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伝説の王のカード


ルーカス皇太子の婚約破棄を賭けて始まった、公爵令嬢イザベルと平民特待生アンナのカード決闘。


その戦いの趨勢は、イザベルの圧倒的優勢に傾いていた。


イザベルのフィールドには攻撃力2700の『豪華絢爛なる公爵令嬢』、攻撃力2200『横暴な侯爵令嬢』、攻撃力2000『陰険な伯爵令嬢』の上位モンスター3体が並ぶ盤石の布陣。


対してアンナの場のモンスターは全滅。加えて、上位モンスター達による直接攻撃を浴びせられ、アンナはその魔力を大きく消耗させられていた。


息も絶え絶え、ダイレクトアタックのダメージによって、地面に這い蹲ったまま立ち上がることすら出来ないアンナ。


「あ、きらめない。わたし、は、私は、」


急激な魔力の消耗で、意識すら朦朧としているのだろう。どうにか立ち上がろうともがきながら、アンナは意味の繋がらない言葉を繰返していた。


傍らにいたルーカスが、見兼ねてアンナを助け起こそうとする。


しかしルーカスが伸ばしたその手を、アンナは押しのける様にして拒否した。


「いら、ない。王子様の助けなんて、いらない」


「……アンナ」


まさか拒否されるとは思わなかったのだろう。ルーカスがショックを受けた様にアンナの名を呟く。


「だって、だって私は知ってる。誰も助けてくれないって、知ってる」


アンナの目は焦点が合っていなかった。その口から漏れる言葉もまた、混濁する意識が生み出すうわ言だ。誰かに向けた言葉でも、誰かに聞かせるための言葉でもない。


「本当は私だって、助けて欲しかった。物語に出て来る白馬の王子様に、助けに来て欲しかった。お母さんが死んだ時も、家を追い出されて路上で生活していた時も、孤児院で人買いに売られそうになった時も、学園でいじめられている時も、ずっと、ずっと、助けて欲しかった」


そのアンナの姿を見て、イザベルは自分が先ほどアンナに抱いた恐れは単なる錯覚だったのだと気付いた。


このアンナという平民に、謀略を巡らせて人を操るような賢さはない。

この惨めな平民にあるのは、ゴキブリのようなしぶとさと、ただ真っすぐに挑み掛かって来るだけの愚かな単純さだけだ。


「でも、どれだけ待っても、誰も助けてなんてくれなかった。どれだけ願っても、王子様なんて現れてくれなかった」


アンナの手が地面を押し、その上体を持ち上げる。その脚が、再び立ち上がる為に地面を踏みしめる。


「だから、だから私は、気付いたんだ。自分でやるしかないって。自分の力で立ち上がるしかないって。誰かに守って貰うんじゃなく、自分が強くならなくちゃ、戦う為の力がなくちゃ、私はこのまま泣き続けるしかないんだって分かった。だから私は、私は!」


アンナは立ち上がった。その震える足で。そして手札から一枚のカードを選び取り、それを天高く掲げる。


「私は、手札からモンスターカードの効果を発動する!!」


「そのしぶとさだけは、認めて差し上げますわ」


どれだけイザベルにいじめられても、学園から逃げ出さなかったアンナ。

そして今、見事立ち上がって見せたアンナに、イザベルは初めてとなる賞賛の言葉を送った。


今更どんなカードを使ったところで、上位モンスター3体が埋めるイザベルの盤面をひっくり返すことなど出来ない。その勝利の確信が、敗者を称える言葉をイザベルに言わせた。


「このカードは、デュエル王国初代国王とその子孫しか使用することが出来ない!」


「………………は?」


しかし、アンナがその手に握ったカードのテキストの最初の一行を読み上げた時、イザベルの余裕は吹き飛んだ。


それは王族か、あるいはそれに連なる家の者しか知らないはずのカードテキスト。

デュエル王国の国宝であるカードのテキストと全く同じ文言を突然アンナが読み上げたことで、イザベルの頭を未曽有の混乱を襲った。


有り得ない。ありえてはいけない。平民であるアンナが、そのテキストを知るはずがない。

まして、アンナが今手にしているカードにそのテキストが書かれているなどと、そんなことは絶対にあってはならない。


そう思いつつも、イザベルの頭脳はそこに蓄えられた知識と記憶を結び付け、今目の前で起きている出来事を理解しようとしてしまう。


デュエル王国にはかつて、『王のカード』と呼ばれる3枚の伝説のカードがあった。建国者である初代国王が神より賜ったとされる、世界最強の呼び声高き3枚のカードだ。


しかしその3枚の『王のカード』の内、1枚は歴史の闇に消えた。300年前に起きた内紛の最中、行方不明になった王女と共に、1枚の王のカードが行方知れずとなってしまった。


それ以来、デュエル王国の王家に連なる者には、一つの使命が課せられるようになった。


それは王のカードを死守するという使命。もう2度と王のカードを紛失してはならない。残る2枚の王のカードだけは、何百年何千年の時が過ぎようとも、王家が守り受け継いでいくという絶対の誓い。


そしてその王のカードを守る使命は、今は次期国王であるルーカスに受け継がれている。

ルーカスが立太子した時、国王は自分が持つ王のカードをルーカスに継承させた。


そう、だから、『王のカード』の今の持ち主は国王ではなく皇太子であるルーカスだ。


『王のカード』はルーカスが持っていなければいけないし、ルーカス以外の人間が『王のカード』に触れるなど、ましてそれをデッキに入れて使うなど、絶対にあってはならない事態である。


自分の頬を、冷や汗が伝うのをイザベルは感じた。

思い出してしまったからだ。この決闘が始まる前、アンナが何を言っていたかを。アンナはこう言っていた。


『自分はトーナメントの決勝戦でルーカスに勝利した』と、そう言っていた。


アンティルールのある大会でルーカスに勝ったと。

勝者は敗者のデッキから好きなカードを奪うことが出来るルールで、アンナはルーカスに勝利したのだと。


もし、ルーカスがその決勝戦で使ったデッキに『王のカード』を入れていたならば。

例えルーカスに勝てたとしても、正気の臣民ならば皇太子のデッキから国宝を奪うような大罪を犯すはずがない。


しかし、目の前の気狂い女ならば。平民であるにも関わらずイザベルに逆らい続け、あまつさえ公然と暴言を吐いてみせた、このアンナというイカれ女ならば。


自分の思い違いであってくれ。どうかアンナの言葉が全てハッタリで、その手に持ったカードも偽物であってくれ。


そんな祈りを込めて、イザベルはルーカスの顔を見た。


イザベルと目が合ったルーカスは、イザベルの心中を察したのだろう。頷いて見せた。

イザベルの当たっていて欲しくない考えは全て正解だと、そう肯首した。


イザベルの顔から、血の気が引いた。


「私はカードの第一の効果を発動。このモンスターは、」


「よせ、やめろ。読むな。お前のような下民が、そのカードのテキストを読むな」


「このモンスターは、合計で攻撃力5000以上のダメージを受けたターンに、自分の手札からフィールドに召喚される!」


「やめろと言っているのが何故分からない!? そのカードは国宝だ。王族とそれに連なる家の者以外触れることは許されない。お前ごときが触れていいものではない!」


「私は手札から、『神に祝福されし皇子 デュエル・オブ・プリンス』をフィールドに召喚!!」


イザベルの言葉を無視し、アンナがカードに魔力を注ぎ込む。カードから放たれる純白の閃光が、太陽が地上に落ちて来たがごとく会場を照らす。


とても目を開けていられないほどの輝き。しかし会場の人間達の中に、そのカードから目を背ける者は一人としていなかった。


昔話、民話、歴史、戦記、神話。王国で生きる者ならば、必ずどこかで目に耳にする初代国王と3枚の王のカードの伝説。

王国を創り、歴代の王達と共に王国を守ってきたという、世界で最も偉大な3枚のカード。


そのカードが召喚されようとしている。今自分達の目の前に、伝説が姿を現そうとしている。


先祖代々王国を支え、仕えてきた貴族の末裔達は、その瞬間を1秒たりとも見逃すまいと、その全員が瞬きをやめていた。


「ぐ、うぅぅ……」


しかし、観衆達がどれだけその召喚を待っても、カードから伝説のモンスターが召喚されることはなかった。


まるでカードがアンナを拒絶するように、放たれる光は徐々に弱くなっていき、会場が影を取り戻す。そしてついには、その光はアンナの手の平を照らすだけの弱弱しいものになってしまった。


「いい加減にしろ!!!」


その光の弱まりを前に、癇癪を起したようにイザベルが叫んだ。


「お前は文字すら読めないのか。カードテキストの1行目を何だと思っている。『王のカード』は初代国王の直系である王族と、恐れ多くもその尊き血を賜った貴族の家の者以外使うことは出来ない!」


イザベルが憤怒を表すように、力強く地団駄を踏みながら吠える。


「お前のようなド貧民のクソ下民が、そのカードを使える訳ないだろうが。身の程を弁えろと、何度私に言わせるつもりだ!! 王族でもなければ貴族ですらない、貧民街に追いやられた棄民の末裔が、一体何を勘違いしている!?」


イザベルの言葉の一切を無視し、それでもアンナはどんどん輝きを失っていくカードに魔力を注ぎ続ける。


「お前の汚らしい魔力をそのカードに注ぐのを今すぐやめろ! カードを今すぐルーカス様に返せ! お前のような卑しい生まれの者は、そのカードに触れることすら許されないと何故分からな、」


「黙れ!!!」


イザベルの糾弾を、アンナの絶叫が遮った。

そしてカードを構えながら、そのカードに魔力を注ぎ続けながら、アンナが顔を上げイザベルを睨む。


「いい加減にしろ? こっちのセリフよ。身の程を知れ? 平民の暮らしを知ろうともしない貴族が何をほざく。身分という鎖で力なき人々を好き勝手に縛っておきながら、自分達には平民より貴い血が流れているなどと、驕り高ぶるお前らは一体何様だ」


アンナの瞳は、憎悪によって燃えていた。


「ずっと思ってた。物心ついた頃からずっとずっと思ってた。この王国は腐っている」


そしてその憎悪は、イザベル一人に向けられたものではなかった。


「私はただ貧しい場所で生まれて、そこで懸命に生きていただけだ。ただそれだけなのに、いつだって虐げられてきた。何故って、弱いカードしか持っていなかったから。貴族は平民を搾取し、搾取された平民はより弱い者から奪い獲る。理不尽は下へ下へとシワ寄せされ、最下層で暮らす私達母娘のところまで降りて、私のお母さんは野垂れ死んだ」


この国の貴族の全て、この国の身分制度すべて、デュエル王国という国そのもの、デュエル王国が栄える世界そのものへの怒りが、その言葉には宿っていた。


「そのドン底から抜け出したかった。そうしなければ、母の死が無駄になってしまうと思った。幾つもの幸運が重ねって、貧しい子供を支援する人達と出会えた。援助を受けて、魔力量が人より多かった私は、この学園に編入することが出来た」


ずっとイザベルを睨んでいたアンナが、不意に周囲の生徒たちを見回した。アンナに見られた生徒たちはびくりと肩を震わせ、思わず目を逸らす。その生徒たちを、アンナはどこまでも軽蔑の眼差しで見ていた。


「ここで学べば、人生を変えられると思った。弱さを理由に虐げられない為に、私に手を差し伸べてくれた人達を、今度は私が助けられるように。理不尽に負けない生き方を学びたかった。けれど、この学園は外の世界と何も変わらなかった」


アンナが視線を正面に戻す。その視線の先には、学園最強のカード使いである公爵令嬢と、その取り巻きである上位貴族の子弟達がいた。


「この学園でも強い者が理不尽を振るい、弱い者はより弱い者を虐げていた。だから私は平民というだけでいじめられた。ルーカスや、一部の先生は私を助けようとしてくれたけど、でもそうしたら、今度は助けられたことを理由にいじめはエスカレートした」


それを主導したのがお前だと、アンナがイザベルを指さす。


「階段から突き落とされた。真冬の池に沈められた。食事に毒を盛られた。何度も何度も殺されかけた。なのに、あなた達は笑うだけ。貴族は平民を殺しても罪にならないからと、皆笑いながら、次どうやって私を殺そうか、あとどの位やれば私が学園を逃げ出すかと、雑談のついでに話し合う」


アンナの声は徐々に小さくなっていった。しかしその声に宿る怒りと憎しみは、言葉を重ねる程に大きく深くなっていく。


「外の世界と同じように、この学園も狂っていた。そして私は限界になった。もうこれ以上、耐えられないという状態になった。これ以上耐えようとすれば死んでしまう。けれど、ここから逃げ出しても外に私の帰る場所はもうない。だから、だから、」


アンナが顔を上げる。その目に決意と覚悟を宿し、学園最強のカード使いを、この学園で最も強い力を振るう理不尽の権化を、真っすぐに睨む。


「だから私は、立ち上がるしかなくなったんだ。お前に立ち向かうしかなくなった。立ち向かう為の力を、欲するしかなくなった」


アンナがその手のカードを両手で掴む。奪われ続けた少女が、そのカードに宿る力を無理矢理強奪しようとするように、力が欲しいと一心に叫ぶ。


弱まり続けたカードの光りが、再び輝きを取り戻した。

大気が震え、窓が振動し、パーティー会場のガラスを砕く。何人かの女生徒が悲鳴を上げた。しかし誰もその悲鳴に振り向かず、アンナのカードの輝きに目を奪われる。


「だから寄越せ。私に寄越せ。私に力を、王族に並び立つ頂点の力を、この国を、この世界を作り変える為の力。この世の全ての理不尽を跳ね除ける力を、私に寄越せ! デュエル・オブ・プリンス!!!」


アンナの絶叫と共に、カードから魔力光が稲妻となって放たれる。荒れ狂う雷光がバトルフィールド内でのたうつ龍のように暴れ回る。


「ば、かな。有り得ない。お前がそのカードを召喚できるはずがない!」


「出でよ、窮地に現れる神の祝福。私にお前の全てを寄越せ。『神に祝福されし皇子 デュエル・オブ・プリンス!!』


そして雷鳴の如き轟音と共に、ついに伝説は姿を現した。


純白の鎧に身を包み、その手に宝剣を携え、その頭上に輝く王冠を載せた1体のモンスター。


伝説の王のカードの1枚、『神に祝福されし皇子 デュエル・オブ・プリンス』。攻撃力4000。

王国最強のモンスターが、ついに召喚された。


(あ、ありえない。ゆ、夢? 悪夢でも見ているの私は。どうして、どうしてあんな平民の虫けらが、王国の誇りである『王のカード』を召喚できる!?)


イザベルは目の前の光景を理解出来なかった。


何故王族ではないアンナが王のカードを召喚出来たのか。何故護国の英雄である『プリンス』のカードが、自分を敵のように見下ろしているのか。何故王のカードを奪われたルーカスが、簒奪者であるアンナのことを憧憬の眼差しで見上げているのか。


アンナを見つめるルーカスの目は、イザベルが一度も向けて貰えたことがない、心から愛する人に向ける恋慕の眼差しだった。


アンナを見守るルーカスのその表情は、自分がついていくべき人を見つけた男の顔。王の背に魅せらせた、臣下の顔をルーカスがしていた。


分からない。イザベルには全く理解できない。何故ルーカスが、将来国王となり、イザベルと共に王国の頂点に君臨するはずのルーカスが、何故ただの平民にそんな顔を向けるのか。


「私のターン。ドロー!」


茫然と立ち尽くすしか出来なくなったイザベルを余所に、アンナがカードを引きゲームを進めた。


「私はこのターンモンスターを召喚しません。バトルです。『デュエル・オブ・プリンス』でイザベルへダイレクトアタック!」


イザベルの場に残るモンスターを無視したアンナのダイレクトアタック宣言。


悪夢なら早く覚めてくれ。そう願うイザベルに非常な現実を突きつけるがごとく、『プリンス』はイザベルに向かい宝剣を振りかぶった。


幼い頃のイザベルが憧れた伝説のカード。歴代の国王達のデッキで活躍し、幾度となく周辺国の侵略者達を打ち倒してきた、王国の英雄であるカード。

本当ならルーカスのカードとして、イザベルと共にこの国の未来を守るはずだったカード。


そのカードがイザベルに向かって剣を向け、襲い掛かってくる。


「わ、私の場にはまだ3体のモンスターがいる。ダイレクトアタックの阻止が成立する」


カード使いとして染み付いた本能で、動揺そのまま咄嗟にダイレクトアタックを場のモンスターで防ごうとしたイザベル。しかし、


「無駄です。『デュエル・オブ・プリンス』の第2効果発動。このモンスターは攻撃する時、相手の場のモンスターを無視し、ダイレクトアタックすることが出来る。そしてダイレクトアタックに成功した時、相手のモンスター1体を破壊する!」


『ウオオオオオ!!』


『デュエル・オブ・プリンス』の体から気勢と共にオーラが発せられる。

イザベルを庇うように立っていた3体の令嬢モンスターが、そのオーラが生み出す風圧によって吹き飛ばされた。


がら空きになったイザベルの正面に、『デュエル・オブ・プリンス』が立った。


「私の逆襲を受けろ! 『デュエル・オブ・プリンス』の攻撃。トレジャード・ソード・リベンジャー!!」


絵物語に登場する王のカードの技名をアンナが声高に叫ぶ。

その声に合わせ、輝く宝剣がイザベルに向かって振り下ろされた。


「う、があああああああああ!!??」


攻撃力4000。イザベルにとっても未体験である超火力による直接攻撃に、イザベルは絶叫した。

魔力を注ぎ込んで障壁を必死に展開するも、あまりに急激な魔力消費でイザベルの全身に激痛が走る。


『ハアアアアア!』


『デュエル・オブ・プリンス』は、イザベルの障壁によってその剣筋を逸らされながら、その宝剣を地面まで振り下ろした。


剣先が地面に当たった瞬間、その衝撃で爆風が生まれ、イザベルが吹き飛ばされて地面を転がる。


建物全体が揺れ、何人もの観衆が立っていられず尻もちを着いた。残っていた会場の窓は一枚残らず砕け散った。


「ダイレクトアタック成功。私は『陰険な伯爵令嬢』をモンスター効果で破壊し、ターンエンドです」


ついでとばかしに、『プリンス』が『伯爵令嬢』のいる方へ剣を横薙ぎに振るった。

その剣風だけで、上位モンスターであるはずの『伯爵令嬢』があっさりと消し飛ばされる。


なんという破壊力。カードとは思えぬ圧倒的な存在感。バトルフィールドの結界を無視して周囲に被害を与える規格外のカード。


4000という馬鹿げた攻撃力だけではない。その超火力を持った上で、相手のモンスターを無視してダイレクトアタックし、その上で相手のモンスターをも破壊するという反則じみたモンスター効果。


インチキだと、思わず誰かが口の中で呟いた。


そう思わずにはいられないほどの、圧倒的で絶対的なカード性能。これが王国を1000年守り続けた最強の剣。

王国の国宝にして、国防の要たる伝説のカードを前に、観衆はただただ言葉を失っていた。


そしてその攻撃の直撃を受けたイザベルは、地に伏して動かなくなっていた。

ダイレクトアタックで吹き飛ばされ、地面を転がり、そのドレスは土にまみれている。乱れたことなど一度もないそのセットされた髪は、しかし転がった拍子に無残にもグシャグシャになっていた。


上位モンスターを何度も召喚し、魔力を消費していたイザベルだ。攻撃力4000のダイレクトアタックを前に、まさか力尽きてしまったのか。


観衆が倒れたまま動かないイザベルを、固唾を呑んで見守っていたその時である。


「わ、たしの、ターン。ドロー」


イザベルが倒れたまま、デッキからカードを引いた。よろめきながらイザベルが立ち上がる。

立ち上がったイザベルは、引いたカードと自分の手札を確認し、アンナの場の『プリンス』のカードを見やった。


「私は、場にいる『公爵令嬢』と『侯爵令嬢』をリストレーション」


『『…………』』


『豪華絢爛なる公爵令嬢』と『横暴な侯爵令嬢』がドレスの端をつまみ、カーテンシーをした。まるでこれから召喚されるモンスターへ敬意を払うかのように。

2体のモンスターが墓地に送られ、その身に宿っていた深紅の魔力がイザベルの体へと戻っていく。


「私は2体のモンスターの魔力により、手札から……っ」


一瞬、躊躇うような間がイザベルの言葉の間に空いた。


「手札から、『神に愛されし女王 デュエル・オブ・クイーン』を召喚!」


「!!」


そのカードの名を知らぬものはデュエル王国にはいない。

『デュエル・オブ・プリンス』と同じく、王国に残された2枚目の『王のカード』。


『デュエル・オブ・プリンス』は歴代の王達が所有したカード。

そして『デシュエル・オブ・クイーン』は、歴代の王妃が所有したカード。


それはルーカスの母である亡き王妃から、息子の婚約者であるイザベルへと託された国宝。

息子が道を違えた時、どうかこのカードで正してやって欲しいと頼まれた、イザベルの誇りと使命の象徴。


「親藩譜代の血を受けて、王国の母よ、今ここに降臨せよ! 淑女の頂点たる規範を示せ。『神に愛されし女王 デュエル・オブ・クイーン』!!!」


イザベルが天高く掲げたカードから、深紅の魔力が奔流となって溢れる。

その魔力はカードと共に術者であるイザベルをベールの様に包みながら、花のつぼみの様に膨らんでいく。


荒れ狂う雷光の如きアンナの魔力とは対照的な、洗練された美しいイザベルの魔力運用だった。


そして膨れ上がった深紅の魔力は、バラの花のように開花する。

広がる深紅の魔力の中央には、1体の女性モンスターが立っていた。


幾つもの宝石が輝く煌びやかなドレス。その手には美しい宝杖が握られ、その頭上には冠が輝いている。


『デュエル・オブ・クイーン』。攻撃力4200。

『プリンス』をも上回る攻撃力を持った2枚目の『王のカード』が、フィールドに降臨した。


覚悟を決める様にイザベルが大きく息を吸い、吐いた。乱れたその髪を手櫛で雑に掻き上げる。


「いくわよ。『デュエル・オブ・クイーン』で、『デュエル・オブ・プリンス』を攻撃」


『……フフフ』


攻撃命令を受けた『クイーン』は、口元を隠して淑やかに微笑むと、ゆっくりと歩いて『プリンス』の前まで移動した。


人間の貴族から見ても完璧な所作の、女王の名を持つにふさわしい身のこなしだった。


クイーンはプリンスの前まで来ると、手にしていた宝杖から手を放す。クイーンの傍らにふわりと宝杖が浮かんだ。


そしてガシッと、突然その両手で『クイーン』は『プリンス』の首を絞め出した。


『う、ぐぇぇ』


首を絞められたプリンスが呻き声を上げる。クイーンはニコニコと笑顔のままプリンスの首を絞め続けた。


え、攻撃の仕方そんななの? 怖くない?


クイーンの攻撃方法が魔法を撃つでも杖で殴るでもない、シンプルな『首絞め』だったことに、観衆はちょっと引いていた。


「モ、モンスター効果を発動! 『プリンス』の第3のモンスター効果を発動します!」


クイーンの所作に思わず呆気に取られていたアンナが、破壊されそうになる『プリンス』を見て慌てて効果を発動した。


「『デュエル・オブ・プリンス』は、自分より攻撃力が高いモンスターとバトルする時、攻撃力を2000上昇させる!」


『ッ、オオオオ!』


『プリンス』の体が輝き、その攻撃力が4000から6000へと上昇する。その出鱈目な攻撃力の上昇で、『クイーン』の4200の攻撃力をプリンスの攻撃力が大きく上回る。


プリンスが自分の首を絞めるクイーンの腕を掴み、それを強引に引き剝がそうとした。


「なら私も『デュエル・オブ・クイーン』の効果を発動。このモンスターは自分より攻撃力が高いモンスターとバトルする時、相手モンスターの攻撃力を2000下げる」


「な!?」


クイーンの傍らに浮かんでいた宝杖が輝き、代わりに『プリンス』の体の光りが消えていく。プリンスの攻撃力が2000下がり、元に戻った。


攻撃力4200のクイーンと攻撃力4000のプリンス。2体の力関係が元に戻ってしまった。


「ま、まだです。私は手札からスキルカード『城下町の流行り病』を発動。敵モンスター1体の攻撃力を500下げる」


「『クイーン』の効果を更に発動。このカードはあらゆるスキルカードの効果を無効にする」


『クイーン』の宝杖から放たれた光線が、アンナが使用しようとしたスキルカードを貫き、破壊した。


『ガ……ァ』


そして首を絞められていたプリンスのカードが、ついに力尽きダランとその両手を下げる。



「……っ。『デュエル・オブ・クイーン』で、『デュエル・オブ・プリンス』を破壊」


クイーンが締め上げていたプリンスの首から手を放す。

プリンスは力尽き、クイーンに向かって倒れ込みながら、その肉体を砂の様に崩壊させた。


伝説の王のカードが、伝説の王のカードによって破壊された。


アンナが召喚したモンスターが、再び全滅した。


しかし、敵のモンスターを残らず破壊したというのに、イザベルの表情は晴れなかった。

敵の切り札である『プリンス』を破壊したにも関わらず、その表情は暗い。


まるで今にも泣き出しそうな顔だと、婚約者として長く付き合ってきたルーカスは、初めて見るイザベルのその表情に驚いた。


「……こんなこと、したくなかった」


そしてぽつりと、イザベルが呟く。


「『デュエル・オブ・クイーン』は、今は亡き王妃様のカード。『デシュエル・オブ・プリンス』は、国王陛下の治世を支えたカード。王妃様の想いが宿った『クイーン』で、陛下の『プリンス』を傷付けるような真似、したくなかった。」


イザベルの脳裏には、仲睦まじい国王夫妻の姿が浮かんでいた。あんな夫婦になりたいと、イザベルが憧れた姿だった。


「ルーカス様が陛下のカードを継ぎ、私が王妃様のカードを継ぎ、私たちは2枚のカードの力を合わせて、この国を守っていくはずだったのに。なんでそのカード同士を争わせるような真似を、私がしなくちゃいけないの」


イザベルの肩は、声は、いつの間にか震えていた。俯くイザベルの顔から水滴が零れ落ちるのを、ルーカスは見た。


「……イザベル」


その水滴は、もしかすると涙だったのかもしれない。誰よりも強く、いつでも完璧だったイザベルのその姿に、ルーカスは思わず声を掛けようとした。しかし、


「………殺してやる」


地の底から響くような怨嗟が、イザベルの口から漏れた。


「許さない。私にこんなことをさせたお前を、私は絶対に許さない。お前は百回死刑に処しても足りぬ程の罪を犯した。皆殺しにしてやる。お前も、お前の家族も、友人、支援者、お前が今まで関わった人間全て、全員見つけ出して嬲り殺しにしてやる」


イザベルの瞳が憎悪に濁っていた。婚約者である自分を裏切ったルーカスへの怒りはもちろんあるのだろう。

しかしそれ以上の憎しみを、イザベルはアンナただ一人に向けていた。名字すら持たぬ平民、家なしのアンナのことを、イザベルはただ一心に憎んでいた。


「そうですか。どうぞご勝手に」


しかし憎悪を向けられたアンナは、怯える素振りすら見せずにイザベルの怨嗟を流す。

そのアンナの相手を馬鹿にしたような態度に、イザベルの(まなじり)は更に吊り上がった。


「お前、」


「……ぺッ」


そしてアンナはイザベルが更に何か言おうとする前に、聞く気はないと言わんばかしに痰を吐き捨てる。


床に吐き捨て垂れたその痰には、先ほど受けたダイレクトアタックの影響によって血が混じっていた。


「あなたの恨み言は今更ですよ、イザベル様。これだけの大騒ぎを起こしておいて、平民である私が公爵令家に公然と歯向かって、殺されもせずに済むと思える程、私は能天気じゃない」


アンナの口元から血の混じった唾液が垂れた。

淑女としてのマナーも、対戦相手への敬意も、惚れた男に見られている恥じらいすらもかなぐり捨てて、アンナが血痰で汚れたその口元を手の甲で拭う。


「私も、ルーカスも、私達にはもうハッピーエンドなんて待っていないと、分かった上でここに立っています。死ぬ覚悟も殺される覚悟もとっくの昔に済ませている。私達が生き残る方法はただ一つ。全ての敵にカードで勝利することだけ」


身分故に結ばれぬ。王命に反していて許されぬ。貴族も王族も誰も認めぬ。平民が貴族に歯向かうなどあってはならぬ。

その常識を、法律を、多数決を、無視すると言うならば、覆すというならば、カードバトルで勝ち続けるしかない。


負けた瞬間処刑される悲壮の覚悟を持って、立ち塞がる全ての者をなぎ倒して進み続けるしかない。


「貴方でも、貴方の父の公爵でも、国王陛下であっても、私とルーカスが結ばれる未来を邪魔する者は、全てカードでねじ伏せる。その覇道だけが私が生き残れる唯一の道。その覇道こそが私とルーカスが進む道。その道の果てで全てを手に入れる為に、その第一歩として、私は今貴方に挑んでいる」


アンナとその隣に立つルーカスは、死すら覚悟した人間の顔をしていた。


ルーカスのそんな顔を、イザベルは見たことがなかった。

誰にでも優しくて、でも気が弱くて、イザベルや周囲の大人たちの言うことにいつだって従う良い子。それがルーカスという少年だったはずだ。


絶対に自分の意思を曲げないというルーカスのその強い表情を見て、イザベルは悲しくなった。ルーカスにそんな表情をさせたのがアンナだと思うと、悔しくて気が変になりそうだった。


ルーカスを変えたアンナという女のことが、憎くて憎くて堪らなかった。


「いいわ、よく分かった。つまり、貴方を殺せばルーカス様は止まってくれるということね」


なら殺そう。王妃様より賜った『クイーン』のカードで、ルーカスを誑かしたこの反逆者は処刑してしまわなければならない。


目の前の女を殺さなければ、自分は婚約者であるルーカスを取り戻すことは出来ないのだと、イザベルは暗い殺意と共に結論に達した。


決着が近付いている。少女の恋と、国の命運と、命そのもの。

あらゆるものが賭けられたこの勝負の行方は、カードだけが知っている。


次回予告

切り札である『デュエル・オブ・プリンセス』は破壊されてしまったアンナは、イザベルの『デュエル・オブ・クイーン』を前に、打つ手のない絶体絶命のピンチに陥っていた。


しかしその時、アンナのデッキの奥で眠る1枚のカードが、300年の眠りから目を覚ます。


次回『王の帰還』


言ったはずだ。私は覇道を進むと。全てを倒し、全てを手に入れると!


次回も決闘準備罪(デュエルスタンバイ)


続きは明日の昼12時投稿です。




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