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王の帰還


婚約破棄を賭けて始まった公爵令嬢イザベルと平民特待生アンナのカードバトル。


王族しか使えないはずなのに、ノリと勢いで何故か平民のアンナでも召喚出来てしまった伝説のカード『神に祝福されし皇子 デュエル・オブ・プリンス』。


しかしアンナの切り札であるそのカードは、イザベルが召喚した2枚目の伝説のカード『神に愛されし女王 デュエル・オブ・クイーン』により破壊されてしまう。


切り札を失いモンスターが全滅したアンナの、逆転を賭けたターンが始まろうとしていた。



「私のターンです。ドロー!」


声高らかにカードを引いたアンナ。その引いたカードを見て、アンナは小さく微笑んだ。

待ち人に出会ったような、母親を見つけた子供のような、そんな笑みだった。


「……ありがとうございます。イザベル様」


そして不意にアンナがイザベルに礼を言う。仇敵からの突然の言葉に、イザベルは訝し気に眉をひそめた。


「何のつもりかしら?」


「私がこのカードを使うのは今日が初めてです。このカードの使い方が私にはずっと分からなかった。このモンスターを召喚する方法が、私にはなかった。けれどルーカスとの出会いと、貴方の強さのおかげで、私は初めてこのカードを使うことが出来る」


顔から笑みを消し、アンナは堂々とそのカードを前に掲げた。


「このカードは、私が死んだお母さんから貰ったカード。お母さんは祖母から、祖母はひい祖父から、代々私の一族が受け継いで来たカード。お守り代わりにずっとデッキに入れていた、世界で一番大切なカード」


アンナがそのカードに魔力を込め始める。カードが淡く白い光を放ち始める。


「このカードは決して手放してはいけない。このカードは誰にも見せてはいけない。その言いつけと共に、私の家は先祖代々300年、この使い方の分からないカードを守ってきた」


アンナのカードが眩い閃光を放つ。地上に太陽が現れたが如きその輝きは、先ほどアンナが『デュエル・オブ・プリンス』を召喚した時と同等のもの。


「ねえ、イザベル様。王子様が退場してしまったら、次は誰が登場すると思いますか?」


「ば、かな。何だ、何だその輝きは。『プリンス』はもう倒したはず。そんな輝きを放つカードがお前のデッキに、この世に残っているはずがない!」


カードの輝きが一時的に収束し、その光が弱まる。


「このカードは、デュエル王国初代国王とその子孫しか使用することが出来ない」


「!!??」


そしてアンナはその手のカードのテキストを読み上げた。


そんなテキストが書かれたカードは、もうこの世に2枚しかないはずなのに。その内の1枚は今イザベルの場にいて、残りの1枚はアンナの墓地に送られていて、もう残っていないはずなのに。


何故かアンナは、手札にある3枚目のカードのテキストを読み上げる。


「このカードは自分の墓地に『王のカード』がある時、手札から召喚することが出来る!」


収束した光がその光量を再び爆発的に上昇させる。魔力光が稲光となってフィールド内を荒れ狂う。天が震え、地が唸る。

それは正に、『デュエル・オブ・プリンス』を召喚した時と同等の、規格外の魔力反応。


「300年の眠りを経て、失われし王は凱旋を果たす。我が先祖の献身をもって、我が魔力を喰らい、今こそ我が力となれ。『神に選ばれし王 デュエル・オブ・キング』!!!」


光りがあった。そして光の後、一体の男性型モンスターが光の中央に立っていた。


外套をたなびかせ、その顎に権威の象徴たる髭を蓄えた荘厳なるその姿。その手には輝く宝玉を携え、その頭上には黄金の王冠が輝いている。


『神に選ばれし王 デュエル・オブ・キング』。攻撃力5000。


伝説に謳われる3枚の王のカード。その長たる王の中の王が、300年の時を越えて現代に降臨した。


誰もが言葉を失っていた。多くの者が無意識に涙を流した。

いなくなったはずの王が、愚かしい権力争いによって姿を消してしまった王が、300年ぶりにその姿を現した。

その瞬間に立ち会えた感動で、何人ものデュエル王国人が忘我の涙を流した。


「あ、りえない」


今日何度目になるか分からないその言葉を、イザベルはそれでも我慢できず口にした。


「何なの、何が起こっているの。これは、これは一体、」


夢だと思いたかった。何かのトリックだと信じたかった。どうして300年間見つからなかった幻のカードが、今イザベルの目の前にあるのか分からなかった。


しかし、目の前に現れた王のカードは間違いなく本物で、そのカードの圧倒的存在感が、何より有言に目の前の光景が現実であることを示していた。


説明を求めてイザベルはルーカスを見た。

しかしルーカスもただ茫然と『デュエル・オブ・キング』を見上げていた。


ルーカスがイザベルの視線に気づき、イザベルを見る。ルーカスは驚愕の表情を顔に張り付けたまま、首を横に振った。


「し、知らない。僕もアンナが『キング』のカードを持っているなんて知らなかった。でも、だが、そうか。それしか考えられない」


召喚された『デュエル・オブ・キング』と、それを召喚したアンナを交互に見ながら、ルーカスが言葉を続ける。


「アンナはきっと、300年前に王のカードと共に行方不明となった王女の子孫なんだ」


ざわっ……と、ルーカスの発言に会場全体を動揺が走った。


「王族の血を引いていなくても、初代国王に匹敵するような王器があれば、王のカードは扱うことが出来る。アンナが『プリンス』のカードを使うのを見て、僕は王のカードの使用条件にはそういう抜け道があるのだと思っていた。でも、そうじゃなかった」


声に震えを含みながら、ルーカスは自分の考察の続きを話した。


「300年前の内乱で行方不明になった王女が、その時民草に混じり、そのままその生涯を終えたなら。王女の血を引く子孫が、王女が持っていた『キング』のカードを託され、それを血と共に子孫へと受け継がせていったならば。アンナが、初代国王の血を引く王女の末裔ならば、」


ごくりと、唾を飲み込んで、ルーカスは結論を口にした。


「アンナの膨大な魔力量にも、アンナが王のカードを使えることも、アンナが『キング』のカードを持っていることにも、全てに説明がつく。アンナは消えた悲劇の王女の末裔。建国王の血を引く、王室の一員として迎え入れるべき人物ということになる」


一転、会場は蜂の巣を突ついたような騒ぎになった。

そんな馬鹿げた、活劇の脚本のような話が現実にあってたまるかと、何人もの貴族がルーカスの考察を否定しようとした。


しかし、誰も異を唱えることは出来なかった。アンナが召喚した『キング』のカードが、アンナに従う『キング』のカードが、アンナに流れる血統を証明していた。


「……認められるものか、そんな話」


ただ一人、その証明の一切を無視しようとする女の怨嗟が、会場のざわめきを黙らせた。


「お前のような薄汚いドブ鼠に、私やルーカス様と同じ貴き血が流れているなどと、そんなこと私は絶対に認めない」


自分に不都合な事実は一切認めないというその発言。真実ではなく自分の都合こそを正解とするその思想。


「お前を殺す。お前の血筋も根絶やしにする。そしてお前がどこからか盗み出したその『キング』のカードを奪い返し、デュエル王国はかつての栄光を取り戻す」


都合が悪いことは力尽くでなかったことにし、自分に有益なものだけは掬い取るという身勝手極まりない暴論。そしてそれを実現出来てしまうだけの権力。


「お前が王族の一員と認められ、ルーカス様と結ばれて、ハッピーエンドになるだなんて、そんなふざけた筋書きを私は断じて認めない!」


ただの我侭であっても、それを他者に無限に押し付けることが出来る理不尽さが、イザベルの言動には満ちていた。


「貴方に認めて貰えるとは初めから思っていません。そして、私に誰の血が流れているのかも、私にとってはどうでもいい」


吐き捨てる様にアンナは言う。


「貴方は、貴族と平民で血の色が違うとでも思っているのですか? 貴方も私も王様も、路地裏で野垂れ死ぬ赤子であっても、流れる血の色は等しく赤。王とは血の色で決まるものではない」


何かを掴むような仕草で、アンナは自分の手のひらを閉じ、拳を握った。


「歴史を学べば自ずと分かる。王を、支配者を、決めてきたのはいつだって、カードという名の力のみ。私はルーカスにふさわしい。私は玉座にふさわしい。私は全てを手に入れる。その為の力は! すでに! この手の中にある!!」


アンナはイザベルの場にいる『デュエル・オブ・クイーン』を指さした。


「『デュエル・オブ・キング』の第二効果発動。絶対なる王命! このモンスターはフィールドに召喚された時、相手フィールド上のモンスター1体のコントロールを奪うことが出来る。私が奪うのは当然、『デュエル・オブ・クイーン』!」


「な!?」


『デュエル・オブ・クイーン』が光に包まれて消え、『デュエル・オブ・キング』の隣に姿を現す。王と女王がアンナのフィールドに並び立った。

同時、イザベルのもとから『クイーン』のカードが消え、アンナのもとへとカードが移動する。


「や、やめて、そのカードは私の、」


「言ったはずです。私は全てを手に入れると。私は貴方の全てを奪うお前の敵だ! 私は、『神に愛されし女王 デュエル・オブ・クイーン』の効果を発動!」


『クイーン』のカードテキストを確認し、容赦なくアンナがそのモンスター効果を振るう。


「自分の場に『クイーン』以外の『王のカード』が存在する時、デッキ、手札、墓地のいずれかから、『王のカード』を召喚することが出来る!」


『クイーン』のそのモンスター効果は、イザベルすら使ったことのない効果だった。

『クイーン』と『キング』の体が輝く。その輝きの中から生まれるようにして、墓地より救国の皇子が蘇る。


「お願い、もう一度私の為に働いて。私の可愛い王子様!」


アンナの呼び声と共に、『デュエル・オブ・プリンス』が復活した。


『『『ガシャン!!!』』』


かくしてアンナのフィールドに、3体の『王のカード』が集う。

宝玉、宝杖、宝剣。三種の神器を携えし世界最強の3枚のカード。


その3体が、アンナの前に並ぶ。アンナを守る様に、アンナに敬意を払うが如く、3体の伝説が揃った。


割れた窓から差し込む光が3体の王と、それを従えるアンナの姿を、スポットライトのように照らしていた。


ああ、まるで神話のようだと、その光景を見た者全てが心を奪われた。


「……さあ、バトルです」


そして、アンナが攻撃対象を指さす。イザベルの場に唯一残っていた『クイーン』のカードはアンナによって奪われた。

故にアンナのモンスターの攻撃が向かう先は、イザベル本人以外残されていない。


「み、認めない。お前のことを、私は絶対に認めない! 私は手札から、」


イザベルが憤怒を爆発させるように叫び、手札から1枚のカードを発動させる。


「スキルカード『横領で溜め込んだ隠し財産』を発動。ダイレクトアタックを受ける時、墓地のモンスターカードをゲームから除外することで、その攻撃力分の魔力を回復する!」


「攻撃力5000『神に選ばれし王 デュエル・オブ・キング』でダイレクトアタック!」


「攻撃力2000『陰険な伯爵令嬢』を除外して回復! っがあああああ!?」


足し引き3000のダメージをイザベルが襲う。凡人なら失神してゲーム続行不能になってもおかしくないほどの激痛がイザベルを襲う。


それをイザベルは耐え切り、魔力障壁を維持し続けた。


「続けて攻撃力4200、『神に愛されし女王 デュエル・オブ・クイーン』でダイレクトアタック!」


「……っ、攻撃力2200『横暴な侯爵令嬢』を除外して回復!」


再びイザベルの悲鳴が上がる。悲鳴を上げてなお、イザベルは倒れなかった。その膝を折らなかった。まだ諦めてないと、アンナを睨む。


「まだ立つならばまだ叩くのみ。攻撃力4000『神に祝福されし皇子 デュエル・オブ・プリンス』でダイレクトアタック!」


「ま、だ、まだだあ! 攻撃力2700『豪華絢爛なる公爵令嬢』を除外して回復!!」


『プリンス』の宝剣が振り下ろされる。最後イザベルは悲鳴を上げなかった。痛みにすら打ち勝ち、膝を折らなかった。


『プリンス』の攻撃の後、フィールドを土煙が覆い、それが晴れる。


イザベルはまだ立っていた。その身はまだ、障壁によって守られていた。

イザベルの魔力はまだ残っていた。イザベルはまだ、負けていなかった。


「た、えた。耐え切った、ぞ。家なしのアンナぁぁ……」


気品も優雅さも欠片も残っていないイザベルの姿。傷だらけの幽鬼のごとき姿で、しかしアンナに対する憎悪だけは少しも衰えさせず、イザベルは立っていた。


殿堂入りチャンピオン、恐るべし。イザベル・ヴァンドーム、恐るべし。


伝説の王のカードが3体目の前に並んでなお、勝利を諦めず、敵を倒そうとするその姿に、観衆は畏敬の念すら覚えた。


「つ、ぎは、私のターン、だ。ドロー!」


イザベルがカードを引こうとした、その時である。イザベルはカードを引けなかった。デッキの一番上のカードが固定され、ドローすることが出来ない。


「何を勘違いしているんですか?」


何故とイザベルが首を傾げるより早く、アンナがその答えを告げる。


「私のターンは、まだ終了していません!」


「なにを、言っている?」


「イザベル様は強い。例え王のカードを並べても、ターンを渡せば必ず逆転の一手を打ってくる。だからもう、貴方にターンは譲りません。あなたはこのターンで倒しきる」


「だから何を言っている!? 場のモンスターの攻撃が全て終わった上で、これ以上何が出来ると、」


「『このモンスター効果は、3枚の王のカードが攻撃をし、それでも勝負が決着しなかった時のみ使用できる』」


「そ、れは」


アンナがそらんじたそのカードテキストを聞き、イザベルは思わず絶句した。


「女王のカードを受け継いだイザベル様も、やっぱりこのテキストを知っているんですね。私もです。私もこのテキストは、小さい頃お母さんに教えて貰ったもの」


そのカードは()()()()()。けれど、そのカードのテキストはずっと覚えておかなければならない。

そして自分に子供が生まれた時は、そのテキストをその子に必ず覚えさせなければいけない。


母との思い出を懐かしむような口調で、アンナは語る。


「小さい頃は夜寝る前、お母さんは子守歌代わりに、毎晩そのカードのテキストを私に聞かせてくれました」


「貴方の家カードのテキストが子守歌だったの!?」


「このモンスター効果は、3枚の王のカードが攻撃をし、それでも勝負が決着しなかった時のみ使用できる。3枚の王のカードをリストレーションすることで、『天』よりそのカードは降臨する」


イザベルのツッコミを無視し、イザベルがそのカードテキストをそらんじる。

手札のカードのテキストを読んだのではない。母に教わって暗記した『存在しない』カードのテキストを、アンナは読み上げた。


「私は、場の全てのモンスターをリストレーション!」


そして、テキストに沿って王のカード全てを生贄に捧げる。


『『『…………』』』


3体の王のカードが、まるで捧げ物をするようにその手に持った神器を天に掲げ、光になって消えていく。


瞬間、天より光の束がバトルフィールドに降り注いだ。

その光線は会場の屋根と天井を通過し、バトルフィールドの中央に命中する。


空より突然降って来た、自然現象ではありえないその光線の中に、一枚のカードが浮かんでいた。

そのカードはふわふわと浮かびながら、アンナに近づいてくる。まるで『受け取れ』と、アンナに言っているようだった。


「う、嘘よ。それはただの伝説。神話として語られているだけの作り話。そんなカード、実在する訳がない」


アンナがそのカードを手に取った。

そしてそのカードを、ぎゅっと胸に抱きしめる。


「私はこのモンスターカードの効果により、天よりモンスターを召喚する!」


叫んで、アンナはそのカードを高く掲げた。


手札からでも、デッキからでも、墓地からでもない、天から降って来たカードの召喚。

それは条件を満たした時、神の国より舞い降りて来ると言われる、伝説のカード。


歴史上、デュエル王国初代国王のみが手にしたという、究極の神のカード。


「私は王のカード3体の魔力を使い、『天空の神 ゴッド・オブ・デュエル』を召喚!!!」


1000年の昔、一人の男が三枚のカードを神殿で拾った。そして今は王城が聳え立つ丘の上で、その男は神の預言を聞いた。


この地に国を築き、それを治めよと。

この預言に従うならば、男が手にした3枚のカードでも乗り越えられぬ試練が立ちはだかった時、神の力がお前を救うと。


3枚の王のカードと、それを従えた初代国王の神話。

その中で語られた、あらゆる艱難辛苦を乗り越えた初代国王を、最後に助けたという神のカード。


それは人工精霊が封印された通常のモンスターカードとは全く違う代物。


そのカードは神に選ばれし王が神より賜った神に作られし神のカード。

神創精霊が封印された、究極の神のカード。


その神話が、アンナという一人の少女の手によって、現代に降臨しようとしていた。


「さあ、神よ。天より舞い降りてその力を私に示せ!」


アンナが叫ぶと同時、世界は闇に包まれた。


光りが収縮するように、アンナの手にしたカードが周囲の光りを残らず吸収した。


まず闇があった。次の瞬間、神により光は生まれた。


世界が創造されるような閃光と共に、一柱の神が降臨する。


背に8枚の翼。6本の腕と2本の脚を持つ人型。その顔は輝く光に隠され、どの角度から見てもその面貌を確認することが出来ない。


『天空の神 ゴッド・オブ・デュエル』。攻撃力10000。


その姿を見た瞬間、目にした者は皆一様に一つの言葉を呟いた。おお、神よ、と。


そうそれは、過去1000年誰も見たことがなかった光景。

歴史上、神のカードを召喚出来たとされるのは一人だけ。王国の建国者たる初代国王のみ。


気付けば決闘を見守る全ての者は膝を折り、臣下の礼をとっていた。学園の生徒も、教師も、パーティー会場の給仕すらも、全員が膝を折っていた。


王が帰って来た。その光景を見た全ての者がそう感じていた。

王とは『デュエル・オブ・キング』のことではない。『神のカード』のことでもない。


初代国王と同じく、3枚の王のカードと神のカードを支配する、最も強く最も偉大な王が、1000年の時を越えて帰還したのだと、デュエル王国人の血が流れる全ての者が理解した。


「私は! 手札からスキルカードを発動!」


その王に、神に、抗おうとする女が一人。


「私はこのスキルカードで『天空の神』を、」


「無駄です! 『天空の神 ゴッド・オブ・デュエル』は、あらゆるモンスターの攻撃、効果、そしてスキルカードを無効にする!」


イザベルがスキルカードに込めようとした魔力が、カードに拒絶されたように霧散した。


起死回生の切り札だったカードが無力化されるのを見て、イザベルは泣きそうな顔になった。


「な、なによ。次から次へと何なのよこれは。こんなのインチキ、そんなモンスターカード、インチキだわ」


「モンスターではない、神だ! そして今更お前が被害者ぶるな! 先に私を追い詰めたのはお前の方だ。私にこうまでさせたのは、ここまで私を追い込んだのは、お前自身の醜い嫉妬心だ!」


アンナがイザベルを一喝する。召喚した神に標的を教えるように、アンナがイザベルを指でさした。


「バトルだ」


イザベルの場にモンスターはもういない。神の攻撃の向かう先は、3枚の王のカードの攻撃を浴びた瀕死のイザベルしかいない。


「ずるいわ、こんなのおかしい。なんで私がこんな目に、理不尽よ。理不尽過ぎる」


「そうだ。その通りだ! 理不尽を受けろ。今日からは理不尽を振るのはお前ではなくこの私だ。私が振るう最初の理不尽を、その身をもってとくと味わえ、イザベル・ヴァンドーム!!」


「……いや、いやよ。だって、だって私の方が先に、ルーカスのこと、好きになったのに」


「……フッ」


アンナはイザベルのその発言を鼻で笑った。


そして自分の隣に立っていたルーカスを引っ張って抱き寄せると、その頬に見せつける様にキスして見せた。


「悪いけど、この人もう私のだから」


「こ、」


「『天空の神 ゴッド・オブ・デュエル』でイザベルへダイレクトアタック。ジャッジメント・パニッシャー!」


「このクソ女ああああああああああああ!!!!」


イザベルが発狂し、アンナに向かって飛び掛かろうとする。

カードバトルの一切を無視し、鬼の形相で向かって来たイザベルを、『天空の神』の放った光線が焼き払う。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!??」


イザベルの断末魔じみた絶叫が上がる。

攻撃力10000という計算すら馬鹿らしくなる火力を前に、イザベルの魔力障壁は一瞬で消滅し、その光撃のほとんどをイザベルはその生身で受け止めることになった。


「公爵令嬢イザベル、完・全・粉・砕! 私の勝ちだ!!!」


アンナが勝鬨を上げる。突然アンナにキスされてビックリしていたルーカスは、しかし勝利したアンナを抱きしめた。アンナもまたルーカスを抱きしめる。


その二人の頭上で、『天空の神』が観衆達の方を向いて両手を広げていた。

『何をしている。称えろ』と神が言っているようだった。


ちらりと、生徒が神の攻撃を受けたイザベルを見る。


巨大なクレーターとなった床の中央に、ボロ雑巾のようにズタボロになったイザベルが転がっていた。

死んではいないようだが、攻撃力10000のダメージの余韻なのか、まだぴくぴくと潰れたカエルのように痙攣している。


身の危険を感じた生徒たちが、慌ててまばらな拍手をアンナとルーカスに送った。神のカードは満足げに頷いて、光になって天へと帰っていった。


その天空の神を、アンナとルーカスが見送る。


「終わった。勝ったのね、私」


「ああ、そうだね。おめでとう」


言いながら、ルーカスがアンナの乱れた髪をそっと撫で整える。


「これでルーカスは婚約から解放されて自由なのね?」


「ああ、そうだよ」


と言っても、イザベルとルーカスの婚約が破棄されただけで、アンナとルーカスの仲が誰かに認められた訳ではない。

アンナが王族の末裔という話も、カード以外に証拠はない。アンナとルーカスが結ばれるためには、それに反対する人間を片っ端からカードバトルで倒していくしかない。


ルーカスの父である国王も、王国最強のカード使いであるヴァンドーム公爵も、絶対に反対するだろう。それ以外にも、アンナとルーカスの結婚に反対する者は山ほどいるはずだ。


その全員を倒さなければ、アンナとルーカスが結ばれる未来はない。そして1度でも負けてしまえば、その瞬間平民のアンナは処刑されてしまうし、皇太子といえどルーカスも無事では済まされない。


余りにも過酷な茨の道だった。しかしそれでも、アンナとならば。この誰よりも強くて、でもルーカスが誰より守りたいと願うこの少女と一緒ならば。


ルーカスはアンナを抱きしめながら、決意を新たにしていた。


「ねえ、ルーカス」


「なんだい?」


「つまり貴方は今、婚約から解放されてフリーってことよね?」


「? それはもちろん」


「浮気は駄目よ?」


ルーカスは気づいた。自分の腕の中にいるアンナの目が、かなり淀んでいることを。

ルーカスの背中に回されたアンナの腕が、絶対に逃がさないと、爪を立ててルーカスを捕えていることを。


「す、する訳ないだろ、浮気なんて。僕が愛しているのは君だ、」


それ以上は口にしなくていいと、アンナは人差し指をルーカスの口の前に立てて言葉を遮った。


「もちろん信じているわ、ルーカス。でもね、私裏切りは許さない。もしあなたが私を裏切ったらその時は、」


「そ、その時は?」


「『アレ』よりもっともっと酷い目に遭わせるから、覚悟しておいてね」


『アレ』と言いながら、アンナは地面に転がるイザベルを親指で指した。

ズタズタのイザベルを見て、自分が同じようにボコボコにされるところを想像し、ルーカスは必死になって何度も何度も首を縦に振った。


ああ、ルーカス皇太子って、結局女性の尻に敷かれる運命なんだな。

この国の未来の国王のその姿に、将来親の跡を継いでルーカスを支えることになる学園の生徒達は、遠い目になった。


その時である。


しゅるるるるるる……


会場の外で、煙が上がった。色の付いた狼煙だった。


割れた窓から外を確認すれば、幾つもの狼煙が四方八方で上がっていく。


「こ、これは、」


ルーカスが青い顔になって呟く。何が起きているか分からないアンナが、ルーカスにあの狼煙は何かと質問しようとしたその時である。


「……ようやく自分たちの仕出かしたことの重大さに、皇太子殿下も気づいたのかしら?」


その声にアンナが振り向くと、いつの間にか復帰していたズタボロのイザベルが、アンナとルーカスの後ろに立っていた。


「ボロ雑巾、じゃなくてイザベル様! あなたまだ生きて、」


「誰がボロ雑巾よ! 勝手に殺さないで頂戴」


言って、後ろによろめくイザベル。取り巻きの令嬢が慌ててその身体を支えた。


「イザベル、あの狼煙はまさか」


「まず間違いなく、他国の間者達によるものですわ。一刻も早く今起きたことを国に知らせるために、潜入がバレるのもお構いなしで、最短で情報を国に届けようとしている。仕事熱心なことね」


デュエル王国は大陸の内地に在る、多くの国と国境が隣接している大国だ。

その国内には様々な国の間者が入り込んでいるとされており、おそらくは、このギャザリング学園の中にも間者は紛れ込んでいた。


「国と国との戦争は、国を代表する3名のカード使いの戦いによって勝敗が決まる。デュエル王国の代表は、国王陛下と我が父ヴァンドーム公爵。そして、次期王妃だったこの私。この3人によって王国は守られていた」


言って、イザベルは笑った。


「けれど、もう私は王家の為に尽くす気はないわ。皇太子殿下に裏切られて、これ以上貴方の為に働くなんてとても無理。そしてそれは私の父とて同じこと。そして頼みの国王陛下は、ご高齢で病がち」


失望するように、イザベルは溜息を吐いた。


「病を押して陛下が外遊をされているのも、全ては後継である息子の治世が少しでも安定すればと慮ってのこと。ルーカス様、あなたは長年王家に仕えたヴァンドームの献身も、陛下の親心も、その全てを踏みにじってその女を選んだのです」


その意味が、そしてそれがどれだけ恐ろしい結末を王国にもたらすのかを、本当に分かっているのかと、イザベルは問うた。


「私の今日の敗北により、国防の要を担っていたヴァンドーム公爵家は、その任から降りる。他国から今のデュエル王国は、城壁の崩れた裸の城も同然に見えるでしょうね」


異国の侵略者達が王国へ押し寄せて来ることになると、イザベルは言った。

狼煙は次々と上がり、伝言ゲームのように遠くへ遠くへと、国境を越えた更に先目掛けてメッセージを届けていく。


「……望むところです」


しかし、イザベルの言葉に何も言い返せなくなったルーカスに代わり、アンナが答えた。


「私はイザベル様に言ったはずです。全てを手に入れると。カードと力で全てを手に入れ、阻む者全てを倒して進むと」


そう約束したでしょうと、アンナがルーカスを見る。アンナの瞳に力を貰い、ルーカスは強く頷いた。


「邪魔な婚約者がいるなら、その婚約者を倒す。陛下に認めて貰えないなら、陛下にだって勝つ。外国が邪魔をしてくるというなら、その全てを蹴散らしてみせる」


言って、アンナは真っすぐにイザベルを見た。


「その程度の覚悟すらなく、王妃になろうとした貴方の全てを踏みにじろうとするほど、私は愚か者じゃない」


「ふん、何も知らない平民の分際で。貴方の言葉はいちいち狂人じみていて、とても聞いていられないわ」


言って、イザベルはルーカスに向かって一枚のカードを投げた。

ルーカスがそのカードを受け取る。


それはカード決闘が終わって本来の所有者の手元に戻った、『神に愛されし女王 デュエル・オブ・クイーン』のカードだった。


「イザベル、これは……!」


「勘違いしないでね。貴方達二人のことを認めた訳ではないから」


腹立たし気に、そしてルーカスの顔を見ないようにしながら、イザベルは言葉を続ける。


「そのカードは、王国の王妃が持つべきカード。皇太子の婚約者でなくなった私にはもう不要。だから、王族である貴方に返すだけよ」


イザベルは踵を返し、アンナとルーカスに背を向けた。


「邪魔するもの全てを踏みにじって勝ち続ける。そんな誰からも祝福されない道を征くというのなら、好きになさいな。貴方達がどこで野垂れ死ぬか、楽しみに見物させて貰うから」


言って、イザベルは去っていった。


「ええ、見ていて下さい。イザベル様」


その背中に向かって、アンナが声を掛ける。


「私とルーカスは誰にも負けません。勝って勝って勝ちまくって、この世界の全てを手に入れて、世界で一番幸せなカップルに、ふ、夫婦にだってなって見せますから!」


最後の方はちょっと照れて赤くなりながら言ったアンナ。

そんな可愛い恋人を、そっと抱き寄せるルーカス。


二人の門出を祝うように、あるいは阻むように、デュエル王国の政変を告げる敵国の狼煙は、次々と上がり続けたのだった。



次回予告

周辺国からの宣戦布告を受け、王国の存亡を懸けた戦いはついに始まってしまった。


国対国の代表戦。王国と長年に渡り争い続けて来た帝国が放った第一の刺客は、仮面で顔を隠した謎のマスクマン『マスク・ド・売国奴』だった。


娘の婚約を一方的に破棄された怒りに燃えるマスク・ド・売国奴。

伝説の王のカードの弱点を知り尽くす最強最悪の刺客は、その悪辣なる手練手管で3枚の王のカードの力を完璧に封印してしまう。


切り札を封じられ、絶体絶命のピンチに陥るアンナとルーカス。その窮地を救ったのは、仮面で顔を隠した謎のマスクウーマン、『マスク・ド・フィアンセ』だった。


次回、『華麗に登場! 敵か味方かマスク・ド・フィアンセ』


婚約破棄されたくせにまだフィアンセを名乗るだなんて、どれだけ面の皮の厚い女なの!?


次回も決闘準備罪(デュエルスタンバイ)



これにて完結です。

アンナ達の戦いはまだまだこれからだ! ご愛読ありがとうございました。


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[良い点] 面白かった! [一言] カードゲーム販促アニメでよく見る無茶苦茶さと、なろうの追放系でよく見る無茶苦茶さがうまくマリアージュされ、その勢いのまま最後まで読んでしまいました とても面白かった…
[一言] 最高!!でした。 目茶苦茶面白かったです。 バインちゃんのときからですが、私は磯野先生のセンスが好きです! いちいち声が再生されて、毎日笑い転げました。 ありがとうございました。
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