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第11話 文化祭のシンデレラ・エフェクト

秋風が心地よい放課後、アヤカの通う高校は文化祭の準備で活気に満ちていた。2年B組の教室では、クラスの出し物である演劇『シンデレラ』の衣装作りが大詰めを迎えていた。アヤカは、山積みになった布やリボンに囲まれ、黙々とミシンのペダルを踏んでいた。手芸は好きだったが、自分の手首で淡く、ほとんど目立たない光を放つリストバンドを見るたび、少しだけため息が漏れる。


「アヤカ、こっちの飾りの付け方、教えてくれる?」


声をかけてきたのは、クラスの中心人物で、シンデレラ役を演じるミユだった。太陽みたいな笑顔と、手首で常にキラキラと明るいピンク色の光を放つリストバンドが彼女のトレードマークだ。その高い女子力は、クラスのムードメーカーとして、準備作業のエネルギー源にもなっていた。


「うん、ここはこうやって…」


アヤカは少し緊張しながら、ミユにレースの付け方を教える。ミユは「ありがとう!アヤカが衣装係で本当に助かるよー!」と屈託なく笑い、すぐに他の生徒たちの輪に戻っていった。その背中を見送りながら、アヤカは胸の奥がチクっとするのを感じた。ミユは優しくて、誰にでも分け隔てなく接してくれる。でも、だからこそ、自分のような地味で女子力の低い人間とは住む世界が違うのだと、否応なく感じてしまうのだった。主役なんて、自分には到底無理な話だ。


文化祭本番を三日後に控えた朝、事件は起こった。教室に入ると、いつも明るいミユが青白い顔で席に座り込み、苦しそうに喉を押さえている。担任の早川先生が心配そうに声をかけていた。


「ミユ、大丈夫か?声が…」

「……先生、おはよう、ございます……っ、声が、ほとんど、出なくて……」


掠れた、囁くような声。どうやら急性の声帯炎らしい。医者からは、数日は大きな声を出すことを禁じられたという。シンデレラ役のミユが声を出せない――それは、クラスの演劇にとって致命的なトラブルだった。


教室は一瞬にしてパニックに陥った。

「どうするの?」「ミユちゃんがいないと始まらないよ!」「代役なんて、今から見つかるわけ…」

生徒たちのリストバンドが一斉に不安な光を放ち、教室全体のエネルギー効率が下がっていくのを感じる。早川先生が必死に皆を落ち着かせようとしていた。


「とにかく、代役を探すしかない。誰か、シンデレラのセリフを覚えている者はいないか?」


皆が顔を見合わせる中、アヤカの親友であるハルカが、おずおずと手を挙げた。

「あの……アヤカなら、ミユちゃんのセリフ、全部覚えてると思います。衣装合わせの時、いつもミユちゃんの相手役でセリフ読んでたし……」


クラス中の視線が一斉にアヤカに集まる。アヤカは顔が熱くなるのを感じ、俯いた。

「そ、そんな、私なんて無理だよ!ミユさんみたいに華やかじゃないし、女子力だって……」

アヤカのリストバンドは、緊張と不安でますます光を失い、ほとんど消え入りそうになっていた。


「アヤカさん……お願い」


か細い声で、ミユがアヤカに懇願した。

「このままじゃ、みんなで頑張ってきた劇が中止になっちゃう……。アヤカさんなら、衣装もぴったりだし、きっとできるよ。お願い、私の代わりに、シンデレラを演じて……」

ミユの潤んだ瞳と、弱々しくもアヤカを信じようとするリストバンドの光を見て、アヤカは言葉に詰まった。


***


そして、文化祭当日。

ステージの袖で、アヤカはシンデレラのドレスに身を包み、全身を震わせていた。あれから数日間、クラスメイトたちの協力で猛練習を重ねたが、自信などまるでない。手首のリストバンドは、相変わらず頼りない光を灯しているだけだ。


「アヤカ、大丈夫!練習通りやればいいから!」

ハルカが励ましてくれる。舞台袖の反対側では、声は出せないものの、ミユが心配そうに、しかし力強い眼差しでアヤカを見守っていた。その手には、アヤカが作ったシンデレラのドレスの余り布で作った小さなリボンが握られていた。


緞帳が上がる。眩しいスポットライト。大勢の観客。

アヤカは頭が真っ白になりかけた。最初のセリフが、喉に詰まって出てこない。


(ダメだ、やっぱり私には無理なんだ……)


リストバンドの光が、さらに弱くなった気がした。

その時、客席の最前列で、クラスメイトたちが必死に声援を送っているのが見えた。舞台袖のミユが、小さく頷き、口パクで「アヤカなら、できる!」と伝えてくれている。


――ミユさんのために。みんなのために。


不思議と、その想いが胸に湧き上がってきた瞬間、アヤカの中で何かが弾けた。緊張がすっと解け、役の感情が自然と流れ込んでくる。


「……お母様、行ってまいります」


最初は震えていた声が、次第に落ち着きを取り戻し、澄んだ響きを帯びていく。ぎこちなかった動きも、練習通り、いや、練習以上に自然に、役に成りきって動けている。

そして、アヤカは自分の手首に変化が起きていることに気づいた。


リストバンドが、光っている。

それは、ミユのような華やかで強い光ではない。けれど、柔らかく、温かく、そして今まで自分が見たこともないような、しっかりとした優しい光。まるで、内側から湧き出る勇気や、誰かを想う気持ちが、そのまま光になったかのようだった。


王子様役の男子生徒とのダンスシーン。魔法使いのおばあさん役の先生との掛け合い。継母や姉たちにいじめられる悲しい場面も、そして最後に王子様と結ばれる幸福な場面も、アヤカはまるで本当にシンデレラになったかのように、生き生きと演じきった。


劇が終わると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

カーテンコールで、アヤカはクラスメイトたちと手をつなぎ、深々とお辞儀をした。涙で視界が滲んでいたが、それは達成感と安堵の涙だった。


舞台裏に戻ると、ミユが駆け寄ってきて、アヤカを強く抱きしめた。

「アヤカ、ありがとう……!本当に、最高のシンデレラだったよ!」

ミユのリストバンドも、喜びを表すかのように、ひときわ明るく輝いていた。


「ううん、私の方こそ……ミユさんが励ましてくれたから」

アヤカは、照れながらもはっきりと答えた。


文化祭の後片付けをしながら、アヤカはふと自分のリストバンドを見た。いつもの頼りない光に戻っていたが、以前とは何かが違う気がした。ほんの少しだけ、その輝きに自信と温かみが加わったような。


目立つことや、生まれ持った華やかさだけが女子力じゃない。誰かのために一生懸命になる気持ち、小さな一歩を踏み出す勇気。そういうものも、きっと自分を、そして周りの人を輝かせる力になるのだ。アヤカは、文化祭の喧騒の中で、そんな確かな手応えを感じていた。ミユとの間にも、新しい友情が生まれた予感がした。空は高く澄み渡り、アヤカの心も、秋晴れの空のように晴れやかだった。

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