休み時間、クラスメイトのサナちゃんが、キラキラと七色に輝くリストバンドのチャームをユイに見せびらかした。ユイは「わあ、すごいね!」と笑顔で返しながらも、自分の手首で控えめなパステルイエローの光を放つリストバンドと、サナちゃんの華やかなそれとを、つい比べてしまっていた。
ユイのリストバンドは、小学校に入学する時に買ってもらった標準モデル。お母さんのリストバンドも、落ち着いたローズ色だけど、やっぱりサナちゃんのお母さんみたいな宝石がたくさんついたゴージャスなものとは違う。お母さんは「リストバンドはね、光の強さだけじゃないのよ。自分らしい優しい光を灯せることが大切なの」といつも言うけれど、10歳のユイには、やっぱり友達の持つ新しいものや、キラキラと強く輝くものが魅力的に見えた。
そんなユイに、週末、一人でおばあちゃんの家にお泊まりするという、ちょっとした冒険が待っていた。おばあちゃんの家は、ユイが住む都会から電車を乗り継いで一時間ほどの、緑豊かな町にある。少し緊張もしたけれど、久しぶりに会えるおばあちゃんを思うと、胸が弾んだ。
「ユイちゃん、よく来たねえ」
駅まで迎えに来てくれたおばあちゃんは、ユイを見つけると、しわくちゃの笑顔で優しく抱きしめてくれた。おばあちゃんの周りは、いつも陽だまりみたいに温かい匂いがする。
家に着いて、おばあちゃんがおやつに出してくれた手作りの梅ゼリーを食べながら、ユイはふと、おばあちゃんの手首に目が留まった。そこには、何十年も使い込んだような、革のベルトが擦り切れた古いリストバンドがあった。金属部分もくすみ、何より、ほとんど光を発していない。まるで、壊れてしまっているみたいに。
「おばあちゃん、そのリストバンド、古すぎじゃない?全然光ってないし……もしかして、女子力低いんじゃないの?」
悪気なく、思ったままを口にしてしまったユイに、おばあちゃんは「あらあら、これでもねぇ、ユイちゃんのお母さんを産んだ頃なんかは、ピッカピカに光ってたもんさねぇ」と、少し困ったように笑った。
おばあちゃんの家での一日は、ゆっくりと過ぎていった。お昼には、庭で採れたばかりのトマトときゅうりを使ったサンドイッチを作ってくれた。食後には、色とりどりのアジサイが咲き誇る庭を散歩した。おばあちゃんは、一つ一つの花の名前や、育て方のコツをユイに優しく教えてくれる。
夕方には、近所の人が採れたてのトウモロコシをお裾分けに持ってきて、「フジタさん(おばあちゃんの名前)には、いつも助けてもらってるからねぇ。ありがとうね」と、おばあちゃんの手を握って感謝していた。その時、近所の人のリストバンドが、おばあちゃんに向けて感謝の気持ちを表すかのように、ふわりと明るく輝いたのをユイは見た。でも、おばあちゃんのリストバンドは、やっぱり静かなままだった。
夜になり、お父さんとお母さんと電話で話した後、急にユイは心細くなった。いつもと違う部屋、いつもと違う匂い。お母さんに会いたい気持ちがこみ上げてきて、とうとうシクシクと泣き出してしまった。
「あらあら、よしよし」
おばあちゃんは何も聞かず、何も言わず、ただ黙ってユイを抱きしめ、その小さな背中をゆっくりと、何度も何度もさすってくれた。「大丈夫、大丈夫よぉ」という、ささやくような優しい声と、温かい手のひらが、ユイの不安を少しずつ溶かしていくようだった。
おばあちゃんと一緒の布団に入り、手を繋いでもらうと、ユイは少し安心してうとうとし始めた。けれど、まだ完全に寝入ることができず、暗闇の中でぼんやりと天井を見つめていた。繋がれたおばあちゃんの手は、とても温かかった。
その時だった。
暗闇に慣れたユイの目に、信じられない光景が映った。
おばあちゃんの手首。あの古びて、昼間はほとんど光っていなかったリストバンドが……ふわりと、しかしはっきりと、内側から発光したのだ。それは、お店で売っているようなキラキラした光ではない。まるで、古い金細工に命が宿ったかのような、深く、どこまでも温かい、慈愛に満ちた黄金色の光だった。それはほんの一瞬で、すぐに闇に溶けるように消えてしまったけれど、ユイはその光景を、まばたきもせずに見つめていた。
(今の、なんだったんだろう……?)
それは、流行りのチャームが出す光とも、お母さんのリストバンドの優しい光とも違う、もっとずっと奥深い、魂の輝きのようなものに感じられた。おばあちゃんが長年かけて育んできた、たくさんの愛情や、優しさや、命を慈しむ心が、あの瞬間に凝縮されて光になったのかもしれない。
翌朝、食卓で朝ごはんの味噌汁を飲みながら、ユイは昨夜の不思議な光のことを考えていた。リストバンドの輝きには、本当に色々な種類があるのかもしれない。ピカピカ光るだけが、すごいわけじゃないのかも。
「おばあちゃん」
「なんだい、ユイちゃん」
「あのね……おばあちゃんのリストバンド、なんか……かっこいいかも」
ぽつりと呟いたユイに、おばあちゃんは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに嬉しそうに目を細めて、「そうかい?ありがとうねぇ」と微笑んだ。
その笑顔は、庭に咲いた朝露に濡れたアジサイのように、みずみずしくて綺麗だった。ユイは、まだ言葉ではうまく説明できないけれど、心の中に新しい大切なものが芽生えたような、そんな温かい気持ちになっていた。都会に帰る電車の中で、ユイは自分の手首のリストバンドをそっと撫でた。いつか自分も、おばあちゃんみたいな、深くて温かい光を灯せるようになれるだろうか。そんなことを、ぼんやりと考えていた。