波
「問一・あなたの小学校生活について百字程度で述べなさい」この問題は、中学受験で、いわゆる難関校と呼ばれる光谷学校で、今年出題された問題だ。この問題には奇妙な点がいくつかある、まず小学校生活だと範囲が広すぎる、この点でおかしいのだが、もっと驚くべきこと、いや、おかしながある、それは、この問題の正答率が「0%」だったことだ。
私は中学受験の大手塾で正社員として働いている布宮だ、していることといえば、主に教材の作成だ。「たかが小学生の問題」と思うかもしれないが中学受験の問題は思考力も問われる。例えば先述した光谷中学校の「思考力選抜入試」これは、問題を解くだけでなくグループワークなどを行い、「与えられた作業をこなす力」だけでなく「問題を思考力を働かせて解決する力」を図る入試だ。この入試は社会からの評価も高く、毎年多くの受験生を集めていた。
私は光谷中学校の教員の音田だ、今私は鳴りやまぬ電話の前で電話の対応をしている。
相手は主に塾から、用件は今年の入試の問一の採点基準を教えてほしいというものだ、あの問題は「意図が分かりにくい」や「採点基準が不明瞭」などと世間からも批判を受けている、もちろん答えるわけにはいかない、といっているが本当のことを言うと私も知らないのである。私は、広報部に所属しているのだが、校長が記述式の問題の採点をしたので私は採点基準を知る由もないのである。本当は私も知りたいのだが。そんなこんなで電話はすべて断っていた、その時、私のスマホに一通の通知が来た、私は無駄のない動きでカバンからスマホを抜き取り、通知を確認した、一通のメールが届いていた、内容を見て私は絶句した。
「布宮さん、これ見て」その声で私の目は覚めた、どうやらデスクで寝ていてしまっていたらしい、曇っている私の頭は次の一文で
晴れ渡った「今年の本校の思考力選抜入試の問一について。」これは光谷中学校の校長から塾関係者や新聞社などに送られたメールで、内容は「本校の今年の思考力選抜入試の意図についての説明会を行う。」ということだった。もちろんこれは例の、ネットでも「正答0%はおかしい」などと散々たたかれている「問一」についての話だろう。」だが、学校側は電話で聞いても「お答えできない」の一点張りだった、なぜ急に、しかも説明会という形で答えてくれるのか、疑問は残るが、とりあえず聞きに行きたい、しかし行けるかどうか…。
「校長、このメールは何ですか」校長室で問い詰める人々の中に私、音田もいた。校長は落ち着いた様子でこう言った「広報の中で私と説明会で話したい者は残って、それ以外は一度出て行ってほしい。」そして校長室の中に残ったのは私と校長だけになった。校長は私に例の問一の意図について話してくださった、それを聞いて、私は耳を疑った。そして興味本位で残ったことを少し後悔した、なんせ私はそのことを校長と、塾関係者や新聞社の方々に説明するのだから。
「子供たちには、いや子供たちにこそ表現の自由は必要であるのではないのでしょうか
」この校長からの発言を、その場、つまり光谷中学校にいた者たちは理解できなかったようだ。しかし校長は話を進める。「私はこの中学校で生徒の様子を見ていて、ひとつ気になったことがあったのです。それは授業中より休み時間のほうが明らかに生徒が活き活きしている事でした、もちろんこれは当たり前のことだと思います、しかし授業の中でも生徒主体の授業、つまり生徒同士で行うグループディスカッションなどでは、休み時間程ではありませんがかなり生徒が活き活きしているのです。」
ここで私、布宮はある疑問を持った、それを手帳に記録しておいた。校長は話を続けている。「生徒のこのような様子から私は、生徒たちが忖度をして、自由に自分の思いを表現できていないのではないかと思ったのです、もちろん忖度をすると社会では自分のためになることも多く、実際私もしたことがあります。しかし、中学生は失敗したとしてもある程度は大人が守ってくれます、なので中学生には忖度するという選択肢も知っておきながらも、自由に自分を表現するということを経験してほしいのです。」私は納得しつつも早く問題について触れてほしいと思っていた、その時校長はこう言った「さてここで今年の思考力選抜入試の大問一の意図についてです」その場で聞いていた人々は一斉に校長に注目し、校長が次に会場の私たちに放った言葉でその場に大きな波が立った。
「いやぁ~まさかあの校長なんにも考えていなかったんじゃないんですか?ねえ布宮さん」彼は私の同僚である箱田だ。よくデスクで寝ている私を起こしてくれる。それはそうと確かに一学校の一校長があんなことを言うとは思えない。しかしあの言葉は何も考えていなかったようには思えない。箱田の問にこう返した、「あの校長は面白いな。」私の手帳には「塾への批判?」という文字が白い紙に赤ペンでくっきりと書かれていた。そのあとに「×」と言う文字
「意図については、簡単に言うと波を立てたかったのだ。これは決して社会で悪目立ちしたいというわけではない。ただ受験勉強をすることと自分で好きなことについて自由に学習することはどのような違いがあるのかを子供にも、大人にも、少しでいいから考えてほしかったのだ。」私はあの日校長にこう言われた、私はこの言葉についてあれからずっと考えて自分なりの考えを見つけた。そして今説明会の直後に校長室で校長と二人で話している「校長、あの言葉は前置きからも考えて、受験勉強は受ける学校の先生が思っているような答えを書く練習をすることで、自由な学習は自分で好きなことについて深めること。
なので、自由な学習をしてほしいという意味でしょう?私も納得しました」これに校長はこう答えた「合っているがそこが問題なんだ」校長は続ける「確かに君の言っていることは私が考えていたことだ、しかし説明会を聞いていた者は何者だ」
「塾関係者ですけど…もしかして」
「そうだこの言葉は塾関係者からすると挑発にも感じられる、また今回は採点基準を公開していない、これは事前に連絡したからいいが、向こう側としても今回の説明で得られる利益は少なかっただろう」
「じゃあなんで説明会に…」
「おそらく本校の対応を見てこれからの本校
との付き合い方を決めるつもりだろう」
「だったら余計この中学校の評判が下がって
しまって入学者が減るじゃないですか」
「確かにそうなるかもしれない、少なくとも来年は」
「じゃあどうすれば」
校長は最後にこう言った「ほかの教員や職員を集めてくれないか」
塾が勧めるか勧めないかで私立中学の志願者は少なからず左右される、つまり学校の塾との付き合い方は重要だ、そして今塾業界で噂になっている中学校は光谷中学校だ。私、布宮の勤める塾もこの学校はあまりお勧めしてこなかった。やはり光谷中学校ときくと大問一の事件を思い出す人が多いだろう、結局あれがネットでも炎上し、思考力選抜入試が廃止され一般入試の人気も下がり、入学者が減り、校長が交代するまでそう時間はかからなかった。いまの校長は問題の説明会でもいた音田という人らしい。私自身、前校長が言っていたことは正しいと思う、けれども簡単に言うと「早すぎた」気がする。実際意味の社会では総合的な学習や探求的な学習などと称して、あの校長の言う「自由な学習」は実現されつつあるように思える。まあ、採点基準や意図を明確に公表しなかったことは塾としても迷惑だったが。
それはそうとなぜ今光谷中学校が噂になっているのかというと、思考力選抜入試に代わる入試として、新しく「自己表現型入試」というものができたからだ、入試で自分をアピールするのは、要するに自分は学校が欲しい学生であることをアピールすることなので、前校長の話と矛盾する気がする。今箱田が新入試形式の説明会に行っているので帰ったら詳しく話を聞こう。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。私光谷中学校長の音田と申します」
目の前には多くの新聞社や塾関係者、あの時と同じだ。私は前校長が全職員に向けていった言葉を思い出した
「「私が今から話すのは思考力選抜入試の大問一の意図についてだ、私は、生徒がどれだけ自分に正直に答えられるのか見たかったのだ。しかし結果はみんな揃って学校で自分が役に立ったことだけを書いていた、もちろんそれが本当の事であるかもしれない、しかし、小学校生活には困難なことや失敗したこともあるだろう、いや、それを経験しなかった者は本校の目標に合致しないだろう、さらに、小学校生活で多くの経験をしたものは百字程度ではまとめきれないだろう。そう考えて私は失敗を少しでも書く、又はまとめきれないという意味を含ませた者に点数を与える予定だった。これが採点基準についてだ。まあこれも私の言う
「受験勉強」になってしまうと思うかどうかはあなた方にお任せします。」」
「本校で新しく導入される入試方式、自己表現型入試は面接と作文、筆記試験、筆記試験の振り返り文、を用いてどれだけ自分のことを客観的に理解できているかを問う入試方式です。」
私、箱田は音田校長の言葉を聞きそれを同僚の布宮に細大漏らさず話した、すると布宮の顔がぱっと明るくなった、そういえば、音田校長は最後に妙な事を言っていた、まあこれに深い意味はないだろう。「時代はいつかわるのでしょうね。」
僕は布宮海戸、さっきお父さんから光谷中学校の昔の話について聞いた、今でさえ自己表現は大切だと言われているけれど、このころは認められなかったのかな。まぁ小5の僕が考えてもしかないか。
ふとスマホでSNSを見ると、次のような文字が目に入った「光谷中学校、自己表現型入試でまたもや悪問か、「最悪、このせいでうちの子は落ちた」「終わってる」「前もこんなことあったんでしょ、だる」
僕はお父さんが最後に言っていた音田校長の言葉の意味が分かったような気がした。
読んでいただきありがとうございました。
あくまで個人の想像です