第1話 恋のボルテージ
夕焼けが校舎をオレンジ色に染める帰り道、高校二年生のユイは隣を歩く親友のサクラに言った。
「ねえ、知ってる? 私たちの生活を支える、大切なエネルギーのこと」
サクラはイヤホンで音楽を聴きながら、生返事をする。
「んー? ああ、女子力発電のこと?」
ユイは少し驚いた。
「え、サクラもそんな言い方するんだ?」
サクラは片方のイヤホンを外し、当たり前でしょう? という顔でユイを見た。
「だって、そうでしょ? 女性の魅力が上がるとエネルギーが発生するって。小さい頃から教わるじゃない」
「うん、そうだけど……改めて考えると、なんだか不思議だなって」
ユイは自分の胸に手を当てて、少し頬を赤らめた。
「可愛いって褒められた時とか、好きな人にドキドキした時とかに、あのエネルギーが生まれるんだもんね」
「そうそう。そして、そのエネルギーをこのリストバンドが電力に変えてくれる」
サクラは自分の左手首につけた、シンプルな銀色のリストバンドを見せた。ユイも同じものをつけている。
「スマホの充電も、家の電気も、元は私たちの女子力なんだから」
「本当にすごい仕組みだよね」
ユイは感心したように頷いた。
「女子力が上がる時と下がる時の落差が大きいほど、たくさんの電力が生まれるって言うし」
その時、二人の前を、バスケ部のエースでユイが密かに想いを寄せているカイトが、汗を拭きながら通り過ぎた。
ユイは思わず息を呑んだ。カイトはユイに気づき、にこりと微笑んで手を振ってくれた。
「あっ……!」
ユイの顔は一瞬で真っ赤になり、心臓がドキドキと音を立てた。すると、彼女のリストバンドの小さなランプが、チカチカといつもより速く点滅した。
「ほら見て!」
ユイは興奮気味に自分のリストバンドをサクラに見せた。
「やっぱり、カイトくんを見ると、いつもより発電量が多い気がする!」
サクラはクスッと笑った。
「恋の力は偉大ってことね。カイトくんは、ユイにとって最高の発電機なのかも」
別の日、放課後の公園のベンチで、ユイは少し困っていた。いつも持ち歩いている音楽プレイヤーのバッテリーが、完全に切れてしまったのだ。
「あーあ、また充電忘れちゃった……」
女子力発電が当たり前の今でも、たまにこういうことがあるのだ。
そこに通りかかったのは、偶然にもカイトだった。彼は自主練の帰りらしく、少し息を切らせている。
「どうしたの、ユイ?」
カイトが自然な様子で声をかけてくれた。
「あ、カイトくん……実は、音楽プレイヤーの充電が切れちゃって」
「そうなんだ。何か聞きたい音楽でもあった?」
ユイは少し迷ったが、勇気を出して言った。
「うん、カイトくんのおすすめのバンドの曲、すごく気になってて」
カイトは嬉しそうに笑った。
「そうなんだ! よかったら、僕のイヤホンで一緒に聴く?」
ユイの心臓はまたドキドキと高鳴った。カイトが差し出したイヤホンの片方をそっと受け取る。二人は肩を寄せ合い、カイトの音楽プレイヤーから流れるアップテンポな音楽に耳を傾けた。
ユイはカイトの横顔を見つめた。優しい笑顔、時折聞こえる息遣い、共有している音楽……その全てが、ユイの胸に温かい感情を灯していく。リストバンドのランプは、先ほどよりもさらに明るく、安定して点滅していた。日常的に意識することはないけれど、確かに自分の女子力がエネルギーに変わっているのを感じる。
しばらく音楽を聴いた後、カイトがふとユイのリストバンドに目を留めた。
「ユイのリストバンド、今日はいつもより明るいね」
ユイは少し恥ずかしそうに笑った。
「そうかな? カイトくんといると、なんだか少し嬉しいから」
カイトは少し驚いた顔をした後、照れたように目を逸らした。
「僕も、ユイとこうしてると、なんだか落ち着くんだ」
その時、ユイはふと思いついた。
「そうだ!」
彼女は自分の音楽プレイヤーを取り出し、カイトに向き直った。
「カイトくん、ちょっとお願いがあるんだけど……目を瞑ってもらってもいいかな?」
カイトは不思議そうな顔をしたが、素直に目を閉じた。
「いいけど……どうしたの?」
ユイは深呼吸を一つして、ドキドキしながら自分の顔をカイトの顔にゆっくりと近づけた。彼の温かい息遣いが、すぐそこに感じられる。ユイの心臓はどんどん高鳴り、リストバンドのランプは眩しいほどに輝き始めた。
「あのね……私の女子力で溜まった電力を、ちょっとだけ音楽プレイヤーに分けてもらいたくて……」
ユイは恥ずかしそうな声で言った。
「カイトくんと二人で一緒に音楽を聴いた記念に」
カイトは目を瞑ったまま、少し驚いた気配がした。
「なるほどね……ユイらしい発想だ」
ユイはさらに顔を近づけ、自分のリストバンドを音楽プレイヤーの充電ポートにそっと重ね合わせた。直接的な接触はないものの、 最高潮に高まった彼女の女子力エネルギーが、目に見えない流れとなって音楽プレイヤーへと注ぎ込まれていくような感覚があった。
しばらくすると、音楽プレイヤーの電源ランプが、微かに点灯した。
「あっ! 点いた!」
ユイは思わず歓声を上げた。顔を離すと、カイトはゆっくりと目を開けた。
「本当に充電できたみたいだね」
カイトは驚きと温かさが混ざったような笑顔を見せた。
「すごいな、ユイは」
ユイは照れながらも嬉しかった。
「ありがとう、カイトくん」
二人は再びイヤホンを分け合い、今度はユイの音楽プレイヤーから流れる音楽を一緒に聴いた。さっきよりも少しだけ音量が小さいけれど、二人の間には、言葉にできない温かさが満ちていた。
充電された音楽プレイヤーから再び流れるメロディーは、二人だけの秘密の合図のように、公園を二人の世界に置き換えた。それは、恋する女の子の勇気と、それを受け止める男の子の優しさが、日常にささやかな魔法をかけた瞬間だった。
ユイは思った。女子力発電は、私たちの生活に欠かせないもの。そして、そのエネルギーを生み出す特別な感情は、きっと、もっと温かくて、大切なものなんだ――。